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第194章

 誰もいない。

 パットくらいはいるのではないかと期待していたのだが、少女たちは全員出かけているらしい。

 ミナが確保したとかいう船に乗り込んでいるのか。もともと洋一が寝込まなければ、みんなとその船で待機するはずだったのだ。

 階段を降りて行くと、この建物の巨大さが判ってきた。外見が山小屋風なので小さく見えたが、普通の2階屋より大きいようだ。1階分の高さが1.5倍くらいある。単なる別荘などではなく、ホテルとして設計してあるらしい。

 1階はホールと、厨房や風呂、トイレの他いくつかの事務室らしい部屋があった。ホールは食堂を兼ねているらしい。ソファーに見えたのは大ぶりの長椅子で、丸テーブルとセットになっている。数えてみると、椅子が20人分ほどあった。そのくらいの収容能力なのだとしたら、結構豪華な宿である。

 それにしても、誰もいない。

 事務室は鍵が閉まってるし、電灯がついていない。厨房も空だった。巨大な冷蔵庫があったが、開けようとするとこれも鍵がかかっている。ここがホテルだとしても、今は営業していないようだ。

 幸い蛇口をひねると水がほとばしり出たので、洋一はたっぷりと水を飲んだ。意外といっていいのか、水は冷えていてうまかった。

 トイレに寄ってからホールに戻って適当なソファーに座り込む。

 何もすることがない。というより出来ない。ここに洋一がいるという前提で少女たちは動いているはずだから、勝手に出かけるわけにもいくまい。

 もう一度寝直そうかとも思ったが、さすがに睡眠は足りていて眠れそうになかった。それどころかエネルギー充填めいっぱいで、じっとしているとムズムズしそうである。今ならメリッサと力比べをしても勝てるかもしれない。

 年下の少女より体力的に劣っているというのは、洋一にとって結構なトラウマになっているらしい。自分でも気づかなかったが、どうも積極的に動けないのは、少女たちに対してそういうコンプレックスがあるのかもしれなかった。

 体力だけでなく、知力でも行動力でも判断力でも統率力でも、およそ洋一が勝っている能力はないんじゃないかと思えるくらいである。

 その上、3人とも容姿も性格もそれぞれ個性的で、本来なら洋一が自分と比較する機会などないほどの少女たちだ。競争するんじゃなくて崇め奉らなければならない程だ。そもそも近づくこもできないだろうが。

 なぜか少女たちは洋一に好意を寄せてくれているように思えるのだが、今のままではあまりにも不釣り合いで、洋一の方が心苦しい。せめて少しは洋一の方が少女たちより優位にたてるものがほしい。それがあれば、洋一もこうまで臆病にならずにすむというものだ。

 いや、全員とは言わない。メリッサだけでいい、と洋一は思った。

 サラとミナは、容姿は別としても精神的・性格的にとても洋一がおよぶところではないのは明らかである。2人とも生まれながらのリーダーというか、100人がいればその指導者に自然になってしまうくらいの能力と人格を持っている。女性であることなど何のハンデにもならない。むしろ、それすら魅力のひとつにしている。そういう相手には、洋一は対抗したくなかったし、その必要もない。

 だがメリッサは、容姿とカリスマは飛び抜けているものの、本質的には平凡な女性といっていいかもしれない。洋一だってまだ完全にメリッサを理解しているとは言えないが、何というかメリッサとなら話していて対等でいられるような気がする。

 もちろん、美貌と存在感は他を圧するもので、それがあれば他には何もいらないだろうが、それでもメリッサこそは洋一が恋できる相手なのだ。

 だから洋一はメリッサに尊敬して貰いたい。全部でなくてもいい。何かひとつだけでもいい。

 しかしそんな長所が自分にあるだろうか?

 洋一はため息をついた。前途は多難である。まあ、メリッサに尊敬して貰わないまでも、感心して貰える程度なら何とか可能だろう。そのくらいなら自信がないこともない。しかし問題はそんな所にはもうないのだ。

 色恋沙汰にかかわっている暇など本当はまったくない。傍観者であったはずが、いつの間にか妙な陰謀に巻き込まれている。というか、最初からそうだったのがやっと判ってきたというべきか。

 しかも味方だと信じていたはずの連中には裏切られるし、どうやら信じられそうなのは未成年の少女ばかりだし、これからどうしたらいいのか洋一自身ではまったく見当もつかずに人にまかせっきりだし、どう考えても洋一はこの騒動の始末に協力するどころか混乱を拡大する役にしかたっていない。

 それが判っていて、なおも何も出来ないのだ。

 御輿に乗るのがこんなに苦しいとは思わなかった。ソクハキリの甘言に簡単に乗ったのが悔やまれる。やはり人生は甘くない。美少女といっしょにロハで観光などといううまい話があるはずはなかったのだ。

 いや、その点は本当だった。ソクハキリは嘘は言っていない。ただ、それに伴う責任がこんなに重いものだという事を黙っていただけだ。

 責任は、とるつもりである。逃げることは出来ない。逃げるつもりはない、という程の自信を持てないのが残念だが、嘘はつけない。

 ただこうして待つだけだ。

 洋一がぐったりしてソファーに伸びていると、不意にドアが開いた。

「ヨーイチさん、もう大丈夫なんですか」

 シャナだった。両手いっばいに紙袋を抱えている。買い出しか何からしい。

「ああ。よく寝てすっきりした。迷惑かけたみたいですまない」

「そんなこと、色々疲れが溜まっていたんだと思います。仕方ないです」

 シャナは屈託がないが、洋一は気が重かった。

 役立たずであることは自覚しているし、少女たちがそれを気にしていないことも判っているが、はるかに年下の少女に慰められている自分が情けなくて涙が出そうだった。

 それにしても出来過ぎの少女である。ミナやサラも驚異的だが、あれくらいの歳で成熟していて社会的なリーダー並の人格を備えている人物はそんなに珍しいというほどではない。しかし、このシャナくらいの歳で実際に成熟していて、しかもヘンに歪んでいないという例は希少だろう。

 外見的には、パットとシャナはほとんど同じくらいの歳に見える。多分実年齢も似たようなものだろう。それでいて、行動にあれだけの差があるのだから凄い。

 パットの魅力は無邪気さと素直さだが、シャナは正反対の性質ながら、同じくらい魅力的である。こんな娘を恋人にしたら、さぞや充実した人生がおくれそうだ。だが今の年齢でこれだけ完成されているとしたら、本当に大人になったときにはどうなっているのか末恐ろしい。

 いや完成されている、とは言えないかもしれない。洋一は、ジョオのホテルでシャナが見せた女の子らしい態度を思い出した。

 チェスでこてんぱんにやられて、涙をこらえていたシャナは年相応に見えたが、考えてみればあそこで悔しさの余り泣きわめかないということ自体、シャナが普通の少女ではないことを証明している。悔しさをこらえて涙をこぼしても、それを我慢するだけの強さを持っているのだ。

 強くて、頭がいい。それは見ているだけで判る。

 恐るべきは、これだけ強くて頭がいいにもかかわらず、思い上がるような態度がまったく見られないことだった。

 普通、人よりものがよく見えたり先読みが出来たりすれば、つい先手を打ちたくなるものだ。例え悪気はなくても、端から見たら生意気とか出しゃばりにしか見えないものだが、シャナにはそういった様子が全然見られない。

 これだけの力を、この少女はどうやって培ってきたのか。ココ島の中でも田舎といえるような村に住む少女が、一人でここまでこれるものだろうか。

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