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第192章

 だが感情はコントロールできなくても、行動は別だ。感情がいかに荒れ狂おうが、何でもないふりをする。それが理性というものだ。洋一の場合、どちらかというと臆病な方だからちょうどいい。もっとも理性の方も時々暴走してしまうのが困りものだが。

 甲板に出てあたりを見回すと、そこは港らしかった。あまり大規模ではないが、それでも2桁のボートや漁船が波に揺られている。漁船があまり見えないのは漁に出ているからだろう。

「ヨーイチ!」

 遠くから呼ぶ声がする。見ると、港の事務所らしい建物の前でサラが手を振っていた。ミナやメリッサの姿は見えない。

 洋一は手を振り返して、ボートから飛び降りた。桟橋は木製で、乗った瞬間かすかにかしぐ。浮き桟橋らしい。

 パットが元気よく駆けてゆき、少し先で洋一を待ってはまた走る。寝ている時は猫だが、こうしてみると元気いっぱいの子犬のようだ。可愛すぎて、しばしメリッサの事を忘れそうである。ただ、これは恋ではなく父性愛のようなものだと思うが。

 洋一は桟橋の上を歩きながら視線をあちこちに飛ばした。そうしないと、目の前で駆け回っているパットの細い足やショートパンツに包まれた尻が嫌でも目に入るのだ。ロリコンの気はないはずなのだが、どうしても反応してしまう。感情はおろか肉体の制御まで手放しそうになる自分が、洋一は情けなかった。

 パットについては無防備の全裸を見たことすらあるのだ。その時は何でもなかったのに、今になって気になって仕方がないというのはどういうことなのだろう?ひょっとして、メリッサのとは違う種類の恋でもしているとでもいうのだろうか?

 悩みながら事務所らしい建物に入る。そこは小さなホールになっていて、少女たちが思い思いに休んでいた。

 妙に気まずい空気は船室にいたときと同じである。遠慮しあっているというか、みんなが気にしないふりをしながら自分以外の出方を伺っているような雰囲気が立ちこめている。

 洋一が入って行くと、全員の視線が集中してくるのが判った。みんなが洋一の動きに注目している。何を言うか、誰のそばに座るか、そして誰に話しかけるか。

 いたたまれない雰囲気だった。

 もてているわけではないのが悲しい。

 いや、ある意味ではモテモテなのだが、どう考えても純粋な色恋沙汰とは言えまい。

 それでも、いっそプレイボーイを気取ってしまうという方法もあるが、そんなことをしたら曲がりなりにも保っているチームの和をぶちこわしにするだけだろう。第一およそ洋一の柄ではない。

 何より情けないのは、洋一の優柔不断のせいでこの状態を招いてしまったということだ。

 いやそういっては語弊がある。いずれにせよ、この状態にはなっていただろうが、洋一さえしっかりしていれば少女たちの3すくみ状態は避けられたはずだ。

 感情的な軋轢は残っただろう。それどころか、誰かをカンカンに怒らせてしまって協力体制に支障をきたしたかもしれない。

 それでも今の状態よりはマシだ。少なくとも洋一の精神状態にとっては遙かに良かったはずである。

 もちろんその場合は、ココ島における騒ぎを何とか出来る可能性はぐっと減っていたはずなのだが、どちみち今のままでもそんなことが出来る見込みはほとんどない。洋一みたいな青二才、それも外国人と、未成年の少女たちが数人いかに駆け回った所で何が出来るというのだ?

「ヨーイチさん、来てください」

 ミナがドアを開けて言った。奥の部屋で談判でもしていたのだろうか。

 洋一が立ち上がると、少女たちもいっせいに動いた。だが一瞬早く、サラが立ちふさがる。

「ここはヨーイチに任せましょう」

 断固たる口調である。その迫力に、パットさえもが押されて立ちすくんだ。

 その間に洋一はドアを抜けた。

 会議室らしい。というか、そういう目的に使われている部屋だ。元は何だったのか判らないが、殺風景でただテーブルと椅子が数脚あるだけである。

 その部屋には、数人がこちらを向いて立っていた。

 ミナが後ろ手にドアを閉めた途端、いきなり巨大な体格の男が突進してきた。

 ペラペラペラッと叫ぶように言いながら、洋一の手を握りしめる。もちろん一言も判らない。

「ヨーイチさん、父です」

 ミナがげっそりした口調で言う。洋一は、やっと相手が誰だったか思い出した。

 第3勢力……ラライスリ派の指導者で、ミナの父だ。指導者というよりは親分とかボスといった方がぴったりくるが。

 捕まれた腕は、万力で締め付けられているかのような圧迫に耐えている。絶対痣になっているに違いない。ここで弱みを見せたら押し切られる。洋一はあえて耐えた。

 洋一が返事をしないので、親分が早口でわめき立て続けている。だがうんざりした顔のミナがするどく一言言うと、親分はピタッと黙った。しかし巨大な手は洋一の腕を握りしめたままだ。

 ミナが強引にそれを振り解かせた。そのまま洋一の手をとってテーブルの反対側に回る。親分は、仕方なさそうに向かい側に腰を降ろした。数人の手下、いや取り巻きらしい連中が親分の後ろに整列する。

 ミナは、洋一側についたらしい。実際ミナがいなければ言葉が通じないのだから仕方がないのかもしれないが、こうなってみると洋一はミナだけが頼りである。どうせそこまで計算出来ているのだろう。頭の良さおよび状況のコントロール能力では洋一など足下にも及ばない。

 「会談」は、洋一抜きで進んだ。

 テーブルの上を飛び交う言葉がまったく判らないのだからどうしようもない。親分が図体に似合わず気弱げに要求だか依頼だかを申し出て、それをミナが鋭く一括する、というパターンが繰り返されるだけである。話しているのはこの2人だけで、洋一と親分の後ろに整列した連中が一言も口を聞かないまま交渉は終了した。

 考えてみれば親分とミナは父娘なのだ。本来なら馴れ合いに陥るか、あるいは親分の命令でミナが動くのが当たり前の状況である。しかし見ている限りでは、どうも親分の方がミナに遠慮しているというか、力関係は親子で逆転しているようだ。

 おそらく、それはミナがラライスリ神殿の巫女で美女だという母親の後継者とされているからだろう。親分は婿養子だと聞いている。だから漁船団ではトップでも、ラライスリ派では地位が低いのだ。

 ミナは母親ゆずりの美貌と、近い将来にはラライスリの巫女になるという立場から、未成年でもラライスリ派の中ではかなり高い立場にいるのではないだろうか。もちろん、行動部隊の長としての実力に裏付けられた地位だが。

 ただ地位は高くても実質的に配下がいるわけではないので、動くとしたらやはり親分の力を借りなければならないのだろう。

 ミナは洋一の手をとって立ち上がった。そのままドアに向かう。洋一が振り返ると、世にも情けなさそうな顔の親分が座り込んでいた。

 ドアをくぐる直前に、ミナは手を離す。ミナがドアを開けたので、そこにいる少女たちには洋一のためにミナが露払いをしたように見えただろう。どこまでも計算高い少女である。

 少女たちが一斉に話し出そうとするのを絶妙のタイミングで止めて、ミナはそのまま歩き続けた。洋一を先頭に、少女たちが後に続く。

 いつの間にか洋一の左側にパットがくっついている。メリッサはさりげなく洋一の前を歩いていた。

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