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第191章

 誰も何も言わない。どうも少女たちが集まると、ある種の緊張感が漂うようになってしまっている。お互いに牽制しあっているというか、パワーバランスを崩さないように必要以上に慎重になっているような気がする。そのくせ洋一には気をつかっていて、平たく言えばご機嫌を損ねないように腫れ物扱いされている。

 もちろん気にくわないが、こうなった理由を考えたら単純に非難するわけにもいかない。洋一もまた、どうしたらいいのか判らないのだ。

 気楽で幸せなのはパットだけだろう。

 そのパットは洋一にくっついたまま、またもや寝込んでいた。まったくよく寝る少女だ。

それにしても幸せそうにクークー寝息をたてているパットは猛烈に可愛い。

 だが正面にメリッサがいて、サーチライトのような視線を浴びている以上、その感情を素直に出すわけにもいかない。洋一はさりげなくパットの手から自分の腕を引き抜いた。

 それからは我慢大会みたいだった。単調なボートのエンジン音を背景に、洋一と少女たちが押し黙ったままにらめっこを続けているだけである。話題がないというより、何か言ってやぶ蛇になるのを全員が恐れているらしく、あえて地雷原に踏み込む者がいなかったのだ。

 1度アンがドアを開けたが、船内の異様な雰囲気を察知するや素早く撤退した。アンから様子を聞いたらしく、ミナに到っては覗き込みすらしなかった。

 洋一は、うつむいて居眠りしているフリをしながら薄目で少女たちを観察していた。パット以外はみんな向こう側に並んでいるので比較的楽に見ることが出来る。

 メリッサは、ややうつむきかげんに深く腰掛けているようだ。両手は組まずに流している。長い金髪が豊かな胸の盛り上がりに沿って流れ、ショートパンツから伸びた足は上品に揃えられて斜めに投げ出されている。

 洋一などがそんな格好をすれば不格好なだけだろうが、メリッサの場合はやはり現代風の名画のようにしか見えない。洋一の視点でカメラを構えれば、絵はがきかプロマイドとして十分通用する写真が撮れそうだ。

 どうしてあそこまで絵になるのか。本人が努めてポーズをとっているようには見えない。ファッションにしても、おしゃれのカケラもない服を着ているだけで、化粧もしていないのだ。

 やはり女神なのか。少なくとも普通の少女ではない。本人の意思はともかく、何かの恩寵がメリッサに降りていることだけは確かである。

 こうしてよく観察してみると、メリッサは純粋なヨーロッパ系の白人種とは言い難いイメージがあった。肌の色も、風貌も、明確な白人種でありながら微妙に東洋系の印象があるのだ。それはパットも同じで、洋一の美的意識にストレートに合致する。早く言えば、好みである。

 混血だからだろうか。

 ソクハキリの妹という話が本当なら、少なくとも半分はココ島の血が混じっているはずだ。半分というのは、どう考えてもソクハキリとメリッサたちが同じ父母から生まれたとは信じられないからである。歳も違いすぎるし、おそらくはソクハキリの父親の後妻にメリッサたちの母親が入ったということだろう。いや、ひょっとしたら連れ子だったのかもしれない。

 そうでも考えないと、あまりにも外見に差がありすぎる兄妹たちである。

 メリッサの隣では、サラが腕を組んで目を閉じていた。こっちも実にさまになっている。メリッサが華麗すぎるために目立たないが、サラも違ったタイプの美少女なのだ。

 サラの魅力は、その毅然とした印象だろう。学校やグループで自然とリーダーになるタイプである。優等生だが、ひ弱な秀才ではなく責任感と行動力を伴った指導者。下級生の憧れの的であり、親分肌の人望があるといったところか。

 ただ、サラはそれだけではないようだ。タイプとしてはその通りなのだが、自分がトップに立つよりは、誰かのサポートをする方が得意という気がする。もちろん、自分がトップになってもうまくやれるのだが、状況に応じてどちらの役割でもこなせるのかもしれない。

 なぜ洋一にサラの事が判るのかというと、実はサラは洋一にとって理想のタイプなのである。好みのタイプでもあるのだが、それよりむしろサラは洋一がなりたいと願っている性格と人格を体現しているように思われる。

 つまり、一言で言えばサラは洋一の憧れなのだ。

 洋一は、サラとならうまくやってゆく自信があった。どっちが上にたつにしろ、サラはスムースに状況に合わせてくれるだろうし、洋一の方も自然体でつきあえるだろう。理想的な関係を築けるかもしれない。

 だが、恋愛となると難しい。洋一が今メリッサに惚れていることを計算に入れなくても、サラのようなタイプと恋愛するのは洋一にとっては荷が勝ちすぎるという気がする。

 もちろんその前にサラの方でお断りだろう。洋一は、その点については何も幻想は抱いていなかった。今の特殊な状況においてこそ、サラがその気になっているようなのは、単に他の選択肢がないからに過ぎない。でなければ、誰が洋一みたいな風来坊を相手にするものか。

 残るミナだが、彼女については目の前にいないのでとりあえず思考を放棄する。どっちみち、あの魅力的だが謎の少女については、洋一は判断を下せる程のデータを集めていないのだ。しかもわずかに集めたデータすら、あちこち矛盾している。そういうものだと思うしかない。

 それにしても雰囲気が堅いとはいえ、こうして美少女たちと狭い部屋で膝をつき合わせているのはなかなかのシュチュエィションといえそうだ。いつの間にか船室内には甘酸っぱい香りが漂っているし、身体の右側には猫のような幼い美少女がよりかかっている。メリッサにこんなことをされたら正気でいられるかどうか疑わしいが、パットは可愛いだけなので大歓迎だった。

 不意に、薄目に開けた視界がにじんだ。頭もぼんやりしている。そのまま急速に視界が暗くなり、心地よいパットの暖かさとともに、身体の力が抜けていく。

 なんだか、最近寝てばかりいるような気がする。やはり疲れているのか。むしろ精神的な疲れがひどいが、第3……ラライスリ派と合流したらまた徹夜の作戦が始まるかもしれないのだ。寝られる時に寝ておいた方がいい。

 洋一は、ボートの揺れに無意識に身体を合わせながら眠りに落ちた。

 その途端に思えたが、パッと覚醒した。嘘のように疲労が回復している。よほど良い眠りだったらしい。

 妙な圧迫感を感じて目を開ける。視界いっぱいに広がっていたのは明るい緑色の大きな瞳だった。

「ヨーイチ!」

 わっ、と叫びそうになるのをかろうじてこらえ、パットの肩をつかんで引き剥がす。パットは不満そうに何かいいながら洋一の膝から撤退していった。

 パットが額をつきあわせんばかりの態勢で洋一の顔を覗き込んでいたらしい。パットの息の感触をもろに感じていたくらいだから、もう少しで口唇が触れあっていたかもしれない。

 エンジン音が消えている。さりげなく立ち上がりかけて、船室の天井に頭をぶつけた。洋一は涙目になってそろそろと出口に向かう。幸い船室にはパットと洋一しか残っていない。メリッサも先に行ってしまったようだった。

 洋一はほっとしながらも寂しく船室を出た。メリッサにパットとの疑似キスシーンを見られなかったのは幸いだったが、見捨てられたような気分は良いものではない。

 あの美少女が好きだ、というような生やさしくて明るい感情ではなく、ちょっとでも期待に背かれるとすぐ不安が押し寄せてくるような、危険きわまりない衝動を感じる。

 これが恋だろう。もう、洋一がその感情を制御できる段階を越えているのだ。

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