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第188章

 洋一は毛布を剥いで立ち上がった。そういえばいつの間にか毛布にくるまっていたようだが、これはやはりティナかサラが掛けてくれたのだろう。それはありがたいが、もっと言えばマットレスの上に運んでくれるとか、せめて起こしてくれるとかして欲しかった。もちろん、そんなことは贅沢な悩みだが。

 あいかわらず誰も何も言わない。洋一はパットをしがみつかせたまま、さりげなく言った。

「朝飯が欲しいんだが」

 一瞬緊張が走り、その後ふうっと気が抜けるような空気が漂う。その途端、後ろの方からきっぱりとした声が聞こえた。

「ヨーイチ……コーヒーでいい?」

 最悪のタイミングといって良かった。メリッサとミナが振り向き、再び辺りが緊迫した空気に包まれる。

 険悪な雰囲気の中、洋一はパットを引きずって進んだ。メリッサとミナが両側に開いて洋一を通し、その後後ろにくっついてくる。

 キッチンのテーブルには、本当にコーヒーが用意されていた。

 ティナが好奇心満々で隅の方にいる。サラは、ちゃっかりと椅子に座って、隣の席を叩いた。

「ヨーイチ、ここ」

 もはや開き直っているようだ。

 洋一がフラフラと席に着くと、サラと反対側の椅子にはパットが飛び込んだ。まったく遠慮というものがないのは、こういう場合強力な武器になる。

 幸い、椅子は人数分はあった。

 メリッサとミナが洋一の正面に争って座る。アンとシャナも席についた。

 洋一はサラを盗み見てぞっとした。

 サラは微笑みすらたたえていた。もはや、一行の調整役を勤めていた年上のお姉さんじみた態度は微塵も残っていない。それどころか挑戦的な瞳をメリッサやミナに向けていて、洋一の視線に気づくとこちらを向いてニコッと笑って見せた。

 あからさまな挑発である。

 ティナがウェイトレスよろしくコーヒーを注いで回る。まだ早いせいか、他のお客さんはいないようだ。夕べは早く寝たものだから、随分早起きしてしまったらしい。もっとも起きたのはあの夢とパットのせいだろうが。

 あいかわらず不自然な沈黙を保ったまま、コーヒーを啜る音だけが響いていた。異様な緊張感、というよりは困惑したような雰囲気が漂っている。誰かが何かを言えば解消するのだが、誰も何も言わない。

 ティナすら一言も口をはさまなかった。ティナはキッチンに戻ると忙しく動き回り、そのうちにパンの籠やサラダを運び始めた。いきなり朝早くからやってきた団体さんに朝食を出すつもりらしい。

 やがて何かを揚げる音が響いたと思うと、ベーコンや玉子料理までが並んた。手際が良いのはプロだからだろう。

 今回はサラも手伝おうとはしなかった。同様に料理には一家言あるはずのメリッサも沈黙を保っている。洋一が盗み見ると、メリッサもミナも目を伏せて食べていた。

 それに比べると、年少組の3人は楽しそうである。パットはもともと何も気にせずに食べているし、アンは考え込んだまま、シャナは黙ってはいるものの口の端が時々引きつっている。ワクワクしながら何かが起こるのを待っているに違いない。

「その」

 洋一がおずおず切り出した途端、全員がいっせいに洋一の方を向いた。見事なまでに統制のとれた動きだが、別に意識してやったのではないだろう。それだけみんな緊張していたということだ。

「みんな、言いたいことがあるだろうけど、ちょっと待ってくれ。説明するから。その後で言いたいことがあったら聞くから」

 沈黙。

 とりあえずは了承されたようだ。

 洋一は汗を拭った。緊張しても汗が噴き出すものだということを初めて知った気がする。

 なんで俺がこんな学校の先生みたいなことをしなければならないのか、いまひとつ合点がいかなかったが仕方がない。洋一が動かないと、膠着状態のまま話が進みそうにないのだ。

 あえてメリッサには視線を向けない。本当はメリッサだけをどこかに連れ込んで、現状に到った理由を説明し、平謝りに謝っても誤解を解きたいのだが。

「サラ、説明してくれないか」

 途端に、サラと洋一とパットを除く全員の視線がざっとサラに向いた。パットは、サラという名前だけが判ったのか、不審そうな視線を向けている。

 サラも立派だった。突然の指名にも慌てることなく、静かに頷いて話し始めた。

 シンとした中、サラの声だけが流れる。日本語だった。ここにいる人は、パットとティナを除いた全員が日本語を話せるのだから不自然というわけでもないのだが、これは洋一に合わせたというよりは部外者のティナに聞かせないための配慮だろう。

 ふと気づくと、いつの間にかシャナが席を移動している。パットの隣から身を乗り出して、小さな声で通訳してやっているらしい。まったくよく気が付く少女だ。気配りでは、おそらくこの中でも一番だろう。

 サラの話が進むに従って、緊張が溶けて行くのが判った。メリッサの表情がみるみるうちに軟らかくなる。ミナもかすかに頷いたところをみると、納得してくれたのだろう。

洋一はやれやれと肩をすくめた。もちろん、気づかれないようにだが。

 サラの話が終わった。

 次の瞬間、ほとんど全員がいっせいにしゃべり始めた。

 こういう時は、男は黙って耐えるしかない。部屋の中が話し言葉で飽和状態になったような気分で、洋一はひたすら待った。

 唐突に、話し声が止んだ。

「ヨーイチ、何か一言」

 サラがからかうように言う。いきなり話を振った仕返しらしい。

 洋一は立ち上がって言った。

「みんな、すまない。俺が迂闊だった」

 一瞬の間をおいて、また全員がどっと話し出そうとするのを、ミナが止めた。

「ヨーイチさん、それはもう判ったからいいの。本当は、私たちこそ謝らなければならないことがいっぱいあって、だけど今はそんなことをしている暇もないし、憐憫に浸っている余裕もない」

 言葉を切る。それからぐるりとテーブルを見回して、サラを指さした。

「サラさん、これからどうするの?」

 ミナの仕切を、誰も気にしない。どうやら暗黙の内に役割分担というかグループ内での力関係が定まっているらしい。まあ、考えてみれば、指揮官がサラでミナが参謀なのは当然というところか。メリッサはもともとそういう事には向かないタイプだし、今回の騒ぎではどうみても洋一とともに中心にいるのだから、旗印というところだろう。

 年少組については、シャナとアンはサポート役に徹するつもりらしいから問題はない。パットはそもそも問題を認識してすらいないから、役割など関係あるまい。

 もっともパットも、使いようによってはなかなか魅力的なラライスリになるのだから、ほっておくのももったいないという気がするが、本人がまったくその気にならないのだから仕方がない。

 しかし、と洋一は思った。洋一本人は何の役をやればいいのだ?

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