第184章
幸い、サラは陰謀に係わってないらしい。多分、サラが今ここにいるのは計画にはなかったことなのだ。考えてみれば、アマンダがいきなりあのクルーザーに現れて、メリッサたちに知らせずに洋一を連れ出したのも当然である。洋一が行くのなら、メリッサだけでなく少女たち全員がくっついてくるだろうし、そうなったら計画がオシャカになるのは目に見えている。
だからアマンダがこっそり動いたのだが、サラが一足早くノーラを訪ねていて、洋一と顔を合わせてしまったというわけだ。
ここでまた引き離すのは無理があるし、サラ一人くらいなら巻き込んでも大した問題にはならないと踏んだのだろう。もちろん、ノーラがだ。
周到な計画、確実な遂行、そして臨機応変の対応。なるほど1国を動かすような連中の手際とは、こういうものなのか。
さらに言えば、結構紳士的でもある。洋一の気持ちを、出来るかぎりという条件付きではあるが、なるべく乱さないように気をつかってくれているし、エサとしては過大なほどの美少女たちをあてがってくれている。
大抵の男なら、洋一がここ数日間で味わったような経験にありつけるなら、何でもするだろう。利用されることなど何とも思わないどころか、進んで協力しさえするかもしれない。所詮はフライマン共和国の国内問題なのだ。外国人には関係ない話だし、そもそも一人でがんばってみても何が出来るというのだろう。
そう思って、洋一も何度も自分を納得させてきていた。ほぼ納得しているといっても良い。だが、今回のことはさすがに腹に据えかねる。
男としてのプライドの問題だった。
「ヨーイチ?」
「サラ。気づいていたか」
「え? 何?」
「本当に気づいてないのか。俺達は、いや俺がはめられたんだよ」
そう言いながら、洋一はサラを観察していた。サラの表情は疑問から不信、そして一瞬視線が中空を彷徨った後、いきなり洋一を凝視した。
「ヨーイチ!」
「そうだ。これで密輸だか何だかの共犯になっちまった」
サラはショックを受けていた。その表情は本物だった。続いて、激しい怒りが彼女の頬を紅潮させた。
「ヨーイチ、行くよ」
「どこに?」
「ノーラさんのところ! こんな非道いことされて、とても黙っていられない」
こんなに情熱的な性格だったんだ、と洋一はサラを見直した。日本領事館での冷淡な反応や、その後の冷静な対応は演技だったのだろうか。
それにしても頭の回転は驚くほど早い。洋一など比べ物にならない。
「行っても無駄だと思う。シラを切られたらそれまでだし、大体なんて言うつもりだ? 下手な事言うと、カハノク族全体を敵に回すかもしれないぜ」
サラは急に力を抜いた。うつむく。
「ヨーイチ、ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって」
「巻き込まれたのはサラの方かもしれない。多分、今ここにサラがいるのは偶然というか、計画になかったことだと思う。本当は、俺だけがあのモデルガンを見せられるはずだったんだよ」
それから洋一は、自分の推理をサラに話して聞かせた。
サラは半分も聞かない内に、そのからくりが読めたようだった。今まで気づかなかったのは、つまりそれだけノーラを信頼していて盲点になっていたからだろう。ジョオの態度も少なからず影響しているはずだ。
あのチェスの一件でジョオはサラに対する賞賛を惜しまなかった。誉められてうれしくない者はいない。サラだってその例外ではなかったということだ。そこまでジョオが読んでやったのだとしたら凄いものだが。
サラは見ていて気の毒なくらいしょげていた。この責任感の強い少女は、自分とココ島とを切り離して考えることが出来ないのだ。
「本当にごめんなさい。私、あなたに合わせる顔がない」
「ま……それほど大したことじゃないと思うよ」
かえって洋一の方が冷静さを取り戻している。ノーラたちの仕打ちにはさすがに激昂したが、途方に暮れているサラを見ているうちに冷めてきた。
「でも」
「あの人たちには、多分立場ってものがあるんだろう。その点じゃ、俺もサラもまだ子供ということだろうな」
立場か。
自分で言ったその言葉に、洋一はそれだけで納得してしまっていた。もちろん、まだ腹は立っている。しかしだからといって、一方的にノーラを非難しても仕方がないという諦観が生まれ、あっという間に根付いてしまった。
このへんが、洋一の甘さであり、日本人のつけ込まれやすさでもあるのかもしれない。
「私が、子供?」
サラの方は、とてもそんなにすぐには気持ちを切り替えられないらしい。まだぶつぶつ言っている。
「まあそれは後で考えるとして、サラはどうする? ノーラさんの所には行けなくなっただろう」
「もちろんよ。私、今ノーラ……さんに会ったら何を言い出すか判らない」
「このままだと野宿だぜ」
もうすっかり夜もふけてきたようだ。まだ寝る時間でこそないものの、何とかしないと冗談抜きで野宿になる。
「これだけ暖かいんだから、そのへんの木の下で寝てもいいと思うけど」
「駄目。私はともかく、ヨーイチは慣れてないでしょ。あまり危険な虫とか蛇はいないけれど、かぶれたり刺されたりしたらひどいことになる」
それはそうかもしれない。なんと言っても洋一は軟弱な日本人なのだ。
サラはしばらく考えていたが、いきなり歩き始めた。
「ヨーイチ、行くよ」
「心当たりがあるのか」
「多分。最悪でも、屋根がある所には泊まれると思う」
屋根だけあって壁がないんじゃないだろうな、と洋一は皮肉に思いながら続いた。これだけ暖かいのだから、バンガロー風の家もいいなと思う。そんなことを言っている時ではないのだが、こうもあちこち翻弄されていると、逆に楽天的に考えるしかなくなる。
サラの足は早かった。洋一は時々小走りになりながらついていかなければならない。ここ1ケ月でかなり鍛えられているとはいうものの、洋一は未だに軟弱である。島の娘の体力にかなうはずがない。
30分ほど歩いただろうか。そろそろ洋一が顎を出し始めた頃、2人は村に入った。
道がいつの間にか広くなり、家がぽつぽつと建ち並び始める。あいかわらず街灯などないが、黒々とした影の間にポツンポツンと明かりが漏れる窓があるだけで、随分様子が違って見えるものだ。
ただし、その光のせいで月明かりが色あせてきて、洋一はしょっちゅうつまずくようになってしまった。あちこちからランダムな光が来るので、道の陰影がよくわからないのだ。道も、山道よりは広いものの舗装などされていない。少なくともシティカーが走れる環境ではない。
「ここはどこなんだ?」
「トサンタという村……のはず」
「のはず?」
「あまり自信ない。来たことないから」
サラはこともなげに言った。そういえば、ココ島でもこのあたりは詳しくないと言っていた気がする。