第183章
暗くなったからといって別に危険があるとか寒いとかいうことはないが、やはり出来ればどこかで休みたい。今日もそうだったが、ココ島に来てからの洋一の生活はなかなかハードである。毎日疲れ切ってしまって、夜はすぐに寝てしまう。眠れない日は翌日が辛い。若いので何とか乗り切っているが、出来ればまっとうな寝床で休みたい。
それに、今夜はサラも一緒だ。2人で野宿でもしたら、後で色々面倒なことになるだろう。
それでなくても、ミナがベッドにもぐり込んできたり、全裸のパットと一緒に泳いだりしているのだ。天に誓って邪悪な意図などなかったにしても、これ以上メリッサに誤解されるような機会を増やすのは願い下げだ。
「このへんに泊まれる所は?」
「私も、よく知らない。こっちは私のテリトリーじゃないから」
「仕方ないな。ノーラさんの所に戻るか。あそこも結構遠いけど」
「それしかないかでしょうね」
サラは神妙に答えた。明らかに洋一のリーダーシップを認めている。しかも口調がいつもの生徒会長風から女の子に変わっていた。どういう心境の変化か判らないが、それを言い出すとまためんどくさいことになりそうなので、洋一はあえて追求しなかった。
すぐに日が暮れて、あたりはたちまち暗くなった。このへんには家もなく、従って道に街灯などない。道にしても洋一がかつて経験したようにに馬車なら何とか通れるものの、車は4WDでもなければ腹がつっかえて立ち往生しそうなデコボコ道である。
幸い今日は月が明るく、歩くのに支障がなかった。むしろ道の陰影がはっきりする分、進みやすい。もちろん足下に注意を集中していればの話だが。
2人は黙ったまま歩き続けた。道は一本しかないので迷う心配はない。しかし問題はノーラの屋敷にたどり着いてどうするかだった。
洋一は気が重かった。ジョオに大量のモデルガンを見せられただけで、何もせずに引き上げてしまった。ノーラやジョオが洋一に何をさせようと考えているか判らないのだから、仕方がないと言えば言える。
何を期待されているのか?
いろいろ考えてはいるのだが、どうにも判らない。洋一が今回の騒動に関してそれほど重要な存在であるとは、自分でも思えない。洋一がいなくても、事態はほとんど同じように進展しただろうし、もちろんその場合はココ島の男の誰でも喜んでメリッサたちのエスコート役を勤めただろう。
洋一が日本人だから、という理由付けも今となっては怪しいものである。日本人だからといって、その事実が役に立ったわけでもないし、ソクハキリがもっともらしく説明してくれたような中立の立場というものも怪しいと思っている。
そんな洋一にあのモデルガンの存在を知らせてどうなるというのだ? しかも、明らかにその大半がすでに使われた後なのだ。
どのくらいの量が出回っているのだろう。カハノク族に小火器が配られたという話は、まず間違いなくあのモデルガンだ。撃ちまくっていた割には死傷者が出なかったというのがその証拠である。
さらに言えば、撃ちまくっていたという事実自体も証拠と言える。普通の人間には、そんなに簡単に人に向けて発砲するなど出来ないはずだ。殺人行為なのである。だが、あらかじめモデルガンだということを教えられた上で、おそらくは試してみて殺傷能力がないとなれば、憂さ晴らしにはもってこいの手段となる。
ひょっとして、あれをカハ祭り船団にもって行けという謎かけなのだろうか? カハノク族にだけ支給されて、カハ族が貰えないのは不公平だということなのかもしれない。ノーラはカハノク族だから、面だっては動けないので洋一に託す、という話ならわかる気がする。
だがしかし、それだったらジョオがやってもいいだろう。そもそもカハノク族にあのモデルガンを渡したのは誰なのかということを考えてみると、今のところジョオだとしか思えないのだ。
ジョオ本人でないとしても、ジョオに指示を与えている誰か、あるいは連中、洋一が思うところのチェスの指し手だ。
その連中が、洋一を使って次の手を打とうとしている。ノーラ経由でジョオを使い、洋一を動かそうとする程の影響力を持っているのだ。洋一に直接接触して来ないのは、一体どういう理由があるのか。多分、それは洋一が日本人であり、ココ島のストレンジャーだからだろうと洋一は思っていた。
ココ島にいる者なら、これほどの影響力を持っている連中ならいかようにもコントロール出来るはずだ。口をふさぐのも思い通りに動かすのも自由自在だろう。この狭い島の社会で、網の目のような義理と義務が絡み合っているのなら、例えばノーラやアマンダといった各集団のトップにいる者を押さえておけば、大抵のことは自由に出来るはずだ。
しかし洋一だけは、そんなわけにはいかない。日本に帰ってしまえば、ココ島のいかなる影響からも逃れられる。もし洋一が、ココ島での事を日本でしゃべりまくるようなことがあったら、いかなチェスの指し手といえどもみ消すのは難しいだろう。
まあ、洋一ごときが日本で何を言おうと大した影響はないかもしれないが、問題は洋一自身ではなく洋一の経験である。これまでやってきただけでも、日本の一青年としては大冒険だ。南の島の騒動に巻き込まれ、美少女ぞろいの有力者の娘たちと何日も過ごしたのだから、ニュースバリューが大きい。というよりは、マスコミ受けする要素に満ちているというべきか。
洋一がその気になりさえすれば、ゴシップ紙に自分の経験を売り込んで、日本中にまき散らす事も可能かもしれない。まあ、信用されるかどうか判らないが。
そうさせないためには、ひとつは洋一を消してしまうことだが、それは今となってはメリッサやパットたちが納得はすまい。いくら隠しても、殺人はいずれバレる。フライマン共和国の有力者たちの娘が告発すれば、あっという間に騒ぎが広まる可能性がある。
しかも日本領事館が係わっている。チェスの指し手たちがどれほどの影響力を持っているとしても、外国人がからんだ公然たる殺人をもみ消すほど癒着しているとは思えない。
ではどうするか。
洋一を共犯にしてしまえばいいのだ。共犯とまではいかなくても、洋一自身を騒ぎに係わらせてしまえばいい。例えば、モデルガンを配らせるとか。
洋一はいきなり立ち止まった。
いや、そこまでやらなくてもいい。客観的に、洋一が係わったという証拠をでっち上げるか、そういう状況を作ってしまえばいいのだ。
そしてそれは、すでに成功している。洋一はあの大量のモデルガンを見て、手にとり、木箱を整理までしてしまった。木箱にもモデルガンにも、洋一の指紋がべったりとついている。そして、チェスの指し手にとってはそれで十分だ。
ハメられた。
洋一は屈辱に歯を食いしばった。ジョオが、パットにあれほどなつかれている男がそんな事をするはずがないという先入観があった。さらに言えば、アマンダと親しいらしいノーラの紹介でジョオと会ったのだ。これではアマンダもノーラも、全員がグルだとしか思えない。
いや、そうなのだろう。お人好しの日本人をひっかけるくらい、ああいう連中にとっては何でもないのだ。
「どうしたのヨーイチ?」
サラが声をかけてきた。心配そうに洋一の顔を覗き込んでくる。月明かりの下でも、その表情がはっきり見えた。