第180章
もうずいぶん昔に思える。あの得体のしれない貨物船で、初めてココ島にたどり着いた港がこの場所だ。あの時はローグじいさんにフライマンタウンまで送ってもらったのだが、それが騒動の始まりだった。
洋一は倉庫に戻った。ジョオもサラも、そのままの姿勢で洋一をみている。
「これは……俺といっしょにココ島に着いた荷物なのか?」
「一部はね」
ジョオが低く言った。
「あちこちから手当たり次第に集めたからな。ヨーイチといっしょに来た荷は、もう運び出されたかもしれん」
洋一は、そばにあった空き箱を調べてみた。大鋸屑や緩衝材がはみ出していて、中に何が入っていたのか判らない。しかし想像はつく。グリースがこびりついた木箱や、禍々しい形がはっきり浮き出してみえる緩衝材。そして、カハ族やカハノク族の急進派に配られていたという小火器の噂。その2つを結びつけない方がおかしい。
「あんた……信じられないけど、武器商人だったのか」
ジョオは答えない。サラも、無言のままだ。
「どうして俺にこんなもんを見せる。どうしようっていうんだ。ノーラさんは、いやアマンダさんたちは知っているのか」
ジョオがニヤッと笑った。
「ヨーイチはどう思う」
「こっちが聞いているんだ。あんた、何を企んでいるんだ?」
洋一はジョオに詰め寄った。
その途端、ジョオが笑い始めた。まず吹き出してから、腹を押さえて笑い続ける。
洋一は何も言わなかった。あっけにとられていた。ジョオの笑い方に邪気がなかったのである。
呆然と突っ立っている洋一を後目に、ジョオはひとしきり笑った後、奧の方に積んである木箱のひとつを引っぱり出した。もったいぶって洋一たちに見せてから、木箱をこじ開ける。
ジョオが取り出したのは、黒光りするピストルだった。よくは知らないが、リボルバーという種類だろう。回転式の弾倉がついたもので、昔の映画でアメリカの警官が使っているものに似ている。
ジョオはそのピストルをなでさすったり斜めから見透かしたりした後、いきなり天井に向けて発砲した。
パン、という乾いた音が反響する。
不意に、洋一の腕に重さがかかった。振り向くと、サラがしがみついていた。
「ヨーイチ、使ってみるか」
ジョオが邪気のない笑みをうかべて、ピストルを差し出してくる。
「冗談じゃない。そんなもんに触るもんか」
「まあそう言わずに。よく調べてくれ」
あっという間だった。気が付くと、洋一はピストルを握っていた。
洋一が銃器に触るのは初めてではない。高校生の頃に、グアムに行って興味半分に射撃場で射ってみたことはある。
しかし、今回はそれとは違う。遊びではないのだ。
それでも洋一は、気がつくとピストルをしっかり握っていた。手のひらにぴったりと馴染む。その武器は、奇妙なくらい洋一の手の中で違和感がなかった。
「どうしたヨーイチ。撃っていいんだぜ」
ジョオがからかうように言うが、洋一はぼんやりしていた。事態の展開に頭がついていかないのだ。これからどうすればいいのか?
不意に、サラが手を伸ばして洋一からピストルを奪い取った。しげしげと眺めている。
「サラ」
サラが顔を上げた。
「ヨーイチ、私も銃には詳しくないんだけれど、さっきこのピストル、あの箱から取り出したものよね」
「あ、ああ。そうだと思うけど」
「私も見ていたけど、すり替えた様子もなかったし。そしてすぐ発射したよね」
「ああ。それがなにか?」
「それで思ったんだけど、普通、こういうものって弾を装填したまま運ぶものかしら」
洋一は木箱を見た。
輸送用の頑丈な箱だ。洋一も、こういう荷物が船で随分乱暴に扱われているのを見ている。
確かに、もしこういう箱で銃器を運ぶとしたら、弾は抜いておくはずだ。投げ出されでもした弾みに暴発でもしたら危険だし、回りに火薬があったりしたら船ごと沈没しかねない。
パチパチと手を叩く音がした。ジョオが拍手していた。
「さすがに違うね、ミス」
「サラです」
「ではミス・サラ。あなたの推論はまだ不十分だ。それは判っていると思うが」
「そうですね。この銃は、いったんここに運び込まれてから弾を装填されて、また木箱に戻されたのかもしれない」
「そう考える方が自然と思わないかね。ミス・サラ」
「ただのサラでいいです」
サラは真剣な表情を崩さない。ジョオの方は満面に笑みを浮かべて、サラ注視している。洋一のことは忘れられたようだ。
あのジョオのホテルでのチェス勝負から、ジョオはサラのファンになってしまったらしい。
「ええ、その方が自然です。でも、それでもここに置いてある銃に実弾が装填してあるのは不自然です。1丁や2丁ならともかく、これだけの量に全部装填してまわるのは大変だし、これだけの量なら分散してどこかに運ぶ途中だと考えた方がいい。だったら、どこかに運び込んでから装填する方が効率的でしょう」
「いや、ミス・サラ。最前線に持ち込んで、いきなり片端から撃ちまくるという可能性もあり得るんじゃないかね。その場合は準備万端整えてから輸送するかもしれない」
「ココ島でですか? 戦争には相手が必要でしょう。それとも、ここの武器は両陣営に供給するんですか?」
洋一はぎくっとした。もしジョオが死の商人なら、それは大いにあり得るはずだ。
だがサラもジョオもそっちの方は考えていないらしい。ジョオはともかく、サラの確信は何なのだろう?この大量の荷物が武器であることは事実だし、ジョオがそれにかかわっている事は明らかなのだ。
ジョオは、姿勢を正して大きく礼をした。
「ミス・サラ。あなたへの感嘆の念は強くなるばかりだ。やはりあなたは未来のチェスマスターなのだろうね。ところで、今のは質問ではないね」
「ええ。そうです」
ジョオは再び笑みを浮かべた。驚いたことにサラも笑い返した。
「ではミス・サラ。そういう事だ。ヨーイチに説明してやってほしい。それからの行動については、ヨーイチに決めさせてくれ」
「それが……あなたの意志ですか?」
「私じゃないよ。まあ、いずれ判ることだ」
ジョオは、いきなりぴしっと直立すると、洋一に向かって、ゆっくりとほれぼれするような敬礼をした。映画の中でもめったに見られないくらいの見事な敬礼だった。
そして、ジョオは出ていってしまった。
「あの人、もとは軍人だと思うわ。今はどうか知らないけれど」
サラが言った。洋一も同感だった。あの敬礼を見れば、それ以外の可能性など考えるまでもない。