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第17章

「よほど気に入ったみたいね」

 アマンダがパットの顔をのぞき込んで笑った。

「漂光といい、パティといい、もてるわねぇ。パティも漂光も、あまり人にはなつかないものだけど、ヨーイチには何か安心させられるところがあるのね」

「パットも、人見知りするんですか」

 洋一は聞いてみた。今までのパットの行動からして、誰とでもすぐ仲良くなれるタイプとしか思えなかったのだが、違うのだろうか。

「表面的には、つき合いはいい娘よ。だけれど、私にも経験があるけどソクハキリの妹なのよ。おまけに、フライマン共和国の、それもカハ族の中にあってこれだけ白色人種の特徴的な外見をしてるでしょ。どうしてもみんなに距離を持たれてしまうのよね」

「そうか」

「ヨーイチは、メリッサにはもう紹介されたの?」

「ええ。今朝、朝食のときに。実は昨日の夜も会ってはいるんですが、そのときは口をきいてないです」

「だったらわかると思うけれど、あの娘はもっと人見知りするの。あの外見だから、人気はすごいものがあるけど、それでも駄目なのよね。ソクハキリが心配してアメリカに留学させたけど、やっぱりなじめなかったらしくて半年で帰ってきてしまったし」

「アメリカですか」

 意外だった。日本ではないのだろうか。

「私は、ソクハキリの勧めで日本に行ったんだけど、やっぱり外見が白人でしょう。日本では別に不愉快とか困ったとかいうことはなかったけど、好奇の目で見られたり注目を集めたりは避けられなかったのよ。もっとも」

 アマンダはニヤッと笑った。

「私は性格的にそんなの気にしないタイプだったから、結構おいしい思いしたクチだけどね。ほら、日本人って白人女性にやさしいところがあるでしょ」

「ははは……」

 洋一は笑うしかなかった。

 アマンダは、メリッサほどではないにしろ客観的にみて美人である。ややきついタイプだが、むしろ日本人からみて白人女性のイメージ通りといっていい。多分、さぞかしもてたのではないだろうか。

「まあ、楽しい留学生活だったわ。この通り日本語も話せるようになったし、男友達も随分できたしね。だけど、帰ってから日本はメリッサには向かないな、と思ったのよ。あの娘って、おかしな話だけど、日本的な性格なの。というより、昔の日本女性的な性格というべきかな」

「昔の?」

「そう。今はもう日本でもほとんど絶滅している、あのリョウサイケンボなのよ」

「リョウサイケンボ……ああ、良妻賢母ですか」

「やさしく、おしとやかで、控え目で、旦那を立てて、専業主婦やっておいしいミソ汁作っているようなタイプ。冗談抜きで、あの娘の作るミソ汁って絶品なんだから」

「それはなんとなく判ります」

 洋一は頷いた。朝食のベーコンが最高の出来だったのは、そういうわけだったらしい。

「それだけならいいんだけど、マイナス面も昔の日本の女性並で、知らない人の前では上がってしまって口もきけなくなるし、ましてや男に話しかけられたりしたら気絶しかねないくらいなの。だから、あの娘が外見的には日本よりは目立たないアメリカがいいと思って行かせたんだけど」

「はあ」

「やっぱり外見のせいでモテたらしくてね。しかも、あのストレートな国柄だから、強引な手段に持ち込もうとした奴がいたらしくて、ある日泣きながら電話してきて、私が駆けつけるまでの2日間、アパートに閉じこもって一歩も外に出なかったくらい。そのままこっちに直行して、以来ココ島を一歩も出ていないの」

「そんなに」

「一時は極度の男性不信で、屋敷からも出なかったくらいだったのよ。今はかなりよくなってきているけど。それでも、まだ初めての顔には怯えるわ。ヨーイチは今朝会ったんでしょ? バッタリいったりしなかった?」

「いえ、ちょっと避けられているかな、と思った程度でしたけど?」

 アマンダは、感心したように首を振った。

「やっぱりあなた、何かあるわよ。あのメリッサが初対面の男と出会って何も起こらなかったというのは、初めてじゃないかしら。よっぽど気に入られたのね」

「まさか」

 洋一は、今朝食堂で出会ったときのメリッサを思い出した。あれで気に入っているというのなら、気に入らないときはどうなるのだろう?

「まあ、自分で確かめてみるといいわ。あの娘も、今年はカハ祭り船団に同行することになったから、機会はあるでしょ」

 アマンダは、メリッサが侍女たちや護衛の巨人たちに囲まれて座っている方を見ながら言った。

「パティも来ちゃったし、アグアココに誰もいないのはまずいんだけどねえ。ソクハキリも何考えているんだか……」

「はあ」

「まあいいわ。それじゃ、私は用があるから。パティをお願いね。船のベッドに放り込んでおけばいいから」

 そう言うと、アマンダは席を立っていってしまった。

 パットが腕にしがみついたまま気持ちよさそうに眠っているので、洋一は動くわけにもいかず、ビールをちびりちびりと舐めながら辺りを眺めた。

 そろそろ漂光も去りつつあるようだ。一時期は回り中で光っていた漂光も、今はところどころでぼんやりとした光が見えるだけだ。

 鑑賞会もそろそろ終わりらしく、いつの間にかこの船の両側にいくつものボートが横付けされていて、参加者たちが乗り込んではこぎ出してゆく。自分たちの船に帰ってから、もう一度飲み直そうという気なのか、ビールの樽を抱え込んだ者もいる。

 ふと気がついて、メリッサが座っていたあたりを見たが、いつの間にか誰もいなくなっていた。

 回りから人影が消えると、さすがに風が冷たくなってきた。洋一は、慎重にパットの腕を外してから立ち上がり、それからパットをおぶった。しかし、洋一が帰るべき船は、この船からは縄ばしごで降りなければならないのだ。

 仕方なしにパットを起こそうとした洋一だったが、その時そっと肩に触れるものがあった。

 振り返ると、女神が立っていた。

 メリッサは、エプロンを脱いでジーパンとTシャツという姿だった。

 まったく化粧をしていないどころか、食事を作ったあとそのまま出てきたようで、顔や手に油のしみがついている。

 Tシャツもヨレヨレで、色あせしている上にあちこちがほつれている。

 だがそんなことは問題ではなかった。

 淡い光の中に、メリッサの身体の曲線がモロに浮かび上がっていて、ファッションショーのモデルを思わせる。しかも、髪をアップにしているせいでくっきりした美貌が強調され、何か神秘的な彫刻のようだ。

 だが、それだけではなかった。

 メリッサは、昨日の夕食のときも、今朝会ったときにも感じられなかった、親しみのこもった表情を浮かべていた。

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