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第177章

 洋一は、久しぶりにジーパンのポケットを探って財布を出した。このところほとんど金を使う機会がなかった。実のところ、日本領事館で渡された活動資金というかバイト料の前払い金が結構残っているのである。

 ココ島の物価がよくわからないが、札のゼロの数をみればかなりの金額かもしれない。今までずっと奢られてばかりだったから、ここはひとつサラにごちそうしてあげてもいい。

 だが、そんな機会はなかった。サラは、金を払う様子もなく大量の料理を運んできたのである。

「金は?」

「あの店はノーラさんの馴染みだっていうから、ツケにしてやったの」

 笑っているが、まだ根にもっているらしい。女は怖い。

 今は何時くらいなのだろう。太陽はまだ真上にあるし、朝からそれほど時間がたっていないような気もするが、ココ島では夕方まで太陽が真上にあって、それからいきなり夜になるので油断は出来ない。それに腹が猛烈に痛く、時々ゴロゴロと鳴っている。病は気からとはよく言ったものだ。

 洋一はサラがテーブルの上に広げた食い物を見わたした。とりあえずハンバーガーらしい巨大なサンドを選ぶ。どうもこういうところで出る食料は、基本的にファーストフードになってしまう傾向がある。もっとも、こんなところで握り飯を出せとかいっても無理だろう。

 ハンバーガーはそれなりにうまかった。牛肉ではなく、魚のすり身を焼いたもののようだがまずまずの味である。しかしメリッサの料理に慣れた洋一の舌を満足させるにはほど遠い。それでも洋一は文句も言わずに詰め込み続けた。

 塊を飲み下して、瓶入りのコークを流し込む。コークはよく冷えていた。これだけはどこで飲んでも概ね同じ味がする。

 ふと見ると、サラも凄い勢いで詰め込んでいる。そういえば最初に出会った時も、サラは日本領事館の庭でサンドイッチをぱくついていた。

 豪快な食べ方だった。洋一が見ていることなど、まったく気にしていないらしい。大口をあけてかぶりつき、コークをラッパ飲みする。普通だったら下品になりそうなものだが、サラの場合はただ爽やかなだけだ。

 不思議な話だが、何となく野性的な美少女、という印象がサラにはある。アウトドア的なイメージは、ミナの専売特許のような気がするが、ミナはむしろ都会風に洗練されたスタイリッシュなイメージをもっている。

 島の娘、という観点で論じれば、サラが一番近いかもしれないと洋一は思った。メリッサもミナも、単純な島の娘というには背負っているものが多すぎる気がする。

 もちろんサラだって、普通の人よりは大きな責任を背負わされているはずだが、サラはそれを感じさせないのだ。妙なかんじだった。最初に出会った時は、サラはとても神秘的に見えたものだ。しかし今はすごく身近に感じられる。

「なに?」

 サラがいきなり言った。左手にハンバーガーを掴み、右手はコークの瓶に添えながら下目づかいに洋一を見ていた。

「いや別に」

「そう」

 また食事に戻る。

 こだわらない。さっぱりとしているというか、気持ちのいい無関心もサラの持ち味だ。そういえばメリッサもミナも粘膜質的なところがあった。話していて楽しくないわけではないのだが、常に緊張を強いられるのが疲れる。ことにメリッサはすぐに傷つきそうで、言葉の使い方にも気をつかってしまう。実際にはそんなこともないだろうが、惚れている以上どうしようもない。

 ミナも、油断すると足をすくわれそうで別に意味での緊張が続く。まあ、ミナの場合は洋一も遠慮せずにやり合えるわけだから、文句を言いたいわけでもないが。

 あれほどたくさんあるように見えた食料は、たちまちのうちに消えてしまった。その大半はサラの口に消えた。よほど腹が減っていたのか、あるいはイライラを解消するためのヤケ食いだったのかは不明だが、サラも大食漢といっていいだろう。

 そしてそれを洋一に平気で見せる。気が楽だった。サラとなら気を使わずにやっていけそうだ。

 そんな洋一にかまわず、サラは食べ終わるとさっさと立ち上がった。

「ヨーイチ行くよ」

 休んでいくという発想はないらしい。それとも腹ごなしに歩こうということか。

「はいはい」

 洋一は諦めて立ち上がる。サラはすでに歩き始めていた。

 2人は、だんだんと広くなり、混み合ってくる道を黙って進んだ。あまり大きいとも思えない町、いや村のはずだが、結構人が多い。何をして暮らしているのか判らないような男たちが連れだって歩いていたり、女性が操る荷馬車が通ったりといった、日本の常識では計り知れない生活環境のようだ。

 洋一が知っているのは、ココ島では事実上フライマンタウンだけだ。あそこは共和国の首都なのだから当然と言えるが、文明社会に相応しい工業技術が使われていた。

 しかしこの村は、まるで化石燃料動力の普及以前みたいな様子だ。もっとも、よく見ると農家らしい家のそばにはトラックが見えるし、あちこちに太陽光発電らしいパネルも立っている。TVアンテナがないのは、おそらくケーブルTVが普及しているからだろう。

 生活するのに必要なものを除いては、現代科学文明に類する機器や動力が排除されている。

 洋一が初めてココ島に着いたときにフライマンタウンまで送ってくれたローグも荷馬車を使っていた。あの時はガソリンエンジン付きの車を使わない理由を色々言っていたが、案外本当なのかもしれない。

 未開の島だと思っていたら大間違いだぞ、と洋一は気を引き締めた。科学技術がないのではなく必要最小限しか使わないのだ。その証拠に、ミナたちが使っているクルーザーは最新型だった。必要のない物は使わないが、必要なものは積極的に使用する。それを意識的にやっているとしたら、これは大したものである。

 洋一がこれまで出会ったフライマン共和国人たちは、誰をとっても頭が切れて行動力があり、しかも思慮深い。洋一みたいな凡人がこんなところに長居していたら、何をさせられるか判らないほどだ。

「ここ」

 サラが短く言って、その建物に入っていった。洋一も続く。

 こじんまりとした西洋風の教会だった。何という様式なのか判らないが、それなりに格式があって古びている。ココ島では結構由緒ある建物なのかもしれない。

 中は、ほぼ洋一が欧米風の教会と理解している通りだった。ずらっと長椅子が並び、突き当たりには祭壇がある。正面の壁は十字架である。

「ここ、キリスト教の教会だろ」

「そうよ」

「何派なんだ? カトリックとかプロテスタントとか」

「さあ知らない。私は信者じゃないから」

 サラはそっけなく言って、最前列の席に座った。仕方なく洋一も向かい側の椅子に腰を降ろす。

 洋一とサラの他には誰もいない。牧師でもいるのかと思ったが、多分忙しいのだろう。ベルか何かを鳴らせば出てくるのかもしれない。

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