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第175章

 ひょろっとした木の根本に、海の方を向いて座り込んでいる。膝をかかえている姿は、なんだか憔悴してみえた。

 声をかけられる雰囲気ではない。仕方なく、洋一は少し離れた所に座り込んだ。

 今日もいい天気だった。空は抜けるように青く、雲も水平線の方に少し見えるだけだ。

そのくせ、なぜか南国の強烈な光はない。日本の秋のおだやかな日差しに似た優しい日光が降り注いでいる。

 ココ島でこんな所に座り込んでいたら、すぐに日射病になりそうなもんだが、と洋一はぼんやり考えていた。そういえば、今までにもあまり敵意をもった太陽には曝されていなかったような気がする。気がつかなかったが、これはやはり異常なことなのではないだろうか?

「そうなんだよね」

 いきなりサラの声がした。

「私にも、判る。ヨーイチだからなんだよね」

 サラは俯いたままだ。洋一は見えていないはずだが、そばに座っていることに気がついているらしい。

「俺だからって?」

「気づいてないんだろうとは思っていた。ヨーイチはココ島の人じゃないから」

 サラは呟くように続けている。洋一に話しかけているようでもあるが、洋一の言葉には反応しない。

「どうしてヨーイチなんだろうって思っていた。思っていたけど、初めて会ったときにもう、わかっちゃった」

 サラはこちらを向いた。泣き笑いのような顔で、目だけが光っている。

「判ったって、何を?」

 間の抜けた洋一の言葉に、サラは初めて反応した。

「ヨーイチが、タカルルだってこと」

 洋一は、とりあえず笑った。

「そりゃカハ族のイベントの役だよ。それも、立っているだけでいいって……」

 洋一は途中で言葉を切った。サラの言いたいことも、どういう答えを望んでいるのかも判っていた。

 だが、洋一はただの日本の大学生でしかない。そしてただの日本の大学生に出来ることは限られているのだ。

「……俺は、本当に立っているだけでいいと言われて、立っているだけなんだよ。ただ立っているだけでもきついけどね。それに最初の約束と違って、すぐには終わりそうにもないし。でも、約束したんだから、出来る限りがんばって立っていようと思っているだけなんだよ」

 そう言って、洋一はため息をついた。まったくため息でもつかなければやっていけない。

 サラは、しばらく洋一の顔をみていてから、やはりため息をついた。そして立ち上がって洋一のそばまで歩いてきた。

「そうよね。ヨーイチがせいいっぱい頑張っていることは知ってる」

 サラは顔を寄せてきた。あっと思った時には、洋一の頬に暖かい感触があった。

「好きよ」

 それは、サラが洋一に初めて見せた女らしいしぐさだった。

 まるで子供の恋愛みたいな状況だったが、洋一は素直に感動した。日本ではとっくに廃れたようなそういう態度は、かえって新鮮だった。

 しかし甘い気分はすぐに飛んでしまった。次の瞬間、サラは顔を引き締めると、別人のような態度で立ち上がった。

「戻るよヨーイチ。ノーラさんに心配かけちゃいけないから」

 言いながら洋一の腕を引っ張って立たせる。あまりの態度の豹変についていけず、洋一はモゴモゴ言いながら情けない態度で従うしかない。サラはそのまま洋一を引きずって歩き出した。すでにいつものサラに戻っている。その切り替えの早さには感心するばかりだ。

 洋一は引っ張られるままになっていたが、ふと気づいてにんまりとした。サラが洋一の手を握ったままなのだ。してみるとサラも変わらなかったわけではないらしい。

 さすがに屋敷に戻ると、サラは洋一の手を離した。きっと色々な思惑があるのだろうが、今のところはこれで十分だ。

 しかし、考えてみるとサラと親しくなるということは洋一の本命であるメリッサに言い訳しなければならない機会が増えることのような気がする。今のところ、メリッサとは「お友達」レベルのつきあいしかしていないのだ。ほんのちょっとした油断で取り返しのつかない事態になる可能性は十分ある。

 これは、ソクハキリとの「約束」とは別の次元で洋一が果たさなければならない契約のようなものだった。

「勝手に飛び出してすみませんでした」

 さっきの部屋に入ると、サラはいきなり謝った。日本式の上体を傾けるお詫びである。「結果としては良かったんじゃないの」

 ノーラがにやにやしながら返す。ノーラはソファーにだらしなく座り込んでいた。アマンダの姿は見えない。

「アマンダさん、どうしたんですか」

「帰ったわよ。あいつも色々忙しいんじゃない。大変よね、責任感が強いと」

 誰に言っているのか判らない皮肉だった。だが洋一はそれどころではなかった。アマンダにおきざりにされてしまったとしたら、洋一はこれからどうすればいいのか?

 あのクルーザーにはメリッサやパットがいるのだ。サラに続いて洋一まで忽然と消えてしまったのだから、大騒ぎになっているに違いない。

「ヨーイチ、心配しないでいい。あの娘らは、あんたが思っているよりタフだよ」

 ノーラはお見通しだった。しかし、そういう問題ではあるまい。

「タフかどうかは別にして、黙ってでてきてしまったんですよ。せめて連絡くらいはしないと」

「お姫様は逃げやしないって。ちょっとくらい心配させた方が、かえって情が深まるってもんだよ」

 ノーラの声はアルトで、しかも少しかすれている。しかも、わざとやっているのか口調はとても若い女性のものとは思えない。目をつぶって聞くと、老婆が話していると勘違いしそうだった。

 いずれにせよ、口で洋一がかなうわけがなく、沈黙するしかなかった。口以外でも勝てる部分があるとも思えなかったが。

「それより、ヨーイチにやって貰いたいことがあるのよ」

 ノーラが身を乗り出してきた。口調も元に戻っている。やはりわざとやっていたのだ。どんなときでも人をからかわないと気が済まないのは、アマンダと同じだ。

 洋一は諦めきって座り込んだ。あがいても何の解決にもならない事は身にしみているし、だったら最初から素直にやった方がいい。しかし自分の無力には絶望する。

「ヨーイチじゃないと出来ないことですか」

 サラがいきなり言った。

「そうだよ」

「だったら、私も手伝います。そのくらいはいいでしょう」

「別にいいけどね」

 ノーラは笑い出しそうな顔つきだった。その反対に、サラの表情は堅い。手玉にとられているのはサラも一緒だった。

「ヨーイチもそれでいいね?」

「……いいですよ。何でも」

 洋一のふてくされた返事にかまわず、ノーラは嬉々としてバインダーを取り出してきた。洋一に渡す。サラが、なぜか遠慮がちに洋一の隣に座って覗き込んだ。

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