第173章
アマンダとノーラは肯きあった。
それからアマンダが洋一にまっすぐ向き合った。真剣な表情だ。
「だからヨーイチ、あなたには本当に悪かったと思っている。無理矢理こんなことに巻き込んで。でも、正直言って私たちもこんな展開になるなんて思わなかったのよ」
ノーラが視線をうつろにさまよわせて続ける。
「本当は、とっくに片づいているはずだった。カハ祭り船団とうちの連中は適当にやりあって、そこにラライスリが割り込んで、喧嘩両成敗で痛み分けというシナリオだったんだよ。そのために、第3勢力という団体を使った。といっても、ヨーイチが思っているようなでっちあげじゃないんだけどね」
すこしいたずらっぽく続ける。
「あれはノンポリの集団なんだよ。カハ族もカハノク族も入り交じっていて、どっちでもないと思っているというか、そもそもそういうことに関心がない連中でね。日本じゃありふれている無信仰者みたいなものよ。カハ族がどうとかいう理由じゃ動かない。
だけどフライマン共和国人だから、情勢に無関心というわけじゃない。私らはそこに目をつけて、ちょっと手伝って貰ったんだ」
「幸い、まとめ役みたいな人がいてね。話をもっていったら、ふたつ返事で協力してくれることになった。そのへんの所はヨーイチの方が詳しいでしょ?」
そうか。ミナの話は本当だったのだ。第3勢力とは、カハ族にもカハノク族にも属さない集団だと言ったが、あれはある意味本当だ。実際、ミナたちはアマンダに協力しても、命令に従っているわけではない。あの連中にしても、多分生まれはカハ族でありカハノク族だったのだろうが、今はミナの父親に従っているというわけだ。
日本ではありふれた考え方だが、フライマン共和国では違うのかもしれない。洋一にしても、これだけ説明されてもピンとこなかった。自国民が単一人種だと思っているから、人種や信仰による対立というものに実感が沸かないのだ。ヨーロッパあたりでも、当たり前の考え方だということは知識としては知っているのだが、実例を見るのは始めてだった。
洋一は深呼吸して、いよいよ核心の疑問にとりかかる。
「第3勢力はなかった、というか俺が思わされていたようなものではなかったのは納得出来ました。でも、それじゃ、昨日のあの騒ぎは何だったんですか?」
「何と言われても、ねえ」
「あれは本物よ。カハノク船団が集結していたのは」
アマンダとノーラは、判っているのかいないのか、的外れの答えを返してくる。いや、判っていないはずはない。このコンビは洋一なんかよりよほど頭がきれるのだ。
「ごまかさないで下さい。第3勢力のクルーザーですよ。俺と、ここにいるサラやメリッサたちまで巻き込んで、しかも野外劇みたいな舞台まで作って、一体何をやろうとしたんですか。おまけに、それだけやっておいてなぜか第3勢力の連中は逃げてしまったんですよ」
「……それは、私にもよく判らない」
ノーラが姿勢を正して言った。今までとは真面目さが違った。
「私が頼んだのは、あそこにヨーイチとラライスリ……というか、メリッサさんたちを連れてくるということだけなんだ。方法はまかせた。こっちが口出しすることじゃないし、好きにやらせろというのがあの連中の出した条件だったからね」
「ほんとは、メルを出すのは心配だったのよ」
アマンダも横から言った。
「でもヨーイチがいたから大丈夫だと思った。パティもついていったしね。それにサラもいるはずだから、何かあっても何とかしてくれると……」
サラがちらっとアマンダを見た。表情が堅い。誰かが言った何かの言葉が気にさわったのかもしれない。
それより洋一にも気になるセリフがあった。
「俺がいたから大丈夫だと? 普通は反対なんじゃないですか」
「ヨーイチ、あんたもあれだけつき合ったんだから、いいかげんにメルの本性判りなさい。わたしが心配していたのは、メルじゃなくて周りの人間の方よ。ヨーイチがいれば、あの娘もそう簡単に暴走しないだろうと踏んだのよ」
アマンダはしゃあしゃあと言ってから、一転してため息をついた。
「もっとも、別の意味で暴走してしまったみたいだけどねえ」
洋一は黙っていた。アマンダが何を言いたいのかは見当がついた。しかし、あれを「暴走」という単純な概念で片づけていいものだろうか?
サラもノーラも何も言わない。言うのがタブーになっているのかもしれない。
「……すると、アマンダさんというかカハ祭り船団側の考えでは何が起こると、いや何をやろうと考えていたんです?」
「そうね。そういう疑問がわくのは当然だと思うわ」
アマンダは投げやりに言う。自分でも信じてないことを言わなければならないことが気にくわないみたいだ。
いやそうではない。アマンダは自信がないのだ。しかし何に対して?
アマンダは、洋一の方を向き直って話し始めた。
「ヨーイチに判って貰えるかどうか判らないけれど、私たちはココ島人なの。私はこんな外見だけど、ヨーロッパやアメリカの考え方には馴染めなかった。日本にいたとき、どうしてかすごく落ち着いてられた。日本人の考え方になぜか同調できるのよ。ヨーイチもココ島に馴染んでいるから、判るんじゃない?」
「そうですね」
洋一は慎重に言った。
「それは感じてました。ココ島って、なぜか違和感がないですね。日本と」
「文化圏としては周囲から孤立しているみたいなのよ、フライマン群島は。ヨーロッパの影響も少ないし、ポリネシア文化の影響もあるけど少ない」
ノーラが口をはさむ。大学で比較文化論でも専攻したのかもしれない。
「東南アジアとも違う。よく判らないんだけど、どうしてか日本が一番近い」
「そうなのよ。兄が和室のまがい物を作ったりしてるのも、留学したことがあるからだけじゃないと思う。日本が好きというよりは、日本的な考え方をするというか」
なんとなく、アマンダの言いたいことが判ってきたような気がする。そういう方向にもっていこうというのか。いや、多分嘘ではないだろうが、無責任きわまりないやり方だ。だが、納得できてしまうのも洋一が日本人だからかもしれない。
「神風ですか」
アマンダは、にっこり笑って頷いた。
「さすが本物の日本人は話が早いわ。こっちの人だと、イマイチすんなり判ってくれないからね」
「どういうことですか」
いきなり横やりが入った。サラが立ち上がっている。
「どうって、だから私が何を考えてあんなことをやったのか、ヨーイチには判ったということで」
「私には判りません。聞きたいと思っていたんです。一体、アマンダさんは何をどうするつもりだったんですか、あんなクルーザーに私たちを追い込んで」
サラは必死の面もちだった。洋一の前で見せていた余裕は欠片もない。してみると、あの余裕はやはり演技だったということか。洋一の前でせいいっぱい突っ張っていただけなのかもしれない。
それでも洋一はサラを尊敬していた。洋一や他の女の子たちが取り乱していた時、サラは毅然としてみんなを支えたのだ。
アマンダは黙っていた。困ったような表情だ。説明しかねているのだろう。言葉で説明しようとすると、どうしてもジョークか無責任に聞こえてしまう。
ノーラは薄笑いを浮かべて傍観の構えである。アマンダの責任で何とかしろと言っているのだ。サラのことが心配ではないのかと思ったが、おそらくサラを信じているのだろう。この程度でどうにかなるような関係ではないに違いない。
仕方がなかった。洋一は言った。
「神風だよ」