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第172章

 その場の全員がノーラの方を見た。

 ノーラは曖昧に笑った。それからうんざりしたように空を仰ぐ。

「ノーラ、どうなの」

「えっと、私も、現場にいたわけじゃないからはっきり言えないんだけどね」

「いなかったの?」

「後方支援で駆け回っていたに決まっているじゃない。何か起きたという連絡で駆けつけたけど、そのときにはもう全部終わっていたのよ。とにかく、噂だと、湾全体が漂光で覆われたらしいわ。あんな大規模な漂光は初めてで、神話にすらないって話よ」

「誰がそう言ったの」

「私の部下。海に出ていた全員がそう報告したわ。みんな信頼出来る連中だから、事実と考えていいと思う」

 ノーラはきっぱりと言った。

 そうか「部下」がいるのか、と洋一は思った。これではっきりした。やはりノーラもカハノク族の中では指導的な立場なのだ。しかも、表の顔ではない。アマンダと同じで、影の顔役といったところだろう。

 カハ族側の表の顔役はソクハキリだが、あの巨人はおかざりのようには見えない。本物の指導者というか力のある人物なのだろうが、それは同時に目立ちすぎるということでもある。政治家のようなものだ。

 そこで、表だっては動けない部分をアマンダが担当しているのだ。ノーラも同じ立場に違いない。

 洋一はうんざりしていた。そういうのは嫌いだ。だが、そんな洋一の思考を無視するかのように、自分の声が勝手に響いた。

「実際に何が起きたのかは別として、事実だけを見たら、カハノク族の船団は解散したということですよね。間違いありませんね?」

「そうよ。何度も言わせないでよ」

 ノーラは不機嫌だった。洋一ごときに念を押されたのが不愉快なのかもしれない。

「それで、カハ祭り船団の方は、首都に向かっている……」

「数日中には到着するはずよ」

 アマンダの方は、面白がっているようだ。いきなり洋一が仕切り始めたことに興味を持っている。表情に余裕はなかったが、こういう状態でも楽しめるらしい。

「お祭りはどうなるんですか?」

「もともとコースなのよ。予定通りなだけ。カハ祭り船団の大半は、何も気が付いてないんじゃないかな、まだ」

「ここに来ても、もううちの連中はいないから、トラブルになりようがないよね」

 ノーラが続ける。

「なるほど。気がつかなかったけど、信じられないくらい都合のいい展開になってるわね。わざとやろうったってこううまくはいかないわ」

「まだ終わったわけじゃないし、大体根本的な問題はそのままじゃないの。気を抜くんじゃないわよ。うちの連中だって、解散したといっても過激派連中が治まったわけじゃないのよ。むしろ、このまま分散してしまう方が危険だわ。一応ヤバそうな連中には監視をつけて牽制しているけれど、何とかしてもう一度集めて、綺麗に解決しないと。大体、まだタカルルの印も出てないのに」

「よく言うよ。自分の身内を押さえてから言いなさいよ」

 サラがため息をついた。この2人の間にいたのでは、さぞかし精神的疲労が大きいことだろう。

 しかし、気になる言葉があった。タカルルの印とは何だろう?

 サラが察したようで、そっと言った。

「大祭が開かれると、タカルルが合図を送ると言われている」

「どんな?」

「それは決まっていない。人には出来ないことだと」

 そんな洋一にかまわず、アマンダとノーラの言い合いは続いている。いいかげんうんざりした洋一は、すぐ脱線する2台の機関車をレールに引き戻した。

「お二人の掛け合いは、別の機会に聞かせていただきます」

 アマンダとノーラが実に意外そうに洋一を振り返る。2人とも、自分の意志に反して何かを決められることに慣れていないのだ。

「今はそれどころじゃないしょう。話を戻して、つまりカハ族とカハノク族の全面的な衝突はとりあえず避けられたということですね?」

「そう……ね」

「そう言ってもいいわよね」

「じゃあ、残るは第3勢力です。アマンダさん、ノーラさん、第3勢力はどうなったんですか?」

 まっすぐ切り込んできた洋一に、2人は同じ反応を示した。とっさに視線を逸らせたのである。

 それは反射的な行動だったに違いない。2人とも次の瞬間には立ち直っていた。だがもう遅かった。

「俺の考えを言いましょうか」

 洋一は自分でも不思議なくらい落ち着き払っていた。やはり、何かが乗り移っているのかもしれない。

「第3勢力なんてものはないんじゃないですか?つまり、独立した勢力としては」

 サラがはっと顔を上げた。

 アマンダとノーラは何も言わない。ポーカーフェイスなのはさすがだ。

「それ以前に、そもそもカハ族やカハノク族という勢力がまとまって対立しているというのも怪しいと思います。いや、その区別はあるんだろうと思いますが、フライマン共和国を二分しているというのはどうでしょうか。ソクハキリさんやアマンダさんは、俺にそういう印象を与えようとしていたみたいですが、ひょっとしたら両方とも少数の先鋭分子の集まりなだけなんじゃないですか」

「なるほど」

 ノーラが言った。

「ヨーイチはそう思うわけね。私やアマンダがやっているのは狂言だと」

「そこまではいかないと思うけど、俺が思わされていたよりは大したことないんじゃないかと」

「つまり、私たちがお芝居をしていたと? ヨーイチ相手に? それで、どんなメリットがあるの?」

「それは、判りません」

 洋一はきっぱりと言った。

「日本領事館も巻き込んで俺を騙す意味がわからない。いくら考えてみても判らないから、考えるのをやめました。だからこれは告発じゃありません。聞いているだけです」

「……聞かされてたよりやるじゃないのこの坊や」

 ノーラがおかしそうに言った。

「やるというよりはタフなのよ。そうじゃなかったら、ここまで来てないわよ。こんな顔して、ちょっと目を離すとすぐ暴走する暴れ馬みたいなものよ、この子は」

「それでメルやサラをつけたわけ? あんた案外、この子に惚れているんじゃないの?」

 アマンダは、かすかに笑みを浮かべただけだった。

 洋一の方は、ふつふつと沸き上がる怒りを抑えていた。子供扱いされるのまでは何とか我慢できるが、これではまるで道具ではないか。人を馬鹿にするのもいいかげんにして貰いたい。これ以上何か言うのなら、たとえメリッサの姉さんであっても……。

「ごめんねヨーイチ」

 アマンダがいきなり言った。

「私たち、いつもこうなの。1人ならまともな社会人として通用するんだけど、2人揃うと暴走してしまうのよ」

 いやいや、1人でも十分反社会的な性格ですよ、と洋一は心の中で思った。しかめっ面は変わらない。

 アマンダは肩をすくめて続ける。

「本当なら性格が正反対の者が対になって、お互いの欠点をカバーするはずなんだけど、私たち似たもの同士でね。それで結構気があうし、他に誰も近寄ってこないせいで、いつの間にかコンビみたいになってしまったのよ」

「両方が同時期に日本に留学したのが運のつきだった。だけど、結果としては良かったと思うよ。私たちの親たちの目論見が見事当たったというところね」

「私の場合は兄さんだけどね」

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