第171章
「あの、それじゃ、ノーラさんも日本に留学していたんですか?」
洋一はやっとの思いで口をはさんだ。このままではまたしてもすべてがうやむやになってしまいそうだった。
幸い、ノーラがすぐに反応してくれた。うっとりと手を組んで、夢見るように話し出す。
「そおなのよ。青春だったわ。日本はいいわよねえ。楽しいことばかりだったわ。あの頃、日本じゃディスコが流行っていてねえ。アマンダといっしょに毎日のように……」
「ちょっとやめてよばらすのは。トシが判っちゃうじゃないの」
アマンダがあわてて遮った。
そういえば、アマンダの年齢は聞いてないな、と洋一は思った。メリッサの年は昨日聞いたのだが。いや、今日だったか? 記憶が曖昧だ。メリッサも外見からではいくつなのか判らなかったし、パットの歳も未だに不明だ。
この姉妹は総じて外見より若いというか、うっかり感じたままを言ったら激しく傷つけそうな雰囲気がある。
アマンダも、最初に見たときは年齢不詳というよりは20代後半のキャリアウーマンに見えたのだが、それよりは若いのだろうか。いや、それ以上だとメリッサたちと離れすぎてしまう。まあ、そんな姉妹もいるだろうが。
そんなことはどうでもいいのだ。洋一の聞きたいことを、早く話して欲しいだけだ。
「あーはいはい。最新情報だったわよね」
ノーラがアマンダとの掛け合いを中止して言った。洋一の暗い目つきに気が付いたのだろう。
ノーラは椅子に座り直すと、洋一の目を見ながら話しはじめた。
「手短かに言うと、カハノク族の船団はとりあえず撤収したわ。中核の連中は毒気を抜かれてひとまず本拠地に引き上げたし、それ以外の野次馬はそれぞれの家に帰ったと思う。こっちもてんやわんやで、よく判らないんだけどね。ま、とにかくそういうわけで、当面の衝突は回避されました」
「信じられないわね」
アマンダが口をはさむ。
「別に信じなくたっていいわよ。自分で調べてみれば?」
「調べたのよ。確かに、ノーラの言う通りだった。でも信じられない。一体何があったの?」
「さあ、何があったのでしょう?」
ノーラはゆったりと足を組んだ。優位に立っている。
「ノーラ」
「本当に判らないのよ。もともと私たちがコントロールしていた連中は少数派だったし、アマンダあんたがメチャクチャやり始めたときに連絡がつかなくなってしまって、その後一緒に暴走していたみたいなの」
「私がメチャクチャにしたわけじゃないわ」
「でも、ラライスリ集めたり、あのへんな連中と一緒に送り込んできたのはアマンダでしょ」
「それも違う。私はあくまでもオブザーバーとして……」
「ああ、そんなことはもうどうでもいいの。今はヨーイチに話しているんだから。で、そういうわけで、残念だけど混乱があって、よく判らないうちに全部終わっていたみたいなのよ。これで納得してくれる?」
もちろん、納得など出来るわけがなかった。ノーラの方もそう思っているのは明白だった。洋一の顔を見て、ため息をついて手を広げる。
「まいったわねぇ。お笑いに聞こえるだろうけど、ホントなのよ。サラに様子を聞いたけど、本当にそんなことがあったの?」
「ありました」
サラが口をはさんだ。
「ラライスリが、来ました。メリッサさんが本物の女神になりました。それから」
洋一をちらっと見る。
「タカルルにも来ていただけました。正直言って、タカルルが来てくれなかったら、どうなっていたかわかりません」
「私は見てないから、そんなこと言われてもねえ。本当なら、そっちの方がよっぽど問題じゃないの」
「そう思います」
サラとノーラが、何となく洋一の方を見る。ノーラはともかく、サラまでが半信半疑なのが気にさわる。
「神様たちが来たのと、事態が収まったのには何か関係があるのかしら」
アマンダが、全員を探るように見ながら言った。今までの話を完全に疑っている。友人ではあろうが、言われたことをそのまま信じる程お人好しではない。それはそのままノーラにもあてはまる。
この2人が組んだら、日本の平和ボケした学生やサラリーマンたちなんかいいように手玉に取られただろうな、と洋一はため息をついた。
しかし、今この場で洋一が手玉にとられたままになるわけにはいかないのである。アマンダに強制的に引っ張ってこられたとはいえ、これは事態を打開するチャンスなのだ。洋一のためにも、まだクルーザーに閉じこめられたままのメリッサたちのためにも。
「まあ、結論を出すのは後にしたいと思います」
洋一は努めて事務的に言った。
「とりあえず、カハノク族は解散したんですね?」
「そうよ」
「じゃ、アマンダさんにも聞きたいんですが、カハ祭り船団はどうなったんですか?」
「あたし? あ、カハ祭り船団ね。あー、それはまだいるわよ」
歯切れが悪い。
ノーラは、矛先がそれてあからさまにほっとした表情だった。カハ祭り船団の状況はノーラにとっても関心事なのだろう。興味深げに洋一とノーラを交互に見ている。
誰も何も言わない。みんなアマンダが続けるのを待っていた。アマンダは、すぐに根負けして言った。
「判った。わかりましたよ。全部話せばいいんでしょ。カハ祭り船団は、今フライマンタウンに向かっているわ。もともと予定通りなんだけどね。あんたたちが騒いだせいで、うちのはねっかえり達も興奮して大変だったけど、何とかなだめて、こっちに急いでいる最中に情報が伝わってきたのよ」
「昨日の夜ね」
「そう。訳の分からない話だった。ラライスリが降臨した、タカルルがラライスリをなだめた、漂光が祝福した、というような、混乱した話でね。そのあげく、カハノク族が解散してしまったというじゃない。
もちろん、みんな信じなかったけど、それでも腰砕けになってしまってね。で、私が確認してくるからと言って飛んできたというわけよ」
「漂光が祝福した、ですか」
サラが口をはさんだ。
「そういう事があったんですか。私たちは、ずっとあのクルーザーのライトで周りが何も見えない状態だったんです」
「そういう噂なのよ。複数のルートから入ってきたから、完全なでまかせじゃないと思うわ。もっとも、私も確認したわけじゃないし、本当に何が起こったのかはわからないんだけど」