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第170章

 ノーラは、そんな洋一の態度におかまいなく握手して、洋一の手を握りつぶした。

「ヨーイチ、でいいわよね。私はノーラ。それで通っているから、ヨーイチもそう呼んでいいよ」

「はあ」

 洋一は、押しつぶされた右手をほぐしながら曖昧に言った。第一印象の通り、苦手なタイプのようだ。

 ノーラの外見は、典型的なフライマン共和国人だった。小麦色の肌に薄い茶色の髪の毛。すらっとした肢体は、島の女性に共通するものだ。もっともノーラの年齢はどうみても20代後半に見える。

 改めて眺めると、ノーラはドレスのようなものを纏っていた。ドレスのような、ということはドレスではない。ただ布を身体に巻き付けただけにも思えるのだが、それにしては形が整いすぎているので、そういう衣装なのだろう。鮮やかな原色が幾重にも折り重なるような複雑なデザインで、そのせいもあってどこからどこまでが一枚の布なのか判別し難い。

 下は素足にサンダルを履いている。そして、そのドレスは胸の辺りで終わっていて、豊かな胸の隆起がはっきり浮き出ていた。当然の事ながら、肩はむき出しである。

 印象的な顔だった。

 最初に感じた程の美貌ではないな、と洋一は思った。どちらかと言えば丸顔だし、目が大きくて鼻と口が小さい、言ってみれば少女漫画型の顔である。美人というよりは可愛いタイプだ。はしばみ色の瞳も、明るい感じで美貌に寄与しているとは言い難い。

 だが、身体全体から放射する自信のようなものが、ノーラを印象深くしている。とにかく見ただけで引きつけられる。引力すら感じるのだ。そのカリスマが、ノーラを美女にしている。

 ノーラはしばらく洋一を探るように眺めていたが、突然クスッと笑った。それだけで印象が一変する。可愛い顔になる。それでも最初の印象が強すぎて、洋一にとってみれば可愛いどころではなかったが。

 ノーラは不意に洋一から離れると、両手を腰に当てた。胸が張りぎみになり、盛り上がりが強調される。洋一の目が吸い寄せられる。とても抵抗できるものではなかった。

 だが、ノーラの目的はそういった関係ではなかったらしい。

「さあてと、ヨーイチ」

「はあ」

「君は、はっきり言って鈍いみたいだからこっちから言ってしまうけど、私は今何語で話している?」

「え……いや、何って……日本語?」

「君の語学力が突然飛躍的に上昇したのでない限り、そうなるよね。でも、どうしてかな?」

「どうしてって言われても」

 頭が働かなかった。洋一はぽかんとノーラを見つめるばかりである。

 ノーラはアマンダを振り向いて、肩をすくめてみせた。アマンダも同じ仕草で返す。どうも、この2人はひょっとして似ているだけではなくて、非常に気が合っているのではないか。何かやるにしても、お互いの立場や組織を通じてではなく、むしろ互いの意気とか感情を元にして動こうとするのではないだろうか。

 サラだけが心配そうに洋一を見つめていた。

「まったく、苦労させられるわねぇ」

「ま、そこがいいとこでもあるんだけどね」

 ノーラとアマンダが嘆き合った。だが口調とは裏腹に、2人とも笑っている。それも微笑みというよりは、ほえくそみとでも言いたいような人の悪い笑いである。

 ノーラは改めて洋一に向き直って、真面目な顔をした。ただしピクピク顔が引きつっている。

「もちろん、ヨーイチのためよ。ヨーイチ以外は、別に日本語で話す必要ないんだから」

「そ……そうですね」

 やっと何を言われているのか判ってきた。

「じゃあ、なぜヨーイチのためにそんなことをやっていると思う?」

「いや……なんででしょう」

 馬鹿みたいだった。

「仕方ないわねえ。ヨーイチに納得して貰いたいからに決まっているじゃない」

 ノーラがさらっと言う。アマンダも、たたみかけるように言った。

「ヨーイチが信用できることは判っている。私はもちろんだし、ノーラだってそうよ。ヨーイチに任せきってもいいと思っている。いいえ、もうヨーイチに頼るしかないの」

「だからヨーイチには全部話すことに決めたというわけ」

 そう言い切って、2人は口を閉じた。

 洋一は、ただぼんやりと2人を見つめるばかりである。何を言われているのか頭に入ってこないのだ。それでも何とか混乱した頭をまとめて答える。

「全部ですか」

「そう。だからこそ、私たちの間のいがみ合いも見せているわけよ」

 ノーラが堂々と言った。なんか、あまりにも芝居がかっていてかえって信用できないような気がする。

「……なんだかまだ納得できないんですが、いいことにします。それで、一体何がどうなっているのか全然判らないんですが、教えて貰えますか」

 洋一はしばらく考えてから、思い切って言った。このままではアマンダたちのペースから抜け出せないからである。いや、そういう風に誘導されている以上、やはり向こうの手のうちなのかもしれないが。

 予想に反して、アマンダもノーラも怒らなかった。真面目な顔つきで、目配せし合う。どうも、嫌なことをお互いに押しつけ合っているような雰囲気だった。

「わかったわよ」

 いきなりアマンダが言った。どうやらノーラの勝ちらしい。もちろんこのセリフは洋一にではなく、ノーラに向けたものだ。それでも日本語なのはさすがだった。洋一に隠し事はしない、というコンセプトはきっちり守るつもりなのだ。

「何から話す?やっぱり最初からがいい?」

「最新情報をお願いします。例えば、昨日まで集まっていたカハノク族の船団はどこに行ったのかとか、第3勢力の人たちはどうなったのか、とか」

「うーん、両方とも私の担当じゃないなあ」

 困ったふりをしながら、アマンダは流し目を送った。その方向には、当然ノーラがいる。

 ノーラは笑った。苦笑である。

「まあったくもお。あいかわらずうまいのねぇ。全然腕が鈍ってないね」

「いえいえ、鈍りっぱなし。ちょっと状況が味方してくれただけ」

「それがおじょーずだってのよ」

 またしてもオネエ言葉の応酬が始まってしまった。それにしても、あまりにも馴染みすぎていないだろうか?

 洋一の疑いはすぐに晴れた。アマンダが振り向いて言ったのである。

「ごめんごめんヨーイチ。ノーラと会うのは久しぶりだからさ。つい地が出てるの」

「ほんと、青春が蘇るよね。日本の大学生なら判るでしょ。私も若かりしころは、日本でアマンダと一緒に遊び回ったもんだからね」

「あら、私はノーラについて回っただけよ」

「信じちゃ駄目よ、ヨーイチ」

 完全において行かれている。

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