第166章
今日のパットは穏やかだった。いつもは何となく焦っているような感情が見えていたが、今はリラックスしきっている。メリッサとの確執も忘れたようだ。
だとすると、昨日までのあれは何だったのだろうか。妙に洋一に執着していて、排他的な動きをしていた。嫉妬という言葉では表現しきれないような感情があったみたいだが、洋一には見当もつかない。
女の子の心を理解しようというのは、男には所詮無理な相談なのだが、それでもごく一般的な常識から考えてもパットの行動は不可解である。
それに「わからない」で済まされない状況でもある。メリッサとの間を修復しなければならないのに、パットが予測不能の動きをしていてはそれどころではあるまい。
そこまで考えて、洋一は苦笑した。
メリッサとの仲を修復する、などという段階ではないのだ。そもそも仲と呼べるほどの関係にはなっていない。一方的に萎縮して逃げたのは洋一の方だ。メリッサには何の責任もないし、メリッサからみたら洋一の行動の方が不可解だろう。
パットを理解できても、それが解決につながるかどうか。むしろ、メリッサほどの磁力を持たないパットに接近するための手段でしかないのかもしれない。
自己嫌悪に近い感情を意識して、洋一は膝の上の少女を軽く抱きしめた。パットは安心しきって身体をあずけてくる。この、将来の美貌が約束された幼い少女を、メリッサの代用品として認識してしまっている自分が恥ずかしい。
パットがそれだけ魅力的な少女なのだ。
突然、洋一は身体を堅くした。恐る恐る船室の方を見る。船室のドアは閉ざされていて、誰かがこちらをうかがっているような様子はない。
うっかりしていたが、メリッサの方も結構独占欲が強いのだ。年齢が上なだけに普段は隠しているが、前にも洋一をめぐってパットと同レベルのとっくみあいを演じたこともあった。性格上、パットのようにあからさまな行動に出られないだけで、洋一とパットが露骨に触れあっているのを見たりすると気分を害しそうな気がする。
怒ったメリッサは美しい。
それはもう、不公平としか言いようがない。美しい女性はどんなことをしていようが綺麗だ。
洋一はメリッサが本気で怒ったことを見たことはないし、出来れば一生見ないで済ませたいと同時に、一度は見ておきたいという気もあった。
しかし、その怒りの対象が自分であっては何もならないのだ。
洋一はびくびくしながら甲板をうかがった。幸い、今のところ誰もいない。サラは上陸したらしいし、ミナとアンは寝ているはずだから、後はメリッサとシャナだけだ。
そういえばシャナはどうしたのだろう?
さっきパットといっしょに甲板に出たはずだが、いつの間にか別行動をとっているらしい。
とりあえず、今の状況はまずい。考えてみたら、今の洋一はロリコン男の理想像のような立場にいるが、それはつまり誤解されても仕方がないということでもある。何しろ、膝の上に幼い美少女を乗せて、その上両腕で少女を抱いているのだ。
洋一はあわてて手を放した。そして、すぐに手を戻してパットを支える。
パットはぐっすり眠り込んでいた。
気持ち良さそうに、身体を完全に洋一にあずけている。安心しきっているらしく、洋一がつついてもまったく反応を示さない。
ここまで安心されると、もうほとんど父親の気分である。パットが洋一を男としてみていないのと同時に、洋一の方もパットを娘にしか感じられない。20代はじめでこんなに大きな娘がいるという矛盾は、パットが可愛すぎることでうやむやになってしまっている。実際、洋一としても将来的にはパットのような娘が欲しいところだった。だが、それは今ではない。
洋一は慎重にパットを抱き上げた。ずっとしりと重い。こういう場合、抱かれている方がそれなりに体重配置とかに気をつけてくれないと、抱いている方は大変なのだ。おまけに起こしてはいけないと思う分、どうしても扱いが慎重になり、それは気力体力の消耗を早める。
まあ、とりあえずこうやって抱き上げている分は誤解されないだろう、と洋一は思った。寝込んでしまった少女をベッドに運ぶのは、邪な思惑がなくても当たり前のことである。
ただ、それを言葉にするとやはりものすごく誤解を招きそうではあるが。
何とかパットを抱えたまま船室のドアを開ける。メリッサへの言い訳を口の中に用意していたのだが、船室には誰もいなかった。メリッサも奥の部屋にいるのだろう。
今は顔を合わせたくない気分だった。パットを抱えていては尚更である。洋一はパットを慎重にソファに降ろした。
このクルーザーのソファは、船が大型だけあって結構豪華だ。幅も広く、洋一でも無理すれば寝られるくらいだからパットなら悠々安眠できるだろう。
パットは、ソファに寝かされても全然動じなかった。何かいい夢でも見ているのか、楽しそうな表情を浮かべている。すらっとした肢体が無防備で横に延びている。その姿には、ロリコンでなくても男なら突き上げてくるものがあった。
洋一は急いで視線を逸らせた。
自分でも自分が信用できない。このまま見つめていると、パットに何かしてしまいそうなのだ。
メリッサのことで悩んでいる最中にこれである。しょせん女なら誰でもいい男なのかもしれない。
いや、誰でもいいわけではないな、と洋一は自分で訂正した。パットやメリッサだからこそだ。日本ではとてもお目にかかれないような美少女たち。別に金髪だからというわけではない。容姿だけではなく、性格や印象にしても、洋一が初めて出会った理想の少女たちだからだ。
とにかく今は気を鎮めた方がいい。洋一はなるべくパットを見ないようにしながら船室を出た。
狭い船の中に洋一を含めて6人もいるのだから、隠れようとしてもいずれ誰かにぶつかるだろう。それに、サラが戻ってくるまでは動くわけにもいかない。
結局洋一はココ島が見える場所で軟禁されているようなものだ。洋一以外は美少女だらけで、間違いを起こしてくれと勧められている気すらしている。
彼女たちの保護者は何を考えているのだろうか? 得体の知れない日本人に可愛い娘を餌食にさせたいと思っているわけではあるまい。
洋一を信用しているのか?
いや、女に対しては奥手の方である洋一すら、何度も理性を失いかけているくらいだから、一般的にそんな危険な賭けにあえて打って出る親などいるはずはなかろう。
娘たちを信用しているのだろうか?
それはありそうだ。洋一がメリッサやミナに何かしようとしても、返り討ちにあうのは見えている。彼女たちは心配いらないだろう。
しかしパットたち年少組の3人なら、成人男子たる洋一には抵抗できない。思うだにおぞましいことだが、かりに洋一がその気になれば、パットたちを暴行するのは難しくないはずだ。
だとすると、結論はひとつだ。
このクルーザーにいるのが洋一たちだけというのは見せかけだ。何らかの方法で監視されていて、あまつさえ洋一がふちらな振る舞いに及ぼうとしたら、それを阻止できる程度の近くに保護者がいるに違いない。
洋一は考えながら舞台に登った。中央にある椅子に腰掛ける。何となく、ここが自分の場所のような気がする。それにこの椅子は割と座り心地が良く、しかもココ島と海を監視するには実に都合がいい。
あいかわらずココ島にも海にも変化はなかった。太陽もあまり動いていない。もともとこのへんではずっと昼で、その後いきなり夕方になるのだが。
今日もさわやかな日だった。こうしていると何もかも忘れてしまいそうだ。幸せとはこういう状態を言うのかもしれない。