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第165章

 美人は3日で飽きるというのは嘘だ。これだけ見慣れていても、まだ動作のひとつひとつが衝撃的だ。

「ありますけれど……それが何か」

「いや、人から綺麗だと言われ慣れているはずだろ」

「そんなこと、言われたことありません」

 メリッサはしごく真面目に言った。

 そうかもしれない。幼い頃ならいざしらず、これだけの美貌を前にして平然とそういう言葉を吐ける男がそうそういるとは思えない。いや、ニューヨークとかならいるだろうが、ここはフライマン共和国なのだ。しかもメリッサはほとんど屋敷から出てこないときている。ソクハキリやアマンダは口が腐っても言わないだろうし、パットは問題外だ。まして、ソクハキリの屋敷で働いている連中など、メリッサとまともに口をきくことすら難しいはずだ。

 洋一は、改めてメリッサを眺めた。

 いや、この場合は鑑賞するといった方がいい。思わず恋する男としての立場を失ってしまう。そのくらい、目の前にいる女性は現実離れしている。

 最初に出会ってから、洋一はメリッサのことを映画スターのようだと感じていた。ただ美貌の女性であるとか、その動きが洗練されて優雅の極致であるとかだけではなく、その存在感故である。

 ただそこにいるだけで注目を集めてしまうという、磁力に似たカリスマを発散していたからだ。そういう存在を普通の人間として考えるのは、洋一には無理だった。

 その後、メリッサは人間味を増した。弱点だらけの可愛い女だということを示した。そのことを隠さないことで洋一の心を捉えた。

 洋一の方も気後れがなくなり、メリッサが女神になってしまっても、落ち着いて見守ることが出来るまでになった。もっとも未だに正面から見ると圧力を感じるが。

 洋一は、そのままもっと親しみと共感を育てていけると思っていた。恋にそんなものは必要ないかもしれない。でもメリッサを洋一の位置まで引き下ろすのではなく、洋一が一歩ずつ近づいていけばいいと思っていた。

 今のメリッサは、そんな洋一の思い上がりを打ちのめした。

 人種というか、世界が違う。それが一番近い表現かもしれない。

「メリッサ」

「はい?」

 軽く首を傾げる。それだけで、全体の表情が変わる。

 アメリカでメリッサにアタックしたという男は、よほど勇気があったのだろう。あるいは途方もない自惚れの持ち主だったに違いない。こんなメリッサに近寄れるのなら、ライオンの檻にだって入っていける。

 洋一は言葉に詰まった。何も思いつかない。これは恋する女を目の前にした男の狼狽なんかではない。もっと根元的な、遺伝子レベルの躊躇だ。

 メリッサは、あいかわらず微笑みながら洋一を見ていた。何のてらいも打算もないように見える。人間としての欲望や影がないはずはないのに、それが見えない。美貌というものは、そこまで本質を曇らせるものなのだろうか?

 傾国の美女というのは、こういうものなのかもしれない。本人に自覚のないまま男を虜にしてしまうのだ。

 いつまでたっても何も言わない洋一に、メリッサが不振そうな目を向けてきた。

「ヨーイチさん?」

「ああ、何と言ったらいいのかわからないんだけどメリッサ」

「は?」

「ちょっと今、錯乱しているから落ち着いて話が出来そうにない。見張りしてくるから、メリッサはここにいてくれ」

 洋一は目を逸らせたまま立ち上がって船室を飛び出した。

 恋は盲目の段階は終わった。早急にあの磁力に対抗できる手段を見つけなければ、メリッサを正面から見ることも出来なくなってしまうだろう。

 甲板にはパットたちがいるはずだが、そんなことにはかまっていられない。洋一は舞台に駆け上がって御蓙に腰掛けた。なんだか、ここが一番落ち着けるようになってしまっている。

 たったそれだけのことで息があがっていた。いやこれは運動のための汗ではない。アドレナリンが分泌して、身体が興奮状態になっているのだ。

 女神との対面は、疲れる。

 そう思って、洋一はぞっとした。メリッサは、ついに普段着のままで神性を発揮はじめたのではないだろうか。

 何ということだ。洋一がやっと映画スターに慣れ始めたと思ったら、相手はもっと遠くに行こうとしている。

 やはり過ぎた相手なのだと確信した。何とか対抗できそうだと思ったこともあったが、やはりそんなに生やさしいものではなかった。

 メリッサが本当にラライスリなのかどうかは不明だ。しかし、本人が意識しようがしまいが、あの美女はすでに人間の域を越え始めている。いや、そう言ってはメリッサに気の毒だろう。人間であることには変わりはないのだ。普通の人間では対抗できないくらいの磁力を発揮しているだけの話だ。

 人間には「格」というものがあり、それは先天的のものも後天的のものもあるが、いずれにせよ格の違う相手とつき合うのはお互いにとって苦痛だということなのだ。

 洋一は、ぼんやりと昔読んだ小説を思い出していた。身分違いというのがそのテーマだった。童話を皮肉ったもので、王子様と貧しい娘ではどんなに愛し合っていたとしても、その後永遠に幸せに暮らしましたというわけにはいかないというのが結論だった。

 夢のない話だが、それが現実というものである。努力には限界があるのだ。

「ヨーイチ!」

 いきなり飛び込んできたのは、これまたメリッサとは別の意味で現実とは思えない存在だった。ここまで理想的な妹はいないのではないかと思える少女だ。

 パットは駆け上がってきた勢いのまま跳躍すると、器用に身体をひねって洋一の膝の上に尻から着地した。小さいとはいえ、それなりの体重がいきなり落ちてきて、洋一の腹と太股が悲鳴をあげる。

 かろうじて耐えた洋一に、パットは輝くような笑顔を見せた。短い金髪が輝く。

「パット。どこに行ってたんだ?」

 もちろん返事は期待していない。洋一もバットも、お互いに言語によるコミュニケーションは放棄している。

 パットはペラペラッとしゃべってから、気持ちよさそうに洋一に身体を預けた。洋一の胸と太股にパットの体重がかかる。

 パットの背中は思ったより骨張っていた。まだ体型的には少年に近い。胸はそれなりにあったが、身体は女らしいというところまで成長していないらしい。

 パットとならこんなに親密になれるのだが、と洋一はため息をついた。なまじ言葉が通じるために、メリッサとの間がぎくしゃくしてしまっている。まあ、それだけではないのだが。メリッサが洋一の膝の上に乗ってきたりしたら、洋一の理性などどこかに飛んでいってしまうだろう。

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