第164章
だが、送り出す者がサラだったかどうか。
偵察を出すにしても、その当事者がサラとは限らないだろう。むしろ、ミナになった可能性が高い。サラとメリッサは、島の娘とはいえ海や荒事に慣れているというわけでもない。洋一はココ島に行っても五里霧中だ。年少組の3人に至っては問題外である。それに対してミナは、実際に第3勢力の漁船団を指揮していたのだから、こういった仕事にはもっとも向いていると言える。
だとしたらサラが独断専行したのも致し方ないのかな、という気になる。それに、考えてみると、別にサラは何かするのに洋一たちに断る必要はないのだ。誰に命令を受ける言われもないし、そもそも洋一の指揮権どころかここにいる7人はチームというわけですらない。
そう自分に言い聞かせてみても、洋一にはやはり一抹の寂しさがあった。俺は信用されてない、という思いが沸き上がってくる。
「ヨーイチさん……」
メリッサが言いかけてやめた。
暗いムードを救ったのは、やはりシャナだった。
「あの、心配することないと思います」
シャナはもうすっかりいつもの神秘的な少女に戻っていた。マグカップを両手の平で抱えているのが妙にミスマッチだ。
「サラさん、ああ見えても結構色々やっているみたいですから」
不気味な沈黙の中、代表する形でアンが聞いた。
「いろいろって、何を?」
「ですから、島中にお友だちがたくさんいるんです。カハノク族の若い人たちの間ではボスみたいなもので」
「ボスって」
「私も噂しか知らないんですけれど、日本から帰ってきてすぐ、ハイスクールをシメたとか。それ以前にも、時々日本から帰ってきてカハノク族の若い人を集めてイベントのリーダーやったりしていて、中学の時には1年間こっちに転校してきて生徒会で活動して、上級生にも下級生にも人気があって……」
シメたって、番長かよ。
洋一はこっそり少女たちを見回した。ミナもメリッサも唖然としている。ミナも知らなかったらしい。メリッサはともかく第3勢力の情報を使えるミナすらごまかしていたことになる。
やはり、サラもただ者ではなかったのだ。洋一は、少しうんざりしながらソファーに座り込んだ。
もちろん、これまでもただ者だとは思っていなかった。いやしくもカハノク族のラライスリに模される少女なのだ。平凡な娘であるはずがない。少なくとも、メリッサやミナが自らの勢力で占めている立場と同じくらいの位置にいるはずだろう。
だがこれまで、サラは自分からは動かなかった。カハ族や第3勢力に翻弄されるままに流されていたように見えていた。これまでの彼女の行動からは、とても今シャナが明らかにしたようなサラの顔は浮かんでこない。
だが、あのラライスリは常に冷静で自らの分をわきまえ、このグループの中でただ一人常に……。
洋一は愕然とした。ひょっとしたら、サラがこのチェスの指し手なのか? いや、その手先の一人ということもあり得る。
あの頭の切れ方、ジョオとのチェスで見せた抜群のゲーム運び、そしてさりげなく洋一やラライスリたちを監視し操ることの出来る場所にいて、しかも目立たない。謎のチェスプレーヤーの条件にぴったりだ。
そして、そうではないと言い切るだけの知識を洋一は持っていない。
「とりあえず、サラさんの連絡を待ちましょう」
メリッサが言った。
「何も言わずに出発したのは、きっと何か訳があるんだと思います。私たちがあわてても仕方ありませんし」
「そうですね。ここは下手に動かずに、待つのが手かもしれません」
ミナも同調する。
2人とも、洋一の暗い想像には気づいていないのか、あるいは気づかないふりをしているのか。メリッサはともかく、ミナはその気配が濃厚だったが、洋一は頷いた。
ここで騒いでも、どうなるものでもないのだ。
「じゃあ、とりあえずサラの帰りを待つということで、みんな休んでくれ。まだ疲れているだろうし」
「はい」
ミナが代表する形で言った。
この少女たちの中で唯一、洋一とタメ口を聞いていたサラがいなくなってしまったので、何となく洋一が指揮者のようになってしまっている。気の重いことだった。
メリッサのように、ひたすら素直で純情な上に思いこみが激しいというのも扱いに困るが、未だに腹の中では何を考えているのかわからないミナや、そろって頭が良くて行動的な3人の小さな少女の世話まで洋一の責任になってしまった気がする。いや気がするというよりも、この状況ではそれは逃れようのない事実なのだ。
サラがいなくなった事が、これほどまでに洋一に責任負担を強いるとは。年長組の美少女3人の中では一番目立たないサラだったが、いなくなってみて初めてその存在感が判った。
洋一が頭を抱えている間に、何となくみんなは解散してしまった。ミナとアンは連れだって船室の奧に消えた。多分、寝不足を解消するのだろう。そういう行動がこの主従の太っ腹なところである。いや、むしろ全部洋一におっかぶせて、本人達は責任から逃げたような気もする。
シャナとパットも、2人でしばらく話した後甲板に出たらしい。パットの興味が、一時的に洋一から離れたようなのだ。あいかわらずくっついては来るものの、これまでのような狂信的なメリッサ排除の気配はない。
結果として、船室にはメリッサと洋一だけが残った。
メリッサは、当然のようにみんなの食い荒らした食器を片づけ、厨房の後始末をして、どうやら昼食の仕込みもしているようだ。いつの間にかラライスリの衣装から、簡素な白いワンピースに着替えていた。ラライスリになる前に着ていた服ではない。とりあえず見つけた誰かの服らしく、あまり身体に合ってなかったが、それがまた倒錯的な魅力を発散している。
洋一はソファーに沈んだまま、そういうメリッサの動きを目で追っていた。ひいき目かもしれないが、食事の片づけなどという即物的な作業をしていてもメリッサの動きはダンサーのようだ。せかせか動いているわけでもないのに、みるみるうちに辺りが綺麗になってゆく。ぼんやり見ていると、メリッサが何らかの舞を演じているような気分になってきて、だからメリッサがこちらを覗き込んできた時は衝撃だった。
「ヨーイチさん、コーヒーのおかわり、いりますか?」
「え、ああ、欲しい」
「はい」
既に用意してあったらしい。すぐに湯気の立つマグカップが運ばれてきた。
メリッサは、自分のカップを持って洋一の差し向かいに座った。作業は一段落ついたのだろう。
「ヨーイチさんって、綺麗な顔してますね」
いきなりメリッサが言った。
「なんだよそれ」
「正直な感想なんですが」
冗談にしか聞こえない。
それに、普通に受け取ったらこれは恋愛感情の発露と言えるかもしれないが、今の洋一とメリッサの間柄で言う言葉でもない。深読みすれば、あんたには興味がないよと宣言しているようにも受け取れる。
仮にそういうことを抜きにして考えても、言ったのがメリッサでは真実味がまるでない。この場どころか、半径千キロ以内でメリッサ自身より綺麗なものなどおそらく存在しないからだ。
「メリッサの美意識って、ちょっとおかしいんじゃないのか」
「どうしてですか?」
「鏡見たことは?」
メリッサは首を傾げた。そういう仕草も決まっている。