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第162章

 ショックだった。この美女がまだ未成年? というよりは高校生?

 いや、自分より年下だと、情報としては聞いてはいた。しかし少なくとも20歳にはなっていると思っていたのだ。

 落ち着いた態度も大人びたムードも、洋一などおよぶところではない。イメージで言えば、20代半ばでもおかしくない。

 大体、アマンダからメリッサのことを聞いたときに、アメリカに留学したという経歴から、当然大学に行ったものだと思いこんでいた。しかも、それから1年以上は過ぎているはずだから、洋一と同い年と決めつけていたような気がする。

「メリッサの留学先って、ハイスクールだった?」

「大学です。Stanfordってご存じですか?」

 すごい。

 飛び級した上に、ストレートでスタンフォード大学に受かったのか。

「知っているけど……16歳で入学したってことは、2年も飛び級した?」

「飛び級というより、学校には行ってませんでした。小学校までは通っていたんですが、兄の話では何でも校長先生が出来れば登校しないで欲しい、と言ってきたそうです。どういうことなんでしょうね」

 いや、校長の気持ちはよくわかる。メリッサが学校に通ったら、おそらく大半の生徒は成績ががた落ちだろう。

「フライマン共和国では、小さい島には小学校すらないこともあるので、通信教育が珍しくないんです。それで私も自宅で勉強していたんですが、どうせならということで大学入学資格をとって、海外の大学に行くことにしたんです。ココ島には高校までしかありませんから、どちらにしても大学は国外に行くんです。アマンダは日本に行きましたけど、ヨーロッパやアメリカが多いです。TOEICなどの資格試験で成績証明書をとって、授業料が払えることが証明できれば、留学生は大抵受け入れてくれますし」

 そういうものでもなかろう。

 大体、ココ島の標準語は英語ではない。日本領事館のメイドたちは洋一の英語に反応してくれなかったし、パットの英語もひどいもので、フライマン共和国における英語教育がそれほど重視されていないことがわかる。

 それが、16歳でスタンフォードに入学を許可されたということは、メリッサはその年齢で大学の講義受講資格があると認められたということになる。もちろん英語で。

 それはいい。英語はとりあえず国際語だし、小さい頃から特訓をしていれば出来ないことではない。

 だが、メリッサの謎はそれだけではない。

 アマンダがネイティヴな日本語を話すのには驚いたが、日本に留学していたからだという理屈でとりあえずは納得できた。だがメリッサの場合はそれがない。いつどうやって、これだけ完璧な日本語を学んだというのか?

 洋一は、なにやらぞっとした気分で聞くのをやめた。メリッサに聞けば多分あっさり教えてくれるだろうが、洋一の常識を凌駕した回答である可能性が高い。世の中には、知らない方が幸せな事実もあるのだ。

 これ以上、自分と惚れた女の差を思い知らされたくないのは人情である。

 外見だけでも完璧なのに、総てに優れている人間というのはいるものだ、と洋一はため息をついた。

 フライマン共和国の若者たちにとって、ソクハキリの妹たち、特にメリッサは文字通り高嶺の花だったに違いない。社会的な身分の差に加えて、これだけ圧倒的な条件があるのなら、まず大抵の男は後込みしてしまうだろう。せいぜいが、遠くから取り巻いて喝采を送るのが関の山だ。

 だからこそ、パットがあれだけ洋一になついたのだろうし、メリッサも風来坊の洋一にうち解けてくれている。おそらく、対等な条件で話せる同世代の者が今までいなかったのではないか。

 アマンダの場合は、一応日本で「目立ってはいるが普通の女性」としての生活を経験しているから、他人に対して常識的な対応が出来るのかもしれない。一番年長でもあるし、自覚もあって、それだけ大人だという条件もある。

 だがメリッサは大人っぽく見えてもまだ少女なのだ。17歳という実年齢以上に、純真無垢な子供だと思って間違いない。判断力や実行力、責任感などを見る限り、洋一よりはるかに大人びているのだが。

「ヨーイチさん?」

「うーん、まあ何となく判った。メリッサも大変だけど、がんばろう」

「はい!」

 洋一が意味不明な独り言を言うと、メリッサは全然気にせずに元気よく答えた。どうもハイになっているらしい。

 とにかく、元気が出たのはいいことだ、と洋一は自分をなぐさめた。メリッサが落ち込んだままだと、これからが大変なような気がする。今の状態なら、うまくやれるだろう。

 うまくやる?

 これから何をどうするのかは判らないが、まだうまくやれる余地があるのか。そもそも、何をもってうまくやると言えるというのだろう?

 いずれにせよ、メリッサばかりにかかわりあっているわけにはいかない。どういうわけか、このクルーザーに乗っている6人の少女たちの安全が洋一の責任になってしまっているのだ。6人ともが洋一なんかいなくても自分の世話くらい自分で出来るくらいしっかりしていることは別にして、名目上はそうなのである。日本の基準では、洋一以外の全員が未成年なのだ。

 洋一は、最後にもう一度水平線を見渡した。あいかわらず何の動きもない。世界が洋一たちのことを忘れてしまったかのようだ。これがただの休暇か何かだったら、美少女6人に囲まれた天国なのだが。

 ため息をついて舞台を降りる。メリッサは神妙に従った。

 船室に戻ると、誰もいなかった。コーヒーの用意は出来ているが、シャナの姿もない。 パットも行方不明だ。洋一をメリッサといっしょにしておいて、あの可愛いラライスリはどこに行ったのだろう? まあ、船外に出ていないとしたら、いる場所は決まっているが。

 何となくメリッサと2人きりになるのは気まずいような気がするが、さりとてメリッサを残して引きこもるわけにもいかない。

 途方にくれる洋一を後目に、メリッサは本来の自分を取り戻したように動き始めた。

 キッチンを見つけ、てきぱきとチェックする。そして、そのまま洗練された動きで料理を始めた。

 ラライスリの衣装は邪魔になるのか、裾や袖をたくし上げているが、それは女神がおさんどんを始めたかのような異様な光景だった。

 そもそもメリッサが料理をすること自体に違和感がある。どうみても、料理などといった生活活動より召使いに仕えられている方が似合いの、生活感の希薄なキャラクターなのだ。ロマンス小説で、高貴な生まれのヒロインがスーパーマーケットに夕食の材料を買いに行ったりしないのと同じである。

 しかし現実のメリッサは並ぶ者なき料理人であり、多分掃除や洗濯といった家庭的な作業も得意なのだろう。これほど外見と性格が食い違っている例も珍しいが、それはメリッサの責任ではない。

 洋一は、とりあえずソファーに座ってキッチンで働くメリッサを眺めていた。流れるような動きが美しい。自分の一番得意で、しかも好きな仕事をしているという喜びが感じられる。しかしながらそれは、やはりあばら屋に孔雀が居座ったようなミチマッチな光景だった。

 メリッサの方は全然気にしていない。そもそも自分がどう思われているかなど考えてみたこともないのだろう。アメリカでの出来事も、その認識を変えるには至っていないのは、その後のメリッサの行動が示している。メリッサにとっては、人が自分をめぐっておかしな行動をとることは判っても、その原因が自分にあるとは考えられないのだ。もっとも原因が判っても、それが自分の美貌である以上、改善しようがないのだが。

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