第161章
だがそんな洋一の思惑とは関係なく、メリッサは続けた。
「アマンダの言った事は、嘘なんです。というより、一部省略してかなり話を膨らませているというか……だから、ヨーイチさんも気を使わないで下さい」
「え? じゃあ、迫られて部屋に閉じこもったというのが嘘?」
「あの……そこのところは本当です」
「だったら間違っていないと思うけど」
「だから!」
メリッサは急に強く言った。顔は真っ赤である。余程触りたくない話題らしい。
それでも結局はメリッサの勇気が勝った。思いこみが激しいということは、自分に正直なことでもあるのだ。しかもメリッサから見れば、このままだと洋一に誤解されたままになってしまうことになる。
メリッサは白い頬を染めながら、それでも小さい声で話した。
「あの……ヨーイチさんには話しますけど、他の人には言わないで下さい」
「もちろん」
軽すぎる返事の洋一に一瞬不安を覚えたのかメリッサは言葉を切った。だが、ここまできたらもう引き返せない。
洋一の方は、好奇心満々だった。それに、秘密にしていた事をメリッサが話してくれるという事実に有頂天になってもいる。それはつまり、メリッサが洋一を信頼してくれたことになるからだ。
「実は……迫られたのは私の部屋の中なんです。油断していて、それまで全然そんなそぶりを見せなかった人だから……いきなり抱きしめられてキスされそうになって」
判る、と洋一は思った。
こんな美女の部屋にまで通されて、行動に出なかったらそっちの方がおかしい。多分、メリッサの方ではまったくその気はなかったのだろうが、男にしてみればGOサインとしか思えなかったに違いない。
「それで……私、夢中で振りほどいて、それからよく覚えてないんですけれど、殴ったり蹴ったりしたみたいで……気がついたら、その人のびてました」
「あ、そう」
メリッサが強いのは、洋一も何度か目撃している。ましてや無抵抗の相手を手加減なしで叩きのめしたのだ。被害は相当なものだっただろう。
「それで……その人気絶したままでなかなか起きないし、どうもあちこち打ち身や骨折みたいな状態だったので、とりあえずタクシーを呼んで病院に送ったんですけれど……その後変な噂が広まってしまって」
「変な噂?」
「私も……面と向かって聞いたわけではないんですが、なんでも私がマフィアの大物の娘だとか、南米の麻薬王の愛人だとか、凶暴なボディガードがいつも影から守っているとか、そういうものらしいです。その噂のせいで、外出できなくなってしまって」
「みんなに避けられたんだ」
洋一は同情した。
その男は、面子にかけてもメリッサに乱暴されて病院送りになったことなど言えなかったに違いない。メリッサに手を出そうとするのは、むしろ勲章だ。その結果凶悪なボディガードに叩きのめされたというのも、男としての立場を危うくするものではない。しかも、その後にメリッサに近寄らない理由にもなる。これが女にやられたとなったら、もう二度と表を歩けなくなってしまうだろう。
つまり、メリッサは誰からも避けられるようになってしまったのだ。閉じこもりになるのも当然だ。
だがメリッサは、憂い顔をさらに暗くして言った。
「いえ……そうじゃなくて、妙な誤解をする人が増えてしまって。君を自由にしてやるとか、俺はどんな困難にも挫けない、なんて言う男の人たちが押し掛けてくるし、女の人たちもFBIやCIAに相談しよう、なんて真剣に言ってくるんです。だから私は仕方なくアパートに閉じこもって、アマンダに電話したんです」
そうか。そうだったのか。
洋一は脱力した。
メリッサほどの美女だと、普通の人のような経緯は辿らないのだ。
それに、メリッサは洋一も散々思い知っているように、ただ美女というだけではなく、強烈に人を引きつける魅力がある。どちらかというと暗い印象も、誰かに囚われているなどという噂と一緒になると、人の義侠心を呼び起こす要素になるのだろう。
すると、最初に出会った時のあの態度は人間不信のあげくの自閉症ではなく、洋一を警戒すると同時に巻き込むことを心配してのことだったのか。
洋一は深呼吸して言った。
「メリッサ」
「はい?」
心持ち首をかしげて無邪気に聞いてくる。あいかわらず真正面から見ると、ほとんど物理的な衝撃を感じるほどの美貌だ。パットも可愛いが、少なくとも現時点では圧倒的にメリッサの方がインパクトがある。
洋一は、ぶつかってくる圧力に押されて後退しそうになる自分の身体を必死で支えた。
「あー、今のことは誰にも言わないから安心してくれ」
「ありがとうございます」
「それから、メリッサは悪くないよ。そもそも誰が悪いということはないと思う。それに、俺はメリッサを特別扱いした覚えはないし、アマンダさんが言ったことを気にしたこともない。メリッサは正しい」
「はいっ」
メリッサが元気よく答えた。素直に微笑み、それどころか声を上げて笑っている。
よほど嬉しいのか。洋一ごときに言われてそれほどまでに喜ぶこともない気がするが。
だがすぐにメリッサ自身が謎を解いてくれた。
「うれしいです。そんな風に言ってくれた人って、初めてなんです」
「初めてなのか?」
「はい。みんな、何も言ってくれないんです。兄さんも姉さんも、苦笑いするばっかりで。それは、今更むしかえすまでもない話なのは判りますけど。
ちゃんと言ってくれれば笑い話ですむのに、変に隠すものだから、島に戻ってからも何となく敬遠されるようになってしまったみたいで。それで私も意地もあって閉じこもったりして。
だから、ヨーイチさんと最初に会った時にも失礼な態度をとってしまいました。本当にごめんなさい」
メリッサは人が違ったように明るく話し続けた。話し方もなぜか幼くなっている。輝くような美貌も、明るくて見違えるようだ。
パットに似てきている。これがメリッサの本当の表情なのだろうか? 女性に対して失礼かもしれないが、この際聞いてみる。
「メリッサ、今いくつなんだ?」
「私ですか? 17歳です。あと3ケ月で18になるんです」
メリッサは、あっさり答えた。