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第15章

「ヨーイチ!」

 いきなり、元気な声が響いた。と同時に何かが頭の上に降ってくる。

「わっ!」

 洋一は、尻餅をつきながらやっとのことでパットの身体を受け止めた。

 あいかわらず水着に毛が生えたようなホットパンツとランニングシャツ姿のパットは、飛び降りた姿勢のまま洋一の首に抱きついて離れようとしない。

「ヨーイチ、パーティー、ヨルゴハン!」

 パットの言葉はあいかわらず日英ココ島語ゴチャマゼだったが、言わんとすることはよくわかった。

 洋一は、慎重に立ち上がると、ゆっくりとパットを降ろした。どうも腰が安定しないのは、いくら軽いとはいえ、2メートル以上の落差のある隣の船から飛び降りてきたパットの体重をモロに受け止めたからだ。

 パットはそれでも洋一の首に手を回したまま離れようとしなかったが、降ろされると洋一の腕にしがみつく。

 パットの胸が脇腹に押しつけられる感触に洋一は赤面したが、ちょうど夕陽が沈む寸前の輝きがあたりを照らしていたので、誰にも気づかれなかった。

 もっとも、パットはそんなことは全然気にもしない。というより、最初から関心の埒外にある。

 洋一の腕をひっぱって、船の後部の縄ばしごまでつれていった。上れということらしい。

 洋一がそろそろとはい上がると、そこはパーティー会場だった。

 あまり大きな船ではないらしく、甲板は結構狭かったが、それでもバイキング料理の皿がずらっと並び、甲板はあちこちで話し込んだり笑ったりしている人でいっぱいである。

 どうやら、カハ祭り船団に参加している人たちがみんな集まっているようだ。

「やっとお目覚めね」

 ロープにもたれてビールらしいジョッキを片手にしたアマンダが、皮肉っぽく笑っていた。

「さっき呼びにいったんだけど、よく寝てたから先に始めちゃったわよ」

「はあ。すみません」

「お腹すいてるでしょ。どんどんやってちょうだい」

「ヨーイチ、コッチ!」

 パットがいつの間にか、パイキングの皿の前で手を振っていた。

 それじゃ、と洋一はアマンダに頷いて皿をとった。実際、腹はすでに音を立て始めている。

 サラダと焼き肉を山盛りにして、ビールを大ジョッキに溢れるほど入れる。パットが跳んでいって、数少ないテーブルに場所を確保した。

 追い出された連中もパットにはかなわないらしく、洋一があやまるように頭を下げると苦笑しながら洋一の背中を叩く。パットは、どうやらソクハキリの妹という以外にカハ族のマスコットとして知れ渡っているらしい。

 洋一は、ナイフとフォークを握ると猛烈に食べ始めた。

 洋一が肉にかぶりつくのを、パットはストローでジュースを飲みながらニコニコ見つめていた。

 食事はうまかった。

 空腹を差し引いても、肉はほどよく熱が通り、サラダのドレッシングは食材に見事に調和している。パンもサクサクして、洋一の好みに合っていた。

 とりあえず皿に盛った分を平らげる。腹8分目くらいだったが、ビールを一気に流し込むと満腹という気持ちになった。とりあえず、明日の朝までは持ちそうだ。

 しかしなんか、うまいことも確かなんだが、それ以上になつかしいような味だな、と洋一は腹をさすりながら思った。

 いや、なつかしいというよりは、ごく最近同じような味付けで食事をしたことがあるような気がする。

 突然、パットが何か叫んだ。

 同時に、回り中の男達が立ち上がっていた。口笛を鳴らしている者もいる。みんな大声で叫び、拍手していた。

 どうやら、バイキングの皿が並んでいるあたりに誰かが現れたらしい。

 アイドル歌手や人気タレントのファンクラブなみの熱狂ぶりだな、と洋一もつられて立ち上がりながら思った。

 ライトが向けられ、数人に囲まれた人影が浮かび上がる。

 洋一はぽかんとその人物を見つめた。

 まぶしそうに片手で目をかばいながら、恥ずかしそうにしているのは、今朝ソクハキリの屋敷で朝食を作ってくれたメリッサだった。

 髪をポニーテールにまとめ、地味な胸までのエプロンにジーパンという格好だが、そのスタイルの良さは隠しようがない。

 髪に隠れなくなった分、その顔立ちの端麗さが目立ち、まるで普段着で台所に立っている映画スターのように見える。

 回りの男達の興奮ぶりからすると、カハ族の男達の間では、パットがマスコットだとすればメリッサはアイドルなのではなかろうか。

 メリッサの後ろには、数人の女性が控えていて、さりげなく男達からガードしていた。

 その女性たちも、メリッサと同じような格好をしているのだが、なぜか王女とお付きの侍女たちのようにしか見えない。

 やがて、メリッサは前後左右を侍女にガードされながら、座っていた連中が叩き出されて空けられた中央の席についた。

 左右の席に女性が座り、さらにそびえるようなたくましい男たちが、メリッサを守るように両側に立つ。もはや王女様と侍女を守る護衛の近衛兵である。

 メリッサが落ち着くのを待っていたかのように、だんだんと私語が少なくなってゆく。

 どうやら、これから何かが始まるらしい。

 待つまでもなく、ライトがいっせいに消され、あたりは暗闇になった。

 途端にパットが隣の椅子に移ってきて、洋一の腕を抱え込んでぴったりと身を寄せてくる。

 なんでまた、こんなになつかれたのかわからないが、さすがに慣れてきた洋一はあまり気にすることなく、メリッサがいるあたりを伺っていた。

 暗闇にだんだん目が慣れてくると、頭上の星が綺麗に見えてくる。南半球の星座は日本で見るものとは大分違っているはずだか、そもそも日本で星が見えるようなところに住んだことがない洋一には見当がつかない。

 しかも、ココ島沖の澄んだ大気の下で見る星空は、星座などわからないくらい無数の光点で埋め尽くされていて、天の川など白く浮き上がって見えるようだ。

 と、真っ暗だった甲板に、ポッと灯がともった。灯というよりは青白い炎のようで、冷たい光を投げかけてくる。

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