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第158章

「おかしい」

 不意に、そばで声がした。横を見るとサラが立っている。いつの間に甲板に上がってきたのか、全然気づかなかった。

「サラか。脅かすなよ」

「ヨーイチは変だと思わない? この状態を見て」

「変って、そりゃ昨日あれだけいた船団がどこに消えたのか不思議には思うけど」

「そうじゃなくて、今の海の状態」

 よくわからない。きわめて尋常な朝に思える。

 サラは、ココ島の方を見ながら言った。

「ヨーイチ、ココ島は無人島じゃない。もう、島中で活動が始まっているはず。なのに、漁船が全然いない」

「……いつもはいるのか?」

「ヨーイチが知らないってこと忘れていた。フライマン共和国は漁業が産業の柱のひとつなんだ。遠洋漁業の船団も出入りするし、近海ものは自給自足体制どころか輸出もしているくらい」

「そうなのか」

「だから、この時間に海に船がいないなんてあり得ない。あるとしたら、何かよほどのことが起こったのか、ひょっとしたら……」

 サラは言葉を切った。瞳が大きく見開かれている。

「何か思いついたのか?」

「いや、まだ判らないけど。でもそんなことあり得ない。もしそうだとしたら、私たちって何だったの」

 最後の方は独り言だった。よほどショックな思いつきらしい。

 洋一の方は、どちらかというと落ち着いていた。現状維持が出来そうな今、その理由などはあまり気にならない。

 そういう風に思うこと自体、洋一が変わったことの証明である。変になったのは洋一が一番なのかもしれなかった。

 サラは口唇をかみしめて何か考えているように眉をしかめていた。額に皺がよっているのが可愛い。

「で、サラ、どうする?」

「え? あ、そうだね……」

「このまま待機しているのがいいと思うんだが」

「え、ええ。そう、そうするしかないと……私も、そう思う」

 サラの口調が急に変化した。

 サラが洋一を見つめていた。明らかに今までとは様子が違う。表情が柔らかくなって、身体から力が抜けている。それに洋一を見るまなざしが変化している。

 出会ってから初めて、サラは洋一に敬意を示していたのだ。

「ヨーイチ、私もそう思う。多分、そういうことじゃないかと」

「いや、俺はよくわからないんだけど、何となく何はまだ自分から動かない方がいいような気がするんだ。サラも賛成してくれるんなら気が楽になるよ」

「ううん。ヨーイチの判断は正しいと思う。やっと判ってきた」

 サラは180度態度を変えてしまっていた。まるで初めて洋一に気がついたというか、いやむしろ子供だと思っていた相手が自分と対等以上だということに驚いたような態度である。ただ驚いているだけではなく、少し引いているようだ。要するに洋一を認めたのだ。自分と対等かそれ以上の存在であると。

「それじゃ、私はもう少し休むから」

 サラはさっさと船室に向かった。そのへんの性格は変わっていない。

 サラが船室のドアに消えるのを洋一は見送った。どうも寝に行ったというよりは、洋一から離れたいように見えるのだが、洋一は黙っていた。そういう時もあるものだ。

 再び一人になって、洋一はタカルルの御座に身体を休めた。海を眺める。

 言われてみれば、島はなんとなく活気がないように思える。普通、こういう島だといつでも船の10隻や20隻は出ているものだ。ココ島は近くに見えて結構遠いのでよくわからないが、島にも動く物がないように見える。もっともココ島には、もともと陸上で動く機械のたぐいは日本とは比べものにならないくらい少ないのだが。

 日本領事館のあるフライマンタウンや、初めてメリッサやパットに会ったアグアココなどはどのへんにあるのか。聞きかじった情報だと、おそらくは今の位置からみてココ島の反対側なのだろうが、どっちにしても洋一には未知の土地だ。

 日本領事館の猪野2等書記官は、まだカハ族とカハノク族の間で暗躍しているのだろうか。多分、何かやっているのだろうが、洋一には知るよしもない。

 それにしても凄いバイトもあったものだ。確かに誘われた時の条件には違反していない。してはいないが、まさか戦争に巻き込まれるなど思うはずもない。こうなると知っていたら、臨時職員なんかには……いや、やはりやっていたか。

 洋一は、リラックスして椅子にもたれかかった。

 メリッサやパットと知り合えた。ミナにも出会った。サラとは、日本人の風来坊と領事館の職員という関係よりは、もっと心がふれあえる関係になれた。シャナやアンは言わずもがなだ。そして、ソクハキリやアマンダや、その他の色々な人たちと知り合って、大変な思いはしても不幸になったり嫌な気持ちになるようなことはまったくなかった。みんないい人たちばかりだった。いや、それはまだ判らないのだが。

 いずれにせよ、誰が望んでもおいそれと出来るはずもない経験をさせて貰っている。しかもロハだ。最終的には代償を求められるかもしれないが、洋一はそれがどんなものでも支払うつもりだった。

 そう、いずれは別れの時がくる。この夢のような冒険の日々は終わり、輝きの記憶だけを残して……。

「ヨーイチ!」

 いつものように、パットが絶妙のタイミングで現れて洋一のマイナス思考を粉砕してくれた。元気いっぱいのちいさな美少女は、甲板を一直線に駆け抜けて、舞台に飛び上がると洋一に飛びついてくる。

「パット、起きたか」

 パットは、洋一の胸にすがったまま不満そうにペラペラッと口走る。洋一がその輝く短い金髪をなでてやると、それだけで満足したらしい。器用に洋一の膝の上で身体を入れ替えて、そこに腰掛けてしまった。それから可愛いあくびをする。まだ寝足りないらしい。

 熱い身体が膝の上に乗ると、洋一は当然の事ながら落ち着かなくなった。態度は無邪気でも、身体つきは幼いとはいえ要所要所が結構発達しているのだ。洋一がロリコンでない分、刺激に対しては反応するのは当然である。

 パットの方は、あいかわらず全然気にしていない。いつもなら居心地よく眠るところだが、さすがにそれはまずいと思っているのか、大人しく洋一の膝の上で水平線を眺めていた。それでも寝足りないのか、可愛い欠伸を頻発している。

 洋一は数分耐えてから、慎重にパットを抱えて立ち上がった。これでも限界までは頑張ったつもりである。実は、頭の中のメリッサの面影が、膝の上の重さにだんだん押され始めたのだ。やはり、現実に接触している方が強い。

 パットは不満そうな様子もみせず、洋一の腕から飛び降りた。そもそもじっとしているというような態度はこの小さなラライスリには似合わない。駆け回っていてこそパットだ。

 といっても、洋一のそばにいるときのパットの行動は決まっている。さすがにしがみつきはしないが、洋一につかず離れず動き回っている。

 あの異常な洋一への執着は、やはりメリッサへの対抗心だけらしい。メリッサが視界にいなければ、ごく普通の元気な少女に戻るのだ。

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