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第154章

 その時ドアが開いてミナが現れた。

 ミナは青ざめていた。激しく動揺しているのが遠目にも判る。ミナは洋一を見つけると、努めてゆっくりと歩いてきた。しかし、途中で早足になる。

「どうしたんだ」

「あの……誰も、いないんです」

 ミナはやっとのことで言った。

 出会って初めてといっていいくらい、ミナは本心から動転していた。

 これまでにもミナは実にさまざまな性格を洋一に見せつけてきた。多重人格にしか思えないくらいかけ離れた印象を洋一に与えてきたミナだったが、どのミナも言動の底には冷静な状況判断としたたかな計算が見えていたのである。

 それが今はない。

「誰もいない?」

「はい。信じられないけれど、本当にだれもいないの。マリーセレスト号事件みたい……」

「ちょっと待っててくれ」

 洋一は船室に飛び込んだ。もちろん、パットがくっついてくる。ちょっと迷ったが、かえって好都合かもしれない。洋一はそのまま進んだ。

 あの広い船室はがらんとしていた。人いきれだけはまだ感じられたが、それも少しずつ弱まっているようだった。少なくとも数十分前までは、ここにたくさんの人がいたことは間違いない。そして一気に去った。そんな印象だった。

 整然とした撤退だったようだ。室内はちらかってはいたが乱れてはいない。多人数が熱心に活動中、号令がかかってとりあえずその場を離れた。そんな状況だったのだろう。その証拠に、部屋のあちこちに食いかけのファーストフードやら液体が入ったマグカップやらが残っている。そして、ひとつとしてこぼれたり散らかったりしているものはないのだ。

 誰か、第3勢力いやこのクルーザーの乗組員を意のままに動かせる者の命令があったのだ。多分それは作戦の中断もしくは変更によるものだろう。作戦通りの展開というには室内の状況に無理がありすぎる。

 その突発事項がメリッサのラライスリ化であることは確実だ。やはり、あのラライスリ出現は予定外の出来事だったのだろう。

 あれだけの舞台装置と状況を整えて、一体何が目的だったのだろう?ラライスリ出現は、作戦成功ではなかったのか?

 それとも、まさか本物が現れるとは予想していなかったとか?

 それはあり得る話だが、判ったところでいずれにせよ事態の打開には役に立たない。はっきりしているのは、洋一とラライスリたちがこのクルーザーに取り残されてしまったということだ。

 よくよく取り残される運命にあるらしい、と洋一は苦笑した。誰かの都合でいきなり放り出されてばかりいるような気がする。しかし今回はラライスリたちが一緒だ。その分心強いが、彼女たちを守る責任が生じたということでもある。

 洋一は甲板に戻った。

「とりあえずメリッサを休ませよう。船室に寝棚くらいはあるだろう」

「船長室にベッドがあるわ」

 ミナが言った。なかなか帰ってこなかったのは、クルーザーのあちこちを見て回っていたかららしい。

「船長はいなかったんだな?」

 ミナは頷いた。愚問だった。

「なら、そこを使わせて貰う。みんな疲れている。休まないと」

「でも、みんなが船室に入ったら、見張りはどうするの」

 サラが言った。あいもかわらず冷静に事態を見極めている。ミナが前線指揮官タイプなら、サラは参謀タイプといえる。

 洋一は即答した。

「見張りなんか置いても意味がない。どちみち、何かあったらどうしようもないんだ。こうなったら開き直ってやるさ」

 サラは何も言わなかった。ということは、賛成かあるいは少なくとも洋一の判断には従うということなのだろう。

 洋一はメリッサに話しかけてみたが、美しいラライスリは力無く洋一を見上げるばかりだった。

 ミナもサラも、何を思ったか先に船室に向かってしまったため、洋一は仕方なくメリッサに肩を貸して立ち上がらせた。それでもメリッサはぐったりしている。自分が何をしているのかも判っていないらしい。

 洋一はメリッサを抱き上げた。パットが抗議するかと思ったが、いつの間にか姿を消していた。気をきかせたとも思えない。何か、あの小さなラライスリの興味をひくものが見つかったのだろう。

 シャナとアンもいなくなっていた。明々と照らされた舞台とその照り返しで陰影をおびた甲板には、洋一とメリッサを以外には動く者もいない。不気味ではなかったが、何となく気が滅入る風景である。

 この外側、暗闇の向こうはどうなっているのだろうか。ひょっとしたら、洋一たちを残して第3勢力もカハノク船団も何もかも、どこかに撤退してしまったのかもしれない。

 もしそうなら、それはそれで好都合とも言える。フライマン共和国の内乱を防ぐより、今洋一の腕の中で震えている美少女を助けること。それが今、洋一が最優先でやるべきことだ。

「ヨーイチさん、こっちです」

 シャナがドアを開けて呼んだ。洋一はメリッサを抱いたまま、シャナの後に続いた。

 船長室らしい少し広い部屋は後部にあった。広いといっても船の他の部屋に比べての話で、洋一など頭を下げないとまともに歩けないくらい天井が低い。シングルベッドがあったが、それ以外の部分は2人入るといっぱいになってしまうくらい狭かった。それでも大型クルーザーとはいえ、スピードボートの中にベッドがあるというのは贅沢と言える。

 洋一は出来るだけやさしく、メリッサをベッドに降ろした。シャナがメリッサに薄い毛布をかける。このまま寝かせてやろうとして、洋一は動けないことに気がついた。いつの間にか、メリッサが洋一の手を握りしめていたのだ。

 シャナは、その様子を見て、洋一に頷いて出ていった。どうやら、メリッサが落ち着くまでは一緒にいてやれという心遣いらしい。

 仕方なく、洋一はベッドのそばの椅子に腰掛けた。メリッサに手を握られたままなので、身体がベッドの方に傾いている。無理のない姿勢を探ってようやく落ち着くと、ほんの50センチほどのところにメリッサの顔があった。

 否応なく、見つめ合う格好になる。

 メリッサは紫色の瞳を大きく見開いて、一心に洋一を見つめていた。さっきまでと違って視線に力がある。今は正気に戻っているようだ。

 それでもメリッサは一言も口をきかない。しかも、しっかりと洋一の手を握ったままだった。

「メリッサ、大丈夫なのか」

 洋一の問いにもメリッサは答えなかった。あいかわらず、洋一の顔を凝視しているばかりである。

 やはりまだ正気に戻っていないのかなと思った時、ようやくメリッサが口を開いた。

「ごめんなさい」

「え、ああ。気にしなくてもいい。疲れただけだろう。今は休んで」

「違うんです。ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって」

 後半は涙声だった。

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