表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/227

第153章

「俺が?」

「ええ」

 ミナははっきり微笑んで、まともに洋一を見た。

「今のヨーイチさん、凄いってこと、自分で気づいてますか?」

「何となく」

 洋一はごく自然に言えた。どういう風に凄いのかよくわからないが、ミナの言う意味はわかる気がする。

 ミナも判っているらしい。しかしそれ以上突っ込むこともなく、ミナは言った。

「私、ちょっと中を見てきます」

「そういえばおかしいな」

 洋一も気がついている。甲板にも船内にも人の気配がないのだ。

 外見的には、メリッサたちの様子は負傷か病気か、とにかく危機的に見えるはずだ。立っていられないくらいの状態なのが明らかなのに、クルーザーの乗組員たちは誰も助けに来ようともしない。いくら洋一がいるといっても、あとは未成年の少女たちである。とりあえず助けに飛んでくるのが常識というものだろう。

 しかし、クルーザーの操舵室は暗いままだし、甲板には誰もいない。それどころか、人が活動している気配すらない。

「俺も行こう」

「いえ、ヨーイチさんはここにいて下さい。今となってはヨーイチさんだけが頼りですから」

 ミナの言う意味は、ミナ以外の者にとってのことだろう。ミナが誰かに頼るなど想像できない。

「判った」

 ミナは頷いて、船室のドアに消えた。多分、洋一を頼りにしているというのは理由の一部でしかない。ミナも第3勢力の一員として、洋一より前に事態を把握したいと思っているに違いない。

 ということは、今の状態はミナには知らされていなかったということになる。計画的なのか突発的な事故かは判らない。ミナにしてもチェスのコマにしかすぎないかもしれないからだ。

 そしてミナはそれが判っている。それでも、自主的に動こうとするのがミナだった。

 大した少女だ。洋一の中のわだかまりは、とっくに解けていた。ある意味で洋一はミナに惚れたのだ。

 ミナの方は心配ない。

 洋一はメリッサのそばに座り込んだ。メリッサはあいかわらず呆然と視線をさまよわせている。それでも、洋一が話しかけるとのろのろとだが反応した。

「ヨーイチさん」

「メリッサ、あわてなくていい。じっとしているんだ」

「すみません」

 視線に力がない。かろうじて意識を保っているという状態らしい。座っていても身体がふらついているのだが、洋一がメリッサに触れると、またパットが騒ぎそうだ。

 洋一は振り向いて言った。

「サラ」

 もちろん、サラはすぐそばにいた。それでも今まで何もしなかったのは、どうやら洋一の指示を待っていたかららしい。

 自分がいない方が、このラライスリたちはうまくやれるのではないか、と洋一はため息をついた。

「支えてやってくれ」

「判った」

「本当は、寝かせるのが一番いいと思うんだが」

 サラは、ちらっとクルーザーの操舵室を見て、洋一に視線を戻した。囁くように言う。

「今は動かない方がいいと思う。むしろ最悪の事態を考えた方がいいかも」

 サラも判っていた。

 とにかく、誰が味方で誰が敵なのか判らないのだ。第3勢力の演出に乗ってこんなことになってしまった以上、今後も無条件に信用するのは危険だ。

 信頼できるのは、今や洋一とラライスリたちだけだ。それもミナやサラは自分たちの出自があるから、無条件で信頼できるというわけでもない。もっともこれまでの経験から、洋一にはラライスリたちの忠誠心がどこにあるのかは薄々判っている気になっている。

 今や、彼女たちの心は半ば以上タカルルにあると見ていい。なぜならば彼女たちはラライスリなのだ。

 サラが座り込んで、メリッサに寄り添った。メリッサは力無くサラにもたれる。見た目ではメリッサの方が大人びた風貌なのだが、今は幼女のように弱々しい。そのくせぞっとするような色気があるため、洋一は必要以上には近寄らないようにしていた。

 どうも不安だった。今の洋一は自分が信用できない。確かに自分は自分なのだが、自分の長所も短所も増幅されているような気がするのだ。それもムラがある。例えば頭の回転は変わっていないのに、感情移入が突出している。つまり影響されやすい、お調子者化しているような気がする。

 だから、今の状態のメリッサとまともに絡んだら何が起こるかわからない。多分何も起こらないだろうが、万一ということもある。危なそうな状況は避けるのが無難だった。

 洋一は甲板を見回した。

 あれほどたくさんいた漂光は影も形もない。がらんとした甲板は、置き捨てられたようなライトがあちこちにころがっているばかりだった。

 洋一は舞台を見上げた。まだ光で溢れていて、誰もいなくなった空間が眩しい。これは一体何のための設備だったのだろうか。やはりラライスリを呼ぶためのものか?

 それは成功したと言って良い。メリッサは明らかに女神になっていたし、洋一だっておかしくなっている。それで何がどうなったかはわからない。これが第3勢力の作戦なのは明らかだが、何を目的としてこんなことをしたのかは依然として不明なのだ。

 嫌な予感がする。

 第3勢力の作戦はとっくに破綻しているのではないだろうか。緊急事態が起こって混乱しているに違いない。それは甲板にだれもいないことが証明している。芝居が中止になって、主演女優が倒れても誰も駆けつけてこないくらいの非常事態なのだ。

 ただし、それは洋一たちや第3勢力の身に物理的な危険が迫るといった即物的な状況ではないだろう。クルーザーの周囲は静かなものだった。

 この周囲は第3勢力の船がつながって守り、さらにその外側はカハノク族の船団が完全に包囲しているはずだ。最後に見てからかなりたつので、今どうなっているのかは判らない。しかし日が暮れてからあれだけの船団が大規模に移動するとも思えないから、おそらくはそのままなのだろう。

 この舞台がこれだけ明るいのは、目立たせるためだということははっきりしている。観客は、もちろん包囲しているはずのカハノク族の船団だ。海上大劇場というわけだが、果たしてあれだけの遠距離からスターの演技を見ることが出来るものだろうか。

 ラライスリの顔など双眼鏡を使ってもはっきりとは見分けられないだろう。だが、あの禍々しい魅力は伝わるかもしれない。至近距離で直撃を受けた洋一やラライスリたちは、明らかにおかしくなってしまったし、第3勢力の連中だってひょっとしたらあのパワーにやられたのかもしれないのだ。

 メリッサはまだへたりこんでいるようだった。シャナとアンがサラを手伝って何かやっている。

 ミナが戻ってこないのが気になる。第3勢力の連中と今後の作戦展開について打ち合わせでもしているのか。いや、ミナなら洋一がそういう心配をすることを読んで、あえて今そんな行動はとならいだろう。

 しかしミナに危険が迫っているとも思えない。ここは第3勢力のクルーザーだし、乗っているのは洋一たちを除く全員が第3勢力の構成員だから、その気になれば洋一たちなどどうとでも出来る。

 だが洋一はともかくメリッサやサラに何かあったら、第3勢力はフライマン共和国に存在できなくなるに違いない。だから、ミナも洋一たちもこの甲板にいる限りは安全のはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ