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第14章

 しばらく何も起こらなかったが、突然ドアが開いた。

 だが、何か押し問答しているような声が聞こえるだけで、誰も出てこなかった。

 洋一が立ち去りかねていると、いきなり人影が現れた。

 その女性は、おずおずとした動作でドアを閉めると、ゆっくりと洋一の前まで歩き、緊張した面もちで立ち止まった。

 そのまま命令を待つかのように、洋一の顔を見つめている。

「あの?」

 洋一が言うと、びくっとしてあとすざりかけるが、決死の面もちでまた直立する。まるで生け贄にされるような態度である。

 しかし、綺麗だった。

 ココ島に来てから、今までに日本領事館のサラやソクハキリの妹たちといった色々な美人・美少女にかかわってきた洋一だったが、この少女は全然違ったタイプの美貌だった。

 肌は浅黒い。日本人との混血のサラと違って、ココ島の純血なのだろう。アフリカなどの黒人に見られる漆黒の肌ではなく、あくまでなめらかに日に焼けた、美しい褐色である。

 日本でも、たまによく焼いた肌ならこのくらいの色にお目にかかることがあるが、そういった人工的な肌はなんとなくツヤがなく、不健康なイメージがつきまとう。

 それに対して、洋一の前に立っている少女は、まさに自然、健康そのものに輝いている。

 服装も開放的である。かなり使い込んだバミューダと、黒いTシャツ、足下は古びたスニーカーという姿だが、どうやらブラジャーをしていないらしい。

 あまり大きな胸ではなかったが、乳首らしい突起が見えていて、見方によっては挑発しているかのようだ。

 洋一は、しげしげと目前の女性を眺めた。

 少女に見えるが、年齢がよくわからない。どちらかといえばかわいい、という顔つきで、美人というよりファニーフェイスである。

 背も、日本人の男の平均である洋一の顎のあたりに頭のてっぺんがあるので、小柄といっていいだろう。

 しかし、そんなに怯えた目で見ることはないだろうに……。

 少女が緊張して突っ立っているばかりなので、洋一は進退きわまって頭をかいた。何か声をかけようとするとびくっとあとずさりするため、手も足も出ない。かといって立ち去るわけにもいかない。

 救いは、パットの姿をして現れた。

 パットがいきなり飛び出してくると、何か叫びながら少女に抱きついたのである。

少女の方も、ちょっとびっくりしたがすぐに明るい声でパットと話し始めた。

 洋一がぼやっとしていると、パットと少女はペチャクチャ話し、ときどき少女が洋一の方をこっそり見たりして、そのうちに誤解が解けたらしい。

 パットが少女の背中を押しやるように洋一の方につれてきて言った。

「ヨーイチ、コッチハ、シェリー。アシスタント」

「アシスタント?助手?」

「ソウ、ジョシュ!カハマツリ、シーロードアシスタント」

「シーロード……ああ、海側の、あのアマンダさんの助手ってことか」

 洋一は、パットに頷いて、シェリーに手を差し出した。シェリーは、それでもまだ警戒が抜けないのか、おずおずした態度でそっと手をとる。

 だが、意外にもシェリーの握力はなかなかのものだった。それに、小さくてか細そうな外見と違って、手のひらは堅く、豆と思われる部分がたくさん感じられる。

 アマンダはどうやらカハ祭りの海側の実行責任者らしいが、その助手をやっているということは、このシェリーという少女も外見通りのか弱い女性ではあり得ない。

 みんな美人だけどどっか変わっている女性ばかりだな、と洋一は思った。洋一自身は、どちらかというと大人しい女性が好みなのだが、ココ島ではそういう女は生きてゆけないのかもしれない。

 シェリーは、握手するとはにかむような表情でちらっと微笑して、操舵席に駆け込んでいった。義務は果たした、という態度である。

 操舵室からは、すぐに人の悪そうな笑顔を浮かべたアマンダが出てきた。

「もう獲物を逃がしちゃったの?だらしないわよ、ハンターさん」

「ちょっと待って下さいよ。一体僕のことをどう吹き込んだんです?」

「どうって、ソクハキリが言った通りだけど」

「ソクハキリが何と言ったんです」

「だから、日本から来た重要な人物だから、失礼のないように心を込めて接待しろ、美人が好きな男だからシェリーなら気に入る、と」

 洋一は絶句した。

 そんなことを言われたら、怯えるのも無理はない。

「冗談じゃない!それじゃ、僕が色魔みたいじゃないですか」

 アマンダは色魔という単語が判らなかったのかちょっと首を傾げたが、おおよその意味は察したらしい。ますます人の悪い笑顔を向けてきた。

「ジョークよ、ジョーク。冗談。判る?」

「判りませんよ!」

「真面目なのねぇ。ソクハキリも何考えてるのかしら?」

 アマンダは呟くように言って、洋一に近寄ってきた。

「なんです?」

「ごめんなさい。悪かったわ。ソクハキリのジョークってきついから、てっきりヨーイチも同じだと思っちゃって、あなたにもシェリーにも悪いことをしてしまった」

 すまなそうな顔をされても、洋一の腹立ちは収まらない。ソクハキリもアマンダもくそくらえだった。

「もういいですよ。言われたことはやりますから、ほっといて下さい」

 洋一は、暗い声で言って船室に入った。ソファーに寝転がると、目をつぶって寝た振りをする。

 アマンダもパットも船室に入ってこなかったので、洋一はしばらく天井を見つめていたが、そのうちに眠ってしまったらしい。

 ふと目をさますと、もう舷窓の外は暗くなっていた。随分長く眠ったようだが、肩が凝っていてあまり疲れがとれた気はしない。

 だが、一眠りしたせいで気分はかなり回復していた。躁鬱の気のある洋一だったが、今は躁期に入っていて、あまり悩みが長く続かない。

 洋一は、ポキポキいう身体を無理に動かして立ち上がった。その途端に、いきなりもの凄い空腹が腹を突き上げてきた。そう言えば、昼飯を食べた覚えがない。

 ドアを開けて隣の部屋を覗いてみると、思った通りそこは簡単なキッチンだった。

 だが、物置なみに色々なものが積み上げられていて、料理はおろかしばらく使われた形跡すらない。

 まさか「食事はそのへんの魚を自分で釣って自給自足」とかいうのでは、と洋一はあわてて船室を出た。

 ソクハキリの条件には、食事はついていなかったが、まさかそこまでいい加減ではないだろう。

 外は、ちょうど日が沈んだ直後のようで、見事な夕焼けが広がっていた。日本ではまず見られない、南太平洋特有の真っ赤な水平線に照らされて、洋一の乗っている船も綺麗な赤に染まっている。

 甲板には誰もいなかった。だが、ざわめきのような響きが聞こえている。音楽もまじっているようである。

 ふと気がつくと、船の隣にかなり大型の貨物船が繋がれていた。というより、洋一の船の方が曳航されているらしい。

 そういえばエンジンが止まっている。


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