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第147章

 メリッサは目を瞑ったまま、ゆっくりと両手を閉じてゆく。長い金髪がハレーションを起こして直射できないくらいだが、それでもメリッサの身体の輪郭がはっきりと青くなっているのが判る。

 やはりライトの色のせいなのか。しかしここでメリッサに色つき光を照射してどうしようというのだろう。見物人は多いが、直接見ているのは船にいる人たちだけだ。この海域にいる連中は見られない。仲間内だけに仕掛けても意味はない。それとも単なる偶然だろうか。

 メリッサは、そんなことには全然気づいていないようだった。目を閉じたまま神秘的に動いている。回りの状況など気にもしていないのだろう。

 優雅な動きだった。どことなく舞を思わせる動作だ。バレエでも能でもなく、かといって東南アジアのそれとも違う。洋一も詳しいわけではないが、こういう動きは見たことがないような気がする。これはフライマン共和国の舞踏なのか。

 メリッサは胸の前で両手首を交差させた。そのまま今度は両手を水平に伸ばしてゆく。何かの型のようにも思えるが、武術や体操のようにも見えない。

 また背後の群衆がざわめいた。しかし舞台には変化がない。振り返ると、群衆の半分は上を見上げていた。

 洋一もつられて見上げる。しかし、目が舞台の明るさに慣れてしまってただ暗闇が広がっているばかりだ。

 それでもしつこく見続けていると、次第に星が見えてくるのが判った。

 いや、星にしては何かおかしい。まるで手を伸ばせば届くところにあるような淡い光である。

 洋一が目をしばたいた途端、星が動いた。すうっと降りてくると、洋一の目の前で停止したのである。

 ほとんど同時に、甲板のあちこちから悲鳴や歓声に似た声が上がっていた。

 漂光だ。

 これまでに現れたものよりずいぶん光が強い。前に見た漂光は、夜の海でやっと明るく見える程度の光量だったのに、今洋一の目の前にあるそれは眩しいといっていい甲板の上でもはっきりとその形を保って見えている。

 振り向くと、甲板には無数の漂光が舞っていた。群衆の間を縫うように飛んでいるものや、マストにぎっしりくっついたようになっている漂光もある。

 乗組員は、みんなは呆然としているようだった。漂光は、フライマン共和国人の前にもそんなに簡単には姿を表さないというから、ここまで大規模に出現するのを見るのは大半の者にとって生まれて初めてなのではないか。

「ヨーイチさん」

 シャナがおずおずと声をかけてきた。

 言われなくても判っていた。何というか、気配を感じるのだ。頭上や背後に、ひしひしと。

 漂光は、あいかわらず洋一には愛想が良かった。たちまちのうちに洋一の身体は大小無数の光球に囲まれていた。といっても闇雲に突進してくるというわけではない。一見バラバラだが、妙に規則的な間隔を保って浮遊している。

 洋一の肩についたものは別だ。次第に熱と、軽い圧迫感が増してゆく。

「ヨーイチさん! 肩が……」

 シャナがせっぱ詰まったような声で叫んだ。同時にパットが飛びついてくる。

 パットは洋一にしがみつくと、洋一の肩の方を向いてグルグルと唸った。漂光を威嚇しているつもりらしい。

 洋一は自分でも不思議なくらい落ち着いていた。パニックに陥ってもおかしくない状況で、冷静にパットの肩を抱いて、耳元で囁く。落ち着いて、という日本語だったので判らなかっただろうが意味は通じたらしい。パットは洋一を泣きそうな顔で見上げて、それからおとなしく離れた。

 今や圧迫感は頭全体に広がっていた。自分では見えないが、おそらく頭部全体が漂光で埋め尽くされているのだろう。現に顔の横にくっついている漂光が眩しくて、視界がぼやけてきている。このままでは視界が失われてしまう。

 アンとシャナがお互いにしがみついたまま後ずさりしていた。パットは腰に手をあてて仁王立ちになっている。こちらを向いてはいるが、視線は微妙に外れている。洋一を覆い尽くそうとしている漂光を睨んでいるのだ。

 その有様が可愛くて、洋一は思わず微笑んでしまった。

 途端にどよめきが上がった。ますます狭まってくる視界を透かして、群衆が見える。なぜか全員がこちらを注目しているようだ。

 実際、このときの洋一の姿は異常だったらしい。後で聞かされたのだが、すでに洋一はほぼ完全に漂光に飲み込まれかけていたのだ。頭は合体して超特大になった球形の漂光に包まれ、光の中にわずかに顔が浮き上がっているだけだ。手足は光球に包まれ、胴体も胸の辺りがかろうじて露出しているだけ。傍目には洋一が漂光に食われかけてているようにしか見えなかったという。

 洋一の方は、あいにくそういった懸念は欠片もなかった。身体中に軽い圧迫感があって温熱を感じてはいたが、暖かい羽布団に包まれたような感覚で、むしろぬくぬくと治まって休んでいるような気分だった。それに妙に気分が落ち着いている。強いて例えるなら、味方に囲まれているというか、護られているという感触なのだ。

 実際、漂光はいつも洋一には好意的だった。好かれているという感触がひしひしとある。洋一のどこが気に入っているのかは不明だが、とにかくフライマン共和国ではパットと並んで無条件で好意を寄せてくれる連中である。正体は夜光虫だそうだが、何であれ洋一には拒む気はない。

 しかし今は、漂光には何か目的があるようだった。とても夜光虫の群とは思えないような統一された動きで洋一を包み込み、誘導しようとしている。

 身体の片方にだけ圧迫感を感じるのだ。

 洋一は素直に向きを変えた。途端に、すっと圧力が無くなる。そして、今度は後頭部と背中が暖かくなり、次第に後ろから押されているような感覚が増して行く。

 洋一は前方を見た。

 舞台があり、そしてメリッサがいる。メリッサは目を閉じたままだった。大きく両手を広げて、こちらを向いている。

 漂光が誘導しているのは、明らかにタカルルとラライスリの邂逅だ。ラライスリは全身でタカルルを待ち受けている。洋一が舞台に登っていくだけで、2人は抱擁しあうことになるだろう。

 まるで出来の悪い映画のようだ、と洋一は思った。あまりにもステロタイプだ。メリッサは、今や映画女優を越えて女神の域に達しているし、洋一の方は本人はともかく身体に纏った漂光のせいで特撮ヒーローはだしの外見である。この状況を撮影すれば、そのまま何かの三流ファンタジー映画のクライマックスシーンとして使えることだろう。

 洋一は、不意に心が冷えているのを感じた。

 天の邪鬼というか、あまりに誰かの勝手なシナリオ通りに動かされ過ぎているという気がする。

 心の底に生じた痼りは、たちまち冷笑となって洋一の思考を覆い尽くした。

 男としての意地、いやただのわがままなのかもしれない。だが洋一はここにきて、操り人形たることを拒もうとしていた。

 洋一はその場に立ち止まり、腕を組んだ。

 洋一の雰囲気が変わったことに、群衆も気がついたらしい。期待に満ちたざわめきが不協和音に変わってゆく。神話の再現のはずが、役者の突っ張りで上演中止になろうとしているのだ。

 真っ先に反応したのはパットだった。いきなり飛びついてくると、無理矢理洋一の腕にしがみついた。洋一が胸の前で腕を組んでいるため、ぶら下がるような格好になる。

 パットの大きな瞳が輝いていた。満面に笑みを浮かべている。本能的に洋一がやろうとしていることを悟ったらしい。洋一が頷き返すと頬を洋一の腕にこすりつけた。

 少なくとも一人は味方がいる。

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