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第146章

 洋一はやさしく手を解いてパットを抱き上げた。少女は安心しきって眠っている。完全に力を抜いた人間の身体は、たとえ少女であっても重い。それでも洋一は、出来るだけ揺らさないようにしながら少女を運んでいった。

 さすがに船の狭い階段をパットを抱いたまま登るのは無理そうだった。一瞬、パットはここに寝かせたままにしておこうかと考えたが、起きた時の騒動を思うと出来ない相談である。

 結局洋一は一度パットを降ろしてから椅子にかけさせ、無理な姿勢でパットを背負いなおした。無邪気すぎる寝顔を見ていると、起こすにしのびなかったのである。

 階段を登って再び喧噪の中に入る。気のせいかもしれないが、さっきよりボルテージが上がっている。いきなり、殺気だった表情の男が洋一をすり抜けて階段を降りていった。

 下から怒鳴り声が聞こえてくる。眠っている連中を起こしているのだ。つまりは、いよいよ総力をあげて何かをしなければならない段階に達したということだ。

 洋一は騒ぎに巻き込まれないうちに船室を出た。その途端、眩しさに目がくらんで棒立ちになる。

 船室は薄暗かったので、いきなり舞台の明るさに目が耐えられないのは当然だった。だが、ここまで明るかっただろうか?

 錯覚ではなかった。いつの間にか船の投光器が全開になっているらしい。最初に舞台で浴びた、あのすさまじいばかりの明るさである。

 洋一が唖然としていると、光の中から天使が現れて、こちらに駆け寄ってきた。そんなふうに見えた。

 シャナだ。洋一につかみかからんばかりにして飛びついてくる。

「ヨーイチさん! 早く戻ってください」

「え、ああ」

 シャナは、珍しくあわてているようだった。洋一の返事も耳に入らないようで、いきなり引っ張っていこうとする。

「ちょっと待て! パットが……わっ」

 遅かった。バランスを崩した洋一が転ぶ。何とか背中のパットを庇って転がることが出来たが、それでもパットは甲板に投げ出された。

 パットはきょとんとして目をさました。状況が理解できないらしい。見たところ怪我をしている様子はなく、洋一はほっと胸をなで下ろした。

「ごめんなさい」

 一応しおらしく謝ったシャナだが、実のところほとんど気にしていないのだろう。洋一の手を引きずるようにして舞台へ向かおうとする。

「おい、ちょっと!」

 洋一の抗議とともに、はっきり目をさましたパットが猛然と反応した。素晴らしい瞬発力をみせて跳ね起きると、そのまま洋一に飛びつく。洋一をさらっていかれると思ったらしい。甲板に投げ出されたことより、そっちの方が一大事だというわけだ。

 シャナに向かって激しく話すパットに、シャナは冷静に返した。パットは不承不承黙ったが、それでも洋一にしがみついたままだ。シャナをじっと睨んでいる。

「ヨーイチさん!」

 シャナが洋一のほうを向いて言った。

「始まったんです。すぐに戻らないと」

「始まった? 何が」

「とにかく早く」

 洋一は、パットをしがみつかせたまま立ち上がった。シャナがここまで言うのなら、本当に大変なのだ。

 シャナは頷くと、舞台に向かった。洋一が続く。パットは不満そうだったが、大人しく洋一に従った。

 舞台は輝いていた。

 もの凄い明るさである。ライトが四方八方から照射され、ほとんど目を開けていられない。その中でラライスリたちが立ちつくしている。洋一が目をかばいながら舞台に近づくと、アンがすがるように近寄ってきた。

「どうしたんだ」

「……メリッサさんが……」

 洋一は、舞台の中央を見て絶句した。

 メリッサがいない。そこにいるのは、女神だ。

 女神は両手を広げて舞台の中央に立っていた。その全身はすさまじい輝きに包まれている。照射されるライトの反射光のはずだが、ライトはすべて白色光のはずなのに、女神の身体は青みがかって見えた。

 そして音。腹の底から響く重低音が、どこからか聞こえてくる。いや感じられる。それは、なぜかメリッサが発しているように思える。

 怒りの声なのか? しかし、どうやってメリッサがこんな重低音を発するというのだ。これも第3勢力いやチェスの指し手が行うイベントなのだろうか? それとも、本当にメリッサに女神が降りているのか?

 ふと気がつくと、メリッサを挟んで舞台の両端にサラとミナがいた。2人ともメリッサを支えるように、両手を揃えてメリッサの方に差し出していた。

 その姿も、メリッサほどではないにしろ十分以上に神秘的である。少なくとも人間の女性というよりは女神の従神、あるいは巫女のように見えた。

 そういえばミナは巫女の家系だった。サラもカハノク族の中では庶民の家系ではないのだろう。母親が日本人女性だと言っていたが、それでいて結構フライマン共和国の有力者たちの間に名前と顔が通っていたという印象だった。それはすなわち、サラの家系もまたココ島において特別だということを示している。

 サラはティーンエイジャーなのだから、サラ自身が単独で有力者たちと親しくなったということは考えられない。おそらく幼い頃から顔なじみであったに違いない。そしてそれは、サラの親族もまたココ島の有力者に連なる家系の出だということを示しているのだ。

 その2人が、メリッサを支えるように舞台に立ちつくしている。

 それは荘厳な光景だった。洋一は、舞台に足をかけたままそこに固まっていた。これは人間が立ち入ることが出来る場所ではない、そう思えた。

 メリッサは穏やかな顔だった。女神が降りているようには見えない。ただ元々の美貌が美貌なだけに、そのままでも普通の人間だと思う者は誰もいないだろう。

 何をしているのか。祈っているようには見えなかった。もしメリッサがラライスリだとしたら、自身が女神なのだから祈ることはあり得ない。祈りは巫女や神官、あるいは普通の人間のものだ。

 だとすれば、何をしているのか。よく判らないが、女神だとしたら何かの力をふるっているのだろうか。ココ島の神様には詳しくないので、洋一には想像する事しかできない。だが唖然としているのは洋一だけではなかったようだ。ふと気づくと、舞台の周りはいつの間にか鈴なりの人で埋まっていた。

 クルーザーの乗組員たちが船室から出てきたらしい。作業を放り出してきたとは考えにくいが、非番の者だけにしては人数が多い。それにさっきの様子では今が作戦の天王山なのではないだろうか。

 第3勢力の予想を越えた何かが起こって、作戦が一時中止されたに違いない。いや、ひょっとしたら、これが目的なのか。メリッサに女神が降りたことで、第3勢力は目的を達したのかもしれない。

 パットがまた腕にしがみついている。それだけでなく、反対側の腕にはシャナが、そしてシャナに寄り添うようにしてアンがいる。いつの間にか洋一に寄ってきているのだ。

 それも無理はなかった。今舞台で発生している状況は、人間が意図して起こせることではないだろう。さっきまで一緒にラライスリをやっていた年上の少女たちが、揃って女神になってしまったのだ。年下の少女たちが平然としていられるわけがない。そして、彼女たちがこの場で頼る者は洋一しかいない。

 舞台の周りに詰めかけた群衆が、いきなりざわっと揺らめいた。あわてて舞台を見ると、メリッサが動いていた。

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