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第145章

 飲み過ぎて咳き込んでいると、目の前に包みが突き出された。パットが自分も方張りながらハンバーガーの新しい包みを差し出している。

「サンキュ」

 洋一はその場にパットと並んで座り込み、燃料の補給に没頭した。

 ハンバーガーをあと2つ、それにもう一本のコーラを飲み干し、ようやく洋一は一息ついた。パットの方も満腹したらしい。かわいいげっぷをすると、ピタッと洋一にくっついた。

 お気に入りのお兄ちゃんを独り占めできて満足そうである。この状態では、パットはまさしく可愛い妹で、洋一としても劣情を起こしようがない。

 それにしても健やかな少女だ。まだ幼いということもあるだろうが、パット以外の全員が精神的な悩みを抱えているというのに、この少女だけはまったく屈託がない。

 多分、今起こっていることもパットにとってはどうでもいいことなのだろう。悪意や屈折の欠片もみせないこの少女は、あるがままの現実を受け入れて、その場で精一杯の努力をするだけなのだ。もちろん、機嫌がいいのはお気に入りのお兄ちゃんがそばにいてくれるからでもあるのだが。

 いつか、この少女も目の前の現実だけではないことに気づくときがくるだろう。それでも、パットは真っ直ぐに前を見ながら進もうとするに違いない。その時にはもう、洋一はこの少女の眼中には多分いない。いつか相応しい青年がパットの前に現れて、そういう風に物語は進むのだ。

 いや、そうなのか?

 アマンダとメリッサは、それぞれの道を進んでいる。アマンダは自分なりに楽しくやっているようだが、メリッサの場合はどうも危なっかしい。正常でないとは言わないが、普通でないことだけは確かだ。

 あれほどの美貌だ。それだけをとってみても、おそらく尋常な人生はおくれないだろう。その上にソクハキリの妹という立場と、カハ族のラライスリといういわば神性のオーラを纏っているのだ。これで普通に過ごせたら奇跡だ。

 そして今のメリッサには、明らかに何かが憑いている。ただでさえ神秘的で逆らいがたいのに、今のメリッサが発する言葉はお告げや神託のようだ。ひょっとしたら神様とかそういうのではなく、精神的な疾患なのかもしれないが、それはそれでまともとは言い難いだろう。それが現実だ。

 だが、洋一はなぜか安堵していた。

 責任回避かもしれないが、これでやっと自分のなすべきことが判ったという気がするのだ。このカハ族とカハノク族の戦争という危機的状況にあって、自分に何が出来るのかという疑問が一部ではあるが解けたような気がしている。

 難しいことではなかった。そもそも、最初から回答が目の前にあったと言ってもいい。

 洋一はタカルルなのだ。それは、ソクハキリもアマンダも、第3勢力も言っていたことだ。そしてタカルルの仕事は、ラライスリを制御することなのである。

 タカルルの性格は常に温和でやさしく、その行動は暴走しがちなラライスリのなだめ役である。タカルルは自分からは決して動かない。ただラライスリを包み込み、傷つかないように守ってやる。そして、ラライスリが混乱しているときには導いてやればいい。

 それなら今の洋一にも出来る。何の力もない洋一だが、今ここにおいて、フライマン共和国のラライスリたちを見守ってやることだけは出来るのだ。そして、それは今や洋一にしか出来ないことなのかもしれない。

 洋一は喜んで全力を尽くすつもりだった。タカルルとかラライスリとかの理由付けがなくても、そうしてやりたい。

 メリッサはもちろん、他のラライスリたちもみんないい娘だ。洋一にはもったいないとかそういう個人的な思惑以前に、何の関係もなくても力になってやりたいと思うようなすばらしい少女たちである。

 洋一も、何かの影響を受けているのかもしれなかった。メリッサが憑かれたように、今この場では普通と違う何かが進行しているような気がする。あの漂光といい、ここでは日本の常識は通用しない。ひょっとしたら、本当にタカルルやラライスリがいるのかもしれない。

 もっとも洋一は今のところ、自分がタカルルになったような気はしていなかった。いつも通りの自分である。この状況で多少は興奮しているが、それ以外はまったく変わっていないと分析している。もちろん自分がいつもと違ってないかどうか自分には判らないということもあり得るのだが。

 タカルルになったら、それと判るのだろうか? 何か使命感のようなものが内側から沸いてくるとか? 何かの超能力が使えるようになるとか?

 そういえば洋一は、漂光に妙に好かれるという性質があるらしい。確かに現地の人でもめったに見られないはずの漂光が、うるさいほど洋一の周りに寄ってきたことが何度かあった。それが洋一=タカルル説の材料の一つになったと言える。

 しかし、あれから漂光が寄ってくる様子もないし、やはりソクハキリか誰かが裏から手を回していた可能性が高い。考えてみれば、タイミングが良すぎた。ちょうどカハ祭り船団乗組員の目が集中しているときにわざわざ漂光が大量発生するなど出来過ぎだった。いや、そういえばミナと二人きり、いやアンを入れて3人の時にも漂光は出ていたか。あれは例外かもしれない。

 思い出してみると、あの時食事船でメリッサがひどく怒って、その勢いでカハ祭り船団から離れることになったと思う。メリッサは真相を知っていたのかもしれない。よく覚えていないが、メリッサはソクハキリに洋一を利用するなとか言っていたような気がする。

 だとすれば、洋一は作られたタカルル、案山子なのだ。もともと最初からソクハキリが言っていたではないか。カハ祭り船団の案山子で良いと。それがカハ族だけのことからフライマン共和国全体に拡大したのだろう。いや、それも計画済みだったのか? 今となってはどうでもいいことだが。

 そんな誤魔化しだらけの中で、ラライスリだけは本物だった。少なくともメリッサは真のラライスリだ。もちろん、他の少女たちもラライスリでないわけではない。

 最初はパットが本物かと思った。サラやミナも十分にその資格があるように思える。だが、ここに至って本当にラライスリとなったのはメリッサひとりだけなのではないか。

 いや、まだ判らない。サラもミナも、一筋縄で結える少女ではない。洋一なんぞに見切れると考えるのは間違いだろう。今までの行動が作戦だとしたら、ラライスリであるメリッサも操られている可能性が高い。

 この盤の真の指し手が誰なのか、おそらくは洋一になど会う立場の人間ではないだろうが、それでもその手先である現場指揮官は盤上にいる。いくらチェスの名手でも、すべてを最初から見通して手を打っておくなどということが出来るはずがない。

 必ずイレギュラーな事象が発生し、その都度対応を余儀なくされる。その場合に備えて、指し手本人か、もしくはそいつにごく近い人間が現場に配置されているはずなのだ。

 だとしたら、サラやミナの可能性が高い。洋一の監視役を兼ねているとしたら、あの2人のうちどちらか、あるいは両方とみるのが当然と言える。ただし、最初から洋一と一緒にいたのはパットとメリッサなのだ。

 もっとも性格的にみて、カハ族の美少女姉妹がスパイであるとはとても思えない。洋一の欲目も多分にあるが、それでも無邪気なパットや純真なメリッサが洋一を操っている可能性は少ないだろう。

 そう思いたいだけなのかもしれないが、とにかく洋一はあの姉妹には完全に参ってしまっている。論理的な判断というよりは願望に近い。

 だからといって、サラやミナならスパイでもいいというわけではない。2人とも客観的に見て素敵な少女で、主観的にはさらに素敵、というより最高である。ただ、メリッサたちよりはスパイであってもおかしくない可能性が高いというだけのことだ。

 いずれにせよ誰がスパイであっても、スパイなどいなくても、洋一に出来ることは限られているし、どちみち変わりはないだろう。今はラライスリたちを出来る限りの力で護り、そこまでいかなくても力になってやることだ。そうすることで、この混乱が少しでも収まる方向に進むのなら、その時初めて年長者としての責任を果たしたことになる。

 洋一は、伸びをしてから立ち上がろうとした。しがみついているパットの手を外そうとして、少女がいつの間にか寝込んでいるのに気づく。疲れている上に腹一杯になったら次は睡眠らしい。いかにも健康的な幼いラライスリの反応だった。

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