第13章
洋一は、ソファーに腰を降ろした。
すぐに、パットがそばにすとんと腰を降ろす。すっかりなつかれてしまったようだ。
それにしても、他に人の気配がないのが不思議だった。カハ祭り船団の旗艦なのだから、いわゆる指揮スタッフがたくさん乗船しているのが当たり前だと思っていたのだが、どうやら乗っているのは洋一とパットを除けばあの鋭い視線の女性だけらしい。
確かにグラマーだった。
それに、帽子に隠れていたが顔立ちも整っていたようだ。つまり、かなりの美女である公算が高い。
またしてもソクハキリにしてやられたのか。洋一は、のけぞって目を閉じた。
何より悔しいのは、ソクハキリも猪野も嘘は言っていないということだ。誤解されるような話し方はしたかもしれないが、確かに彼らが言った通りのことが実現しているのである。
これが大人のやり方というものかもしれない、と洋一は思った。要するに、洋一がガキだったということだ。
うまい話には必ず裏がある。しかも、今回はその「うまい話」自体が本当にうまい話かどうか、わからなくなってきている。
パットが何かペラペラッと話したので、洋一はため息をついて目を開けた。
パットが心配そうに、洋一の顔をのぞき込んでいた。ほとんど鼻と鼻が触れそうな至近距離である。
洋一はわっと叫びそうになるのをとっさに堪えた。
無防備すぎる。
パットは精神的に子供の上、自分の外見が魅力的な若い女性だということに気づいていないとしか思えない。
おそらく、あのソクハキリの妹ということで、ココ島にはあえてそれを教えてやろうとした男はこれまでいなかったのだろう。
きょとんとした顔で洋一を見つめているパットは、さらさらした金髪と明るい瞳が見事にマッチして、なんとも魅力的だった。洋一は、今までロリコンの気を自覚したことはなかったが、パットを見ているとおかしな気分になってくる。
あまりにも無邪気な態度と裏腹に、小さくてもかなり立派なボディをもっているというアンバランスさが、そういう感覚につながっているのだろうか。
パットが洋一になつきすぎているのも原因のひとつだろう。洋一にしても、なつかれるのは悪い気分ではないが、妹など身近に年下の女の子がいない洋一にとってはとまどうばかりである。
いずれにせよ、パット自身にはまったく自覚がないため、対処しようがない。
洋一は、あわてて笑顔をつくると座り直した。パットがニコッと笑って洋一の隣に飛び込んでくる。
笑顔のまま、鼻歌などを歌っていたパットは、しばらくするとスウスウと寝息を立て始めた。
まさしく、幼い少女の行動である。一体パットはいくつなのだろう?
洋一は、自分の右腕を抱え込んで眠っているパットの手をそっと外して、そろそろと身体をソファーから持ち上げた。
さっきからエンジンの音は安定しているし、まっすぐ進んでいるらしく揺れも少ないが、なんとなく外が騒がしい。
舷窓から覗いてみると、どうやら近くに別の船がいるようだ。
洋一はドアを開けて甲板に出た。
出た途端、回り中の船に気がつく。圧倒された。
このヨットよりは小さいが、それでもモーターボートと呼ぶには大型すぎる船が、前後左右あらゆる方向を並進している。
数十隻はいるだろう。各々の船はぶつからないようにかなり離れているので、洋一から見ると水平線まで船団が広がっているように見えた。
ココ島の海岸線は思ったより近くにあった。海岸と平行に走っているということは、すでにカハ祭り航海が始まっているのだろうか?
「まだ、集結中よ。この倍は集まるわ」
いきなり正確な日本語が飛んできた。
あわてて振り返ると、さっきの女性が洋一のそばに立っていた。
腰に両手をあて、胸をはっているせいで、見事なバストがウィンドブレーカーの盛り上がりにくっきりと浮かび上がっている。
「日本語、話せるんですか?」
「一応ね。私も留学経験があるから」
正確な日本語、といったらよいのか、一語一語をはっきりと発音する、高性能のコンピュータが発声しているようだ。
そのためか、口調に冷たさが感じられる。
「じゃあ、あなたが」
「言いたいことはわかるわ。ソクハキリから聞いているでしょう。私が3姉妹の長女よ。名前はアマンダ」
そういうと、その女性はウィンドブレーカーのフードを跳ね上げた。
プラチナブロンドだった。耳が隠れる程度に切りそろえている。
カチッとした美貌で妹のメリッサにはあまり似ていない。顔立ちというか、部品や配置は血縁関係を感じさせるくらい同系統なのだが、見た目の印象が違いすぎるため、並べてみても姉妹とは思えない。
そういえば末娘のパットも将来が楽しみな綺麗な顔立ちだが、パットはまた2人の姉のどちらにも似ない娘になりそうだった。
考えようによっては、タイプの違う美人3姉妹というのは理想的といえるが、パットはともかくあとの2人は洋一には少々重荷になるのは目に見えている。
「女性をジロジロ見るのは失礼よ」
「あ……すみません」
反射的に謝って、洋一はなさけなくなった。なんだか最近謝ってばかりという気がする。
しかし、アマンダには何か言われたらとりあえず謝ってしまう雰囲気があった。
そういう流れに自分でもうんざりしているのだろう。アマンダは嫌な顔になった。
「すぐ謝るのも、失礼だと思わない?私が怒ったみたいじゃないの」
どうやらアマンダに謝ったのは洋一だけではないらしい。
「すみ……い、いや、そうですね。気をつけます」
情けない洋一の返答に、アマンダは咎めるような目つきを返したが、もう何も言わなかった。
くるりと身体の向きを変えると、ウィンドブレーカーをなびかせながら船首に歩み寄り、片手でロープに掴まって身を乗り出す。
何か大声で叫ぶと、回りの船から応答の声が上がった。
突然、洋一はぎょっとなった。
アマンダはこの船を操縦していたのではなかったか?だとしたら、今操舵はどうなっているのだろう?
その心を読んだかのように、アマンダは振り向いて言った。
「心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと、もう一人乗っているわ」
「そ、そうですか」
と、アマンダはニヤリと笑って言った。
「そうね。そういえば、ソクハキリが約束したらしいわね。大事な日本からのお客様をほったらかしには出来ないわね。ちょっと待ってて」
アマンダは、素早く操舵室に滑り込んだ。