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第137章

 にもかかわらず、フライマン群島のラライスリは少女なのだ。そしてラライスリは、タカルルという男神を慕う。

 タカルルもまた、その司る事象にそぐわない性格である。洋一が聞いた話から判断する限りでは、タカルルという神は自分から行動することはほとんどないらしい。常にラライスリと並んで登場するが、時には行方をくらませたりする。積極的に動くことはなく、その役目といえばラライスリのなだめ役くらいしか思いつかない。人間にかかわる、ということすらないのだ。

 空という、あまりにも強大な自然を擬人化するには、やはりそぐわない。嵐や雷、竜巻などの無差別な力をふるい、風や雲や太陽の光を与え、そして常に頭上にあってすべてを覆い尽くしているはずのタカルルは、ココ島の神話では気まぐれな少女のお守り役にしかすぎないことになっている。

 それに、気になることはもうひとつある。ラライスリはなぜタカルルを守るのだ? 海というものは、空を守ったりしないものだ。

 敵対するわけではないが、どちらかがどちらかを支配したり従属したりするような関係でもない。影響を与え合うようには見えるが、そもそも擬人化するにしてもお互いが人格的につき合ったりするものではないはずだ。

 だがラライスリはタカルルを慕い、護ろうとする。

 もしかしたら、これは神話の姿を借りた何かの物語なのではないだろうか? 教訓話だとは思えないが、誰でも知っている神話にこういう関係を定着させることによって、何らかの目的を達成しようとしているのかもしれない。

 だが、神話などというものは、人為的に構築したり出来るものだろうか。出来なくはないと思う。有能なプロデューサーがいれば、何かを流行させたり噂話を広めたりするのはそんなに難しくはないと聞いたことがある。

 日本では、テレビという媒体があるだけ容易だが、ココ島なら人口も少ないし基本的に閉じた系だから、マスコミュニケーション媒体がなくてももっと効果的にやれるはずだ。

 しかし繰り返すが何のためだ?

 いや、最初に神話を作った人には何らかの目的があったのかもしれない。神話が神話として広まるためには、それなりの年月が必要だろう。ミナの母親は巫女をやっていたというからには、この神話が定着してから少なくとも1世代はたっている。それどころかタカルル神殿などは、遺跡になるほど昔からあるのだ。

 当初の目的が達成されたのかどうかは不明だが、それは今起こっていることとはほとんど関係ないはずだ。なのに、今現実に神話を利用しているとしか思えない動きがある。

 やはり、これは誰かが神話をうまく利用しているのか?

「ヨーイチ!」

 いきなり、パットが悲鳴のような声をあげた。

 目の前に巨大な水しぶきが上がった。クルーザー全体からわーっという叫び声が起こり、続いて海水がどっとふりかかってきた。

 ラライスリたちにも、キラキラ光る海粒が降る。驚いたことに、美少女たちは誰一人身じろぎもせず、洋一を護るかのような隊形を維持している。もっとも水は頭上から降り注いだので、洋一もびしょぬれだった。

 無蓋のモーターボートが派手なターンを決めてぐんぐん遠ざかってゆく。ほとんど停止しているこのクルーザーにギリギリまで接近して、急な方向転換でこちらに水しぶきをあびせていったのだ。

 続いて真横を高速で通過してゆくボート群があった。いずれも小型のモーターボートである。乗っているのは数人だが、こちらの舷側すれすれに舵をとって、すれ違うときに派手な叫び声をあげたりパフォーマンスを繰り返していた。

 カハノク族の血の気の多い連中が、勝手にチキンランを始めたらしい。いかに小型とはいえ、続けざまにボートが通り過ぎるために波が起こって第3勢力の旗艦はゆっくりと揺れ始めていた。

 第3勢力の随伴船が低速で旗艦の周りを警戒しながら回っているのだが、高速ボートはその隙間を縫って突っ込んでくるのだ。ひとつ間違えば死人が出そうで、阻止しきれないらしい。

 洋一の周りでも、人の動きが活発になっていた。ラライスリたちにかまわず、辺りを駆け回ったりロープや道具を操作している男女が目立つ。忙しそうだが、パニックに陥っている様子はなかった。これも予定の行動なのだろうか?

 やがて、無線で指示でも出たのだろうか、第3勢力の随伴船がゆっくりと速度を落としながら近寄ってきた。洋一の乗っている船に比べれば小型だが、ここまでついてきただけあっていかにも速度が出そうなモーターヨットである。

 その船は、ほとんど停止しながら近寄ってくると、ロープを投げ合って横付けしてしまった。続いて、反対側にも同じような船が寄り添うように進んでくる。

 このクルーザーを護ろうというのだろうか。モーターボートの体当たりならこれで防げるかもしれないが、もし火炎瓶でも投げ込まれたら逃げようがない。せっかくの高速船の利点を自ら捨ててしまったことになる。

 これは背水の陣なのかもしれない。自ら動きを止めることで、第3勢力の艦隊はここにとどまるということを示して見せたのだ。

 それにしても無謀だった。相手のど真ん中に乗り込んで、そこに砦を築いたようなものなのだ。まだ第3勢力とカハノク族は敵対しているわけではないのだが、何せ相手は戦争をやるつもりで出てきたのである。しかも、現にカハ族と対峙している最中だ。血の気が多いのが一人でも暴走すれば、すぐに合戦が始まってしまいそうだ。

 そうこうしている間にも、第3勢力の船が次々に集まってきて、横付けになっていった。こんなに密集していると、船同士が衝突してしまいそうだが、第3勢力の船は船腹にゴムタイヤなどを取り付けているらしい。

 あらかじめ、そういう装備をしているとしたら、ここで密集するのも決まった作戦行動のうちなのだろうか。

 カハノク族の船団は、しばらくすると水平線が見えなくなるくらい集まってしまった。360度船ばかりである。よくもまあこれだけ集合したと感心するくらいだ。

 それでも遠巻きにするばかりで攻めてくる様子もない。何らかの指令でも出たのか、無謀なモーターボートの突っ込みも止んでいた。

 いつの間にか、第3勢力の船はすべてつながってしまった。洋一のいる旗艦を中心にして、浮島が出来たようなものだ。洋一は立ち上がって、回りを見回してみた。周囲は船がぎっしり詰まっていて、その周囲に何もない海面が広がり、その向こうは大小さまざまなカハノク族の船が行き来している。カハノク側は、あまりに船が多すぎてお互いを回避するのに苦労しているらしい。必然的に速度が落ちて、今や大半の船が停止していた。

 不意に、洋一は気がついた。

 どうしてこんなに見晴らしがいいんだ?

 洋一の位置からは、背後の操舵室がわずかに視界を遮っているだけで、ほぼ全周囲が見渡せる。これだけ船が詰まっているのに、その向こうのカハノク族の船団がはっきり見えるのだ。

 つまり洋一が乗る旗艦を囲む第3勢力の船団は、みんな旗艦より船高が低い。その上、洋一が立っているのはクルーザーの甲板に不自然にも作られた仮設舞台の上なのだ。

 ここまで考えて、こんな仕組みを作ったのか。

 こちらから見えるということは、向こうからも丸見えということだ。洋一たちは、第3勢力の浮島の中央にひときわ抜きんでたステージに立っているも同然なのだ。

 おまけに洋一を囲んで立つラライスリたちは、ことさらに原色の目立つ衣装をつけている。顔が見えないくらい遠くからみても、これだけの仕掛けがしてあれば好奇心をそそられるはずだ。

 そして舞台の周りは第3勢力の船が十重二十重に取り囲んでいて、カハノク族は容易に近づけない。いきおい、遠巻きに様子を伺うという結果になる。

 第3勢力の誰が考えたかはわからないが、おそるべき作戦といえた。こんな行動をとられたら、カハノク族は嫌でも攻撃を中止してこちらを注目せざるを得ないだろう。しかもこちらからのアクションを起こすまでは手がだせない。

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