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第133章

「ヨーイチ?」

 パットが、またヘッドロックを強化しながら、尋ねるように声をかけてきた。洋一は、何とか首をずらせて呼吸を確保する。

 パットの緑色の大きな瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。この少女にとっては、第3勢力がカハノク族の艦隊の中心に向かってなぐり込みをかけつつあることなど、どうでもいいことらしい。

 カハ祭り船団がカハノク族の過激派に襲われたときは怒り狂っていたと思うのだが、そんなことはすっかり忘れてしまったようだ。

 ラライスリは、女神というものは、そういうものだろう。人間同士の争いなどには興味を示さない。その場その場で起こったことには敏感に反応するが、遺恨を残したりはしないものだ。

 パットも、そういう意味ではラライスリそのものだった。

「ヨーイチ!」

 突然、パットが叫んだ。

 あわてて振り向くと、まっすぐ前方にいつの間にか出現していた小型の船が、みるみる近づいてくるのが見えた。真っ正面である。このままだと、間違いなく衝突する。

 こちらのクルーザーのあちこちで、悲鳴に似た声が上がる。さすがの乗組員たちも、恐怖を感じているらしい。

 洋一は、椅子の肘掛けを握りしめたまま、相手の船を凝視していた。いや、ぐんぐん大きくなってくる船から視線をはがすことが出来なかった。何せ、甲板で一段高いところにいる洋一は、正面から向かってくるカハノク船とモロに向き合う場所にいるのである。衝突しつつある列車の運転席にいるようなものだ。

 誰が舵をとっているのか判らないが、両方とも相当な度胸の持ち主だな、と洋一は麻痺した頭で思った。こちらの操舵は、おそらくミナの父か、その命令を受けた者が握っているに違いない。もちろん、軽々しく方向転換できないのはわかる。このクルーザーは小規模とはいえ第3勢力艦隊の旗艦なのだし、おまけに今は作戦行動中なのだ。配下の船の目の前で逃げたりしたら作戦は失敗するだろうし、大体ここで自分だけ助かるために方向転換してしまうと、後に従っている船団の統制がとれなくなりかねない。

 だから、こちらは引くわけにはいかない理由があるのだが、カハノク側はどうなのだろう。

 突進してくるのは、どうみても小型の漁船である。特にカハノク船団の中で重要な役目を持っているとも思えない。要するに、単なる下っ端だ。乗っている連中だって、過激派とか幹部とかいったものではないだろう。

 にもかかわらず突っ張っているのは、船長が血気盛んなのか、あるいはこっちの方がありそうだが、突撃してくる第3勢力の船団を目の前にして、恐怖か何かで身体が硬直してしまって、舵をとれなくなっている、ということだろう。

 その考えは、あながち間違ってはいなさそうだった。もう、はっきり見えるのだが漁船の甲板にいる男たちはあわてふためいていた。まだ顔かたちまでは見えないのだが、どう見ても突撃する兵士といった様子には見えない。みんな不自然な姿勢で凍りついている。

 そのとき、洋一はほんのわずかだが、クルーザーの舵がきられたのを感じた。一瞬身体が傾き、すぐ元にもどる。それだけで、クルーザーの進行方向が変化していた。

 真っ正面にいたはずの漁船が、すーっと右に流れてゆく。そして、あっという間にすれ違った。洋一は、驚愕の表情を張り付かせた漁船の男たちがすさまじい速度で通り過ぎてゆくクルーザーを呆然と見つめていた。

 次の瞬間には、クルーザーは何事もなかったかのように前進を続けている。洋一は、どっと吹き出してきた汗を拭いながら、操舵室を振り返った。誰が操縦しているのか知らないが、すごい度胸だ。というよりはもう無謀だ。

 ミナならやりそうだが、彼女は第3勢力のラライスリとして今も甲板にいる。ミナの父は、多分指揮官だから自分が舵をにぎってたりはしないだろう。ということはミナ並の度胸を持った人材が他にもいるということだ。つまり、それだけ第3勢力の人材が豊富というところだろうか。

 そんな思いも一瞬だけだった。洋一の注意はすぐに前方に向けられた。

 ちょっと目を離しただけで、前方の海域に大きな変化が起きているのが判った。水平線が白く染まっているのだ。いや、よく見ると小さな白い点が重なり合うように見えていることが判る。カハノク族の本体に違いない。

 第3勢力の船団は、その中心目がけて全速力で突進している。

 もう、どんな言い訳も通じないだろう。これは戦争行為そのものだ。挑発行為のうちでも、最悪のものだと言っていい。

 あのオヤジは何を考えているのだ?

 洋一は絶望しながら思った。停戦工作どころか、さっきからの行為はカハ族とカハノク族の抗争をあおり立てるばかりではないか。 それに、こんな無謀な突撃をやるのと、学芸会さながらの美少女揃い踏みの仮装は何の関係があるのだ?さらに、この状態で洋一は何を期待されているのだろう。

 考え込む暇もないようだった。

 はっと気づいたときには、第3勢力の船団は完全に包囲されていた。

 まだほとんど見えないくらいだが、前方だけではなく、左右の水平線にも小さな点が出現していたのである。しかも、その数は増えつつ大きくなる一方だった。

 カハノク族の船団が、周囲から押し寄せつつあるのだ。それはそうだろう。いきなり得体の知れない集団が乱入してきて、カハノク族艦隊の中核に迫りつつあるのだ。迎撃するのは当然だった。

 カハノク族の陣形は、今や完全に乱れているといっていい。すると、それが目的だったのか? カハノク族が混乱すれば、カハ族が有利になるのは当たり前だ。この状態で、カハ族の艦隊が攻めてきたら、カハノク側は相当な痛手だろう。

 ひょっとしたら、それが最初からの目的だったんじゃないか?

 洋一は、ぞっとして操舵室を見た。あそこにいる男は戦争商人なのかもしれない。考えてみれば、第3勢力などという勢力が存在すること自体、不自然だ。

 カハ族もカハノク族もその存在を無視していたとしか思えないが、現に第3勢力はこれだけの高速クルーザー戦隊を運用できるのである。しかも、集団の質としてはカハ族やカハノク族より優秀だ。これだけ統制の取れた集団が、どこにも属さない連中の集まりであるはずがない。

 そう、第3勢力とは、むしろ商売とか思想で結びついた連中なんじゃないだろうか。

 ついでに想像をたくましくしてみると、カハ族やカハノク族にどこからともなく供給されたという小型火器の謎も解ける。第3勢力がやったと仮定すれば、そんなに無理ではあるまい。

 目的は?もちろん、金儲けだ。あるいはカハ族とは、話し合いがついているのかもしれない。だからこそ、カハノク族艦隊の中枢に特攻するような真似をしている。

 では、ラライスリたちは?

 メリッサとパットは、人質だろう。カハ族は、事実上の指導者であるソクハキリの妹たちを委ねることにより、協力の証とした。もちろんメリッサたちには真相は知らされていない。だが、突撃艦隊にメリッサたちが乗る理由を作る必要があり、それがラライスリの仮装だ。そして、洋一は餌だ。洋一を引っ張ってくれば、メリッサやパットも不思議に思わないからだ。

 サラやシャナは、カハノク族を代表するような立場ではない。ラライスリの仮装をまとってはいても、メリッサやパットとは全然意味が違う。そしてミナとアンは第3勢力のメンバーなのだから参加するのは当然だ。

 つまりは、すべてが偽装なのだ。メリッサとパットを大人しくさせておくための。そして、洋一は使い捨てのコマにしかすぎない。


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