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第130章

 外見的には、おそらくこれほどラライスリに近い女性はいないだろう。その美貌、姿、神秘的なカリスマ、そして性格に至るまで、ただ単に美女であるという程度では頷けないほど神話の女神に合っている。いや、普段から神話じみていると言った方がいい。

 ところが、いざ女神らしい衣装をつけると、ラライスリらしくなると同時に一人の人間らしくもなるのだ。

 なぜなのか?

 洋一には、その辺を分析する時間がなさそうだった。船室のドアが開いて、どっと人が繰り出してきたのである。同時に、いきなりクルーザーが加速を始めた。今まで微速前進というところだったのが、はっきりと速度をあげている。真正面には、カハ・カハノク両船団。

「ヨーイチ、位置について」

 ミナが呼んだ。見ると、ミナ自身が自分の定位置についている。サラが黙ったままポーズをとり、シャナは洋一に恥ずかしげにちょっと微笑んでからゆったりと立った。

 洋一は、2人の美少女を従えてあの椅子に向かった。腰掛けると、さっそくパットが後ろから抱きついてくる。

 右手にメリッサがしなやかに跪き、サラも左手に腰を下ろす。

 最後にアンが配置につくと、「タカルルとラライスリたち」の舞台ができあがった。

 学芸会並だな、と洋一は自嘲した。しかし、なにせ配役が豪華だ。タカルルだけはいただけないが、その他のメンバーはどれをとっても逸品ぞろい。日本のアイドルグループだって、これほど粒がそろわないだろう。

 その時、洋一はショックを受けた。

 どうして俺はもとのままなんだ?

 当事者であるだけに最後まで気づかなかった。誰も、洋一に着替えろと言わなかったのだ。従って、ラライスリたちに囲まれたタカルルは、あいかわらずボロボロのジーンズと破れかけたTシャツという姿である。

 これでは、神様というよりは浮浪者だ。日本でいうなら貧乏神並である。

 あわてて立ち上がろうとしたが、サラにさりげなく止められた。もはや、幕は上がってしまっている。

 自分で気づかなかったのはうかつとしか言いようがないが、それにしても誰一人として注意してくれなかったのも冷たい。メリッサやサラですら、着飾った自分たちと洋一を並べて、何も言わなかったのだ。ミナだって、一言くらい声をかけてくれてもいいはずだ。

 洋一の分の衣装がなかったのかもしれない。しかし、あの海のカハ祭りのイベントのときですら、洋一用の衣装はあった。あのタカルルの衣装は雑に作ったものだったが、それでも一応はタカルルらしかった。洋一にだってそのへんの材料ででっちあげられそうだったにしても。

 恐ろしく手の込んだラライスリたちの衣装が出来ている以上、作る暇がなかったとか材料がなかったとかという理由ではないはずだ。

 忘れていたとしても、極端に言えばさっきの休憩時間くらいの暇があれば何とかなるはずだ。ラライスリと違って、タカルルは綺麗とか華麗とかいうイメージがなくてもいいのである。

 するとミナたちは、はじめから洋一の衣装を用意するつもりはなかったのか。そうとしか思えない。そして、メリッサやサラも、その判断を認めているのである。

 洋一が着の身着のままなのは、意図されたことだったのだ。

 なぜなのか。浮浪者のタカルルと複数のラライスリを並べてみせて、何か効果があるとでもいうのだろうか。

 そもそもタカルルとはどういう神なのだろう。フライマン諸島の神話では、タカルルというのはかなり上位の神ではなかったのか。ラライスリの恋人なのだから、それなりに華麗な風貌というか姿をしているはずだ。いや、そうではないのだろうか?

 洋一は混乱していた。覚悟は決めていたつもりだったが、そのことが気になって居ても立ってもいられない。何か、周り中が共謀して洋一を騙しているような気がしている。

 その間にも、クルーザーは高速で進んでいた。後ろから第3勢力の船団が追ってくる。ミナの父親は、このまま突っ込むつもりなのだ。

 洋一の座っている椅子は、進行方向真正面を向いていた。前方から吹き付ける風がそのままぶつかってきて痛いくらいだ。ラライスリたちの衣装も風に吹きつけられ見るかげもない。

 太陽は斜め前方にかかっている。まぶしいほどではない。まだかなり高度があって、日没までは数時間はあるだろう。

 そういえば腹が減ったな、と洋一は思った。いつ食べたのか、それとも食べなかったのか、まったく思い出せない。喉も乾いていて、口唇がかさかさだ。

 一世一代の大舞台に挑もうとしているにしては、あまりにも心身ともに無様である。学芸会だって、主役にはもう少し気を使うはずだ。ヒーローのはずなのに、衣装もなければセリフもなし、演技指導すらしてもらえないとは、こんな役引き受けるんじゃなかったという思いがますます強くなる。

 前方に点々と小型の漁船が浮かび上がったかと思うと、あっという間に後ろに飛び去った。カハ族の船だったらしい。見覚えのある旗がなびいているのがちらっと見えた。

 船の上にいる人たちが、何か叫びながら指さしている。それもすぐに後方に消えて行く。

 クルーザーのエンジン音が大きすぎて何も聞こえないが、騒ぎになっているらしいのがよく判った。

 前方が空いて、眩しい海面が広がる。そのまっただ中を突っ切りながら、洋一は椅子の肘掛けを握りしめていた。

 モーターボートで突っ走るのがこれほどの快感だとは。頭の中が真っ白になりかける。

 しかし、すぐにまた船が現れた。今度はさっきより大型の船が多い。船種も漁船だけではなくて、クルーザーやヨットタイプもまじっている。どうやら、さっき突っ切ったのは船団の外縁部分だったらしい。カハ船団を斜めに横切る第3勢力の船団は、今カハ船団の中間部分にさしかかろうとしているのだ。

 カハ船団は、突っ込んでくる第3勢力にあわてふためいているようだった。整然と揃っていたらしい行列が乱れて、各船がてんでばらばらに方向転換している。幸いそんなにスピードを出していなかったようで、ぶつかりかけながら危うく回避しあう船が目についた。

 第3勢力は、まったく速度を緩めなかった。最小限度、方向をずらせただけで、カハ船団の前方を堂々と横切ってゆく。

 洋一には意外だったが、カハ族の船団はかなり広い地域に広がっているようだった。合戦が始まりかけているとしたら、てっきり船同士がぶつかりあうくらい密集していると思いこんでいたのだが、実際には十数隻単位の固まりの間は大きくひらけている。

 この辺は、まだ戦場になっていないらしい。その証拠に、前方から現れるのはカハ族の旗を立てた船ばかりだった。

 再び前方に広い海面が広がる。

 ぶつかってくる風に遮られながら見つめていると、正面の水平線にまたポツポツと白い点が現れてきた。その中のひとつ、ほぼ真正面にある点がひときわ大きい。

「あれは……」

 思わず口に出してしまった。パットが何か言いながら洋一の顔をのぞき込んでくる。

 それには答えず、洋一は黙ったまま一心にその小さな点を見つめた。

 間違いない。あのシルエットは、カハ祭り船団の食事船だ。第3勢力の船団は、カハ族船団の中心にたどりついたのだ。

 あの食事船が、カハ船団の旗艦かどうかはわからないが、そうでなかったとしても重要な船であることは間違いない。海のカハ祭りは、あの食事船を中心にして行われていたのだし、ソクハキリやアマンダもいるはずだからだ。

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