第129章
メリッサはどうだろうか。
思いこみが激しいタイプだ。美貌だけではなく、人を引きつけるカリスマにも恵まれているが、それはその性格と表裏一体だろう。
今のメリッサは、洋一を置き去りにしたという自責の念と、その負債を返さなければならないという強迫観念に支配されているように思える。おそらく、恋愛感情などは毛筋も入り込んではいまい。だからこそ、今のように洋一に不用意に近づいたり、無防備な態度を平気でとったりするのだ。
自分の行動が、回りにどういう影響を及ぼすのか、メリッサには判っているのだろうか。
身近でみている限り、限定的には理解しているようだ。ソクハキリの妹であり、カハ族のラライスリとして何をすれば良いのか、という理解の仕方をしてはいる。
しかし、それにしては行動があまりにも無防備だった。利用されるのを待っているかのような、危なっかしい動きをする。ただし、見かけと違って、自分の損得や利害では動かないことが、メリッサを救っている。
普通、これだけの立場や条件が生まれながらにして与えられていれば、性格的に歪むものだ。美貌とカリスマ性、指導者の妹という立場、どれかひとつだけでも「高慢ちきな利己主義者」という性格を形成するのに十分な条件である。しかもメリッサの場合しっかりものの姉がいて、指導者階級の責任から解放されてすらいる。
メリッサの性格は、そういう意味では影響を受けていないとは言えない。ただし、普通の人間とは違った方向に発達したように見える。
前にアマンダが、メリッサを評して良妻賢母タイプと言ったが、それは一部しか当たっていないだろう。ただ、料理が上手とかよく気がつくとかいうだけでは、良妻賢母とは言えまい。
洋一のみたところ、メリッサはむしろ良妻賢母からは一番遠いタイプだ。行動力も生活力もあるし、自分の行動原理をしっかりと持っていて、誰かのために尽くすといった考えは見られない。それに、男に甘えることも、甘えさせることも不得手だ。
それは経験不足という理由かもしれないが、現時点ではメリッサは誰かの妻や母におさまる気はまったくあるまい。
メリッサ自身が何かをしたいとか、何かを目標にしているということはないらしい。目的がなく、毎日の生活をいわばアイドリングで動かしているだけなので、傍目には良妻賢母型に見えるかも知れない。一見したところでは、誰かの役に立つために待機しているようにも見えるが、それはメリッサの本質ではないという気がする。
本当のメリッサは、もっと激しい性格なのではないだろうか。そしてそれが自分で判っているからこそ、本能的に自分を抑えて生きているのだ。
その不安定さがカリスマとなって人を引きつける。しかし、引きつけられながらも人はメリッサの不安定性を無意識に感じ取って、遠巻きにするだけなのだ。
そういう考察が出来るのが不思議だった。これでは、恋する女の子のことを考えているのではなく、何かの実験対象について分析しているようだ。
俺は、メリッサが嫌いになったのか?いや、そんなことはない、と洋一は思った。こうして並んで座っているだけでもドキドキしているくらいだ。パットにしがみつかれていることも気にならないくらいである。
では、恋が終わってしまったのだろうか?
自分が恋しているかどうか、自分で判断できるかどうか判らない。そもそも、これが恋なのかどうかも判らない。
でも、となりに座っている女の子がとても好きだし、こうして手が触れ合いそうになっているだけで心臓の音が大きくなるというのは、恋の証拠と言えないだろうか。
洋一にはよく判らなかった。メリッサのことは好きだ。だが、これまでの洋一の行動と言えば、自分でも信じられないくらいプラトニックにとどまっているのである。
カハ族とカハノク族の対決に第3勢力までからんだ巨大な重圧に押し流されている上、メリッサ以外にも魅力的な少女たちがゾロゾロ現れるせいで、洋一としてはどうしても慎重に成らざるを得なかった。だがそれを考えてに入れても、これまでは恋する相手に対するアプローチとは言えないような動きしかしてこなかったことも確かである。
いや、それ以前に、俺は今以上の進展を望んでいるのだろうか? 今だって、メリッサという女の子をほとんど独占している状態だ。おまけに、メリッサの態度もほとんど恋人といってもいいくらい親密で、手料理まで食べさせてもらっている。普通、ここまできていれば十分恋人といってもいい。
さらに、メリッサとそういう状態でありながら、他にも水準以上の美少女たちが洋一を取り巻いているのである。パットは例外だが、そんなおいしい状況なのに、女の子達の間で表だった争いが起こっていない。表面的にはいたってなごやかに、洋一と美少女たち、という環境が設定されている。あまつさえ、どこまで本気なのかは判らないが、ミナからは告白すら受けているのだ。
どう考えてもおいしすぎる。この先どんなに事態が変わろうが、今以上の状況になるとは思えない。だったら、このままにして愚者の楽園で過ごしたいと思うのが人情なのではないだろうか。
もちろん、そんなのは戯れ言だし、それは洋一にもよく判っている。砂上楼閣のてっぺんではしゃいでいても、いずれは崩れ去る。その時は、すべてを失っているだろう。
要するに、逃げるわけにはいかないということだ、と洋一は思った。
とにかく今は、自分に出来ることをやればいい。真剣に真面目に頑張っているかぎり、悪い結果にはなるまい。
その結果として、メリッサを失うことになれば、それは仕方がない。もしそうなら、どんなことをしたって結局は同じ結果になる。
そもそも、メリッサが自分のものというわけでもないのだ。持ってもいないものを失うことは出来ない。さらに言えば、こんな超弩級の美女に相手してもらっているだけでも幸運で、将来のことまで望むのは身分違いというものだ。
「ヨーイチさん?」
またぼんやりしていたらしい。目の焦点が合うと、けぶる長い金髪と紫色の瞳があった。
メリッサが洋一の顔を覗き込んでいる。心配そうな表情だった。それがまた、ゾクゾクするような憂いを醸し出していて、洋一の心臓が跳ね上がった。
「ああ、大丈夫。そろそろ準備しようか」
洋一は、何とかごまかして立ち上がった。パットが急に引っ張られて目をパチパチさせる。どうやら、洋一がぼやっとしていたのを幸い、眠り込んでいたらしい。
「はい」
メリッサも従順に従う。横に立った途端、ラライスリの衣装が風になびいて、洋一の心臓は再び飛び上がった。
メリッサと結婚する男は、毎日起き抜けにこの衝撃を味わうのだろうか。慣れればいいが、毎回これだけのショックを受け続けていると、寿命が縮むのではないか。
そんな洋一の思いに全然気づいてないメリッサは、颯爽と歩きだした。もう悩んでいる様子はない。それどころか、自信に満ちあふれたその姿は、まことに海の女王にふさわしい。
女神というよりは、女王なのだ。メリッサのラライスリは、何というか人間味がありすぎる。神というものは、人間などには左右されないものだ。あくまで神々の意志が主であり、人間などはほんの気まぐれに相手にする程度の存在でしかない。
ラライスリも、本来は人間から崇め奉られて、それでも気まぐれに行動する女神だ。恋人であるタカルルのいうことこそ聞くものの、人間がいくら騒ごうが影響されるものではない。
ところがメリッサのラライスリからは、人間的な憂いや歓喜といったナマの感情を感じるのだ。もちろん、人間が扮しているのだからそれは当然なのだが、メリッサの場合はもっと切実に、剥き出しの想いがぶつかってくる。