第128章
ミナは、洋一を落ち着かせると、続いてラライスリたちの位置を決め始める。だが、それはすぐに頓挫した。パットが洋一のそばを離れないのだ。
とりあえず洋一の周囲にメリッサやサラを立たせてみたが、満足がいかないのか腕を組んで頭をひねっている。
パットが洋一の左腕にしがみついているせいで、メリッサたちの配置のバランスが悪くなっているらしかった。
見かねたメリッサが何か言ったが、パットも当然のように聞く耳を持たない。かといって、洋一から言ってやることも出来ず、ミナが空を仰いだ時、サラが動いた。
サラは、パットに顔を寄せると何か囁いた。パットの方も、みんなに聞こえないようにサラの耳に囁き返す。サラは一瞬考えてから、パットに何か言った。すると、パットはにっこりと笑って、洋一から離れたのである。
あっという間の出来事で、ミナも洋一もあっけにとられている間に問題は解決してしまった。
サラは定位置に戻り、パットはミナのそばに近寄って一言二言話す。ミナは、珍しくしどろもどろになりながらパットに指示した。パットは頷いて、さっさと指示されたらしい場所に移動する。
ちょっとの間、辺りはシンとしてしまった。ミナも洋一も澄まし顔のサラを見つめるばかりだったし、メリッサもびっくりした顔で妹とサラを交互に見ている。アンはあまり関心なさそうだった。この少女はミナがからまない限り動じない。
シャナはあいかわらず冷静に見えた。もっともその表情には、ほんの少しだがなにやら自慢そうな感情が浮かんでいる。自分の目標とするサラが、この場を仕切っているミナをさしおいて問題を解決したことで、内心鼻高々なのは明らかだった。
ミナは、さすがにいつまでも唖然としてはいなかった。すぐに立ち直ると、テキパキと指示し始める。
今度はパットも協力的で、ミナの言うままにあちこちに移動していた。
ミナは、ひとしきり少女たちを動かした後満足したらしい。最後に自分も洋一の椅子の前にひざまずいてポーズをとってから、日本語で言った。
「これでいいと思います。みんな、今の自分の位置を覚えておいてください。多少の変更は大丈夫なので、なるべく楽な姿勢で」
ミナがパットのために同じことを現地語で言っている間に、洋一は周りを見回してみた。
洋一の右手にメリッサ、左手にサラがいる。前はミナで、洋一の右斜め後方はシャナ、左後方がアン。そしてパットは、洋一の真後ろの台の上に立って、洋一の肩に両手をかけていた。
パットの位置と姿勢は、ミナなりに気を使ったせいらしい。パットは、とりあえず洋一とくっついていられるので満足そうだった。
「それじゃ、まだ時間があるから待機していてください。15分後に作戦を開始します」
ミナの言葉に、少女たちがいっせいに動いた。サラとシャナが何か話しながら船室に消える。
ミナも、さっさと船室に消えた。今は第3勢力の作戦参謀に戻っているらしい。自分の感情を切り替えることが出来るのだ。
アンも消えていた。ミナの従者らしく、主人の後を追ったのだろう。
その結果、甲板には洋一とカハ族の2人だけが残った。第3勢力の連中は、作成開始が近いせいか誰もいない。真剣勝負なのだ。ぼやっとしているのは、洋一だけかもしれない。
「ヨーイチさん?」
メリッサが心配そうに言った。ほとんど目の前に、神秘的な紫色の瞳とけぶる金髪をみつけて、洋一はのけぞった。高い椅子に腰掛けたままなので、メリッサが立つとちょうど目の高さが同じになる。
「ヨーイチ!」
こちらは、後ろからの羽交い締めだった。パットが洋一の椅子の背もたれを乗り越えそうに身を乗り出して、両手を洋一の首に回していた。
「パ、パット、ギフアップギブアップ!」
「パティ!」
洋一とメリッサにステレオ攻撃されて、パットは不承不承両手を緩めた。しかし、解放するつもりがないのは明らかである。素早く台を降りて椅子の横に回り込むと、いつものように洋一の腕にしがみついた。
洋一は首をさすりながら椅子から降りた。パットをぶら下げたまま、船首の辺りに座り込む。当然のようにパットが寄り添った。
それに刺激されたのか、メリッサも真面目くさった顔つきのまま、洋一の隣に腰を下ろす。
両手に花、それもとびきりの花を抱えて、洋一は落ち着かなかった。甲板には人気がないが、どこから見られているか判らない。ここで何かしようものなら、あっという間にフライマン共和国中に知れ渡るだろう。しかも、花の片方は独占欲が強い。おまけにその宿命のライバルとでもいえる美女が反対側にいるのだ。
ここで今面倒を起こすわけにはいかない。だから、洋一は内心ビクビクしながらも、落ち着き払った演技をしていた。
横目で見たところでは、メリッサはリラックスしているようだった。ゆったりと横座りになり、髪をかき上げたりしている。
問題はラライスリの衣装のままだということである。メリッサが動く度に、白い布1枚をへだてて肉体の曲線が露わになり、嫌が上にも想像力を刺激してくる。全裸でいるよりエロチックかもしれない。
あわてて目を転じれば、そこにいるのは幼いラライスリだった。満足しきった表情で、ショートの金髪を洋一の胸にもたせかけている美少女。
小柄ながら、その身体は幼女というには発達しすぎている。洋一が腕に少し力を入れただけで、パットは洋一の胸にすっぽり入ってしまうだろう。あまりにも魅力的なその想像は毒だった。
せめて、どちらか片方にしか会っていなかったら、悩むことなどなかっただろう。いや、その場合はラライスリとしての少女ではなく、素直に恋人として認識できていたかもしれない。
だが、洋一はまだ疑いを捨てきれなかった。疑いというよりは、確信に近い。この美少女たちが、これだけ自分に好意的なのはなぜか。
ラライスリではなかったとしたら、彼女たちはタカルルでもない一介の日本人を相手にしてくれただろうか。 あり得ないことだっただろう。
まず最初に出会ったのはパットだった。アグアココのソクハキリの屋敷で、この利発な少女は最初から洋一を受け入れてくれた。もっとも、ここまでしがみつかれるようになったのは、カハ祭り船団が出航してしばらくたって、あのイベントで最初のキスをされてしまってからだ。
あのときまでは、洋一はパットにとっては少し目新しい遊び相手でしかなかったはずである。今でも遊び相手であることにはかわりないが、もはや執着というよりは強迫観念のようになっている。本来の目的を外れて、メリッサとの闘争の道具になってしまっているようだった。
そしてメリッサ。彼女にとって洋一は、ソクハキリの屋敷では回避すべき有象無象の一人でしかなかった。存在すらまともに認識していたとは思えない。
それが、イベントの日に食事船で出会い、初めて洋一を人間として意識した。
おそらく、パットの存在が大きいはずだ。その時にはパットは洋一にかなりなついていたし、妹が心を許す相手ということで、洋一の点がかなり甘くなったのは間違いない。
そして、洋一に接近するメリッサに刺激をうけて、パットの方は洋一に過激な執着をみせるようになってしまった。パットはいい。この美少女は、ただひたすら純真無垢だ。いずれ時が解決してくれる。