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第126章

 気を取り直して振り向くと、ちょうど船室のドアから美しいものが現れるところだった。

 まずは、サラだった。サラは、紅い衣装を纏っていた。ぱっと見たイメージは、矛盾するようだが、なごやかで大人しい。思わず目をこすってみたが、鮮やかで派手な原色であるにもかかわらず、その印象は変わらない。

 サラの顔を見ると、いつもの澄まし顔である。ほとんど日本人といってもいい顔つきや肌色が、不思議なことにドレスに見事にマッチしている。

 そういえば、サラが纏っているのはドレスなのだ。これも、広がった長い袖やゆったりとしたマント風の上着、それにサラの長い足のラインを浮きだたせながら、まとわりつくように流れるスカートが見えていながら、全体としての印象は薄い。よく見直してやっと気がつくくらいだから、よほど他の何かに気を取られているのだ。

 もう一度見直して、洋一は気がついた。

 サラは、この風景に見事なくらい溶け込んでいる。澄み切った蒼空と、ここちよく吹く海風、そして海や空にポツポツと自らの存在を主張する白い雲や波。その中に、場違いにも思える原色のドレスを纏ったサラは、しっかりとはまっている。

 絶妙な配色だった。まったくかけ離れた色が、海や空と相互に補完しあっているのか、違和感どころか存在感さえ曖昧でありながらしっかりと意識に焼き付けられていた。

 これもまた、ラライスリだった。非現実的なまでにココ島の海に溶け込む美少女は、それ以外の何者でもない。サラだからそうなのか、衣装やサラの外観のせいなのかは判らない。どちらにせよ、今のサラはカハノク族のラライスリとして必要なすべてを持っていた。

 これも、第3勢力の用意した衣装なのだろうか。だとしたら第3勢力は実に用意周到に計画していたことになる。いや、そもそも第3勢力が単独で出来ることなのか?

 そんな洋一の思考は、船室から最後に現れた姿を見た途端に吹き飛んだ。

 洋一だけではなかった。いつの間にか周囲に集まってきていた連中の会話も同時に止まった。あたりが静まりかえる。おだやかな波の音だけが響く甲板に、その女性は進み出た。

 洋一はこれまでに一度も盛装したメリッサを見たことがなかった。洋一の前に現れるときは、いつも普段着か、活動的なラフな格好だったのだ。

 その姿ですら、メリッサは人の目を捉えて離さなかった。何も意識せず、飾ろうという気持ちすらない状態でも、映画スターのようにしか見えなかったのは、洋一が今まで散々経験してきた通りである。

 もちろん、飾らない故の魅力というものもあっただろう。メリッサ自身の魅力は、衣装などなくてもフェロモン並に回り中の視線を引きつけることが出来ることは間違いない。

 だが、その資質に加えて、おそらくは一流のデザイナーやスタイリストの手によって飾り立てられたメリッサがどんな姿になるのかは、洋一の想像を越えていた。

 メリッサが纏っているものは、白い布のように見えた。ギリシャのケープかトーガ風の、あちこちに弛みがあるドレスだ。肩は剥き出しで、腕も肘あたりからは袖がまとわりついているだけに見える。

 メリッサの胸や身体の線が、はっきりと判る。そして、一見ロングスカートのように見える布にはスリットが入っていて、完璧な足が見え隠れしていた。

 メリッサは微笑んでいた。特にメイクしているようには見えないが、その美貌はやはりどこか違って見える。髪にも何かされたらしく、いつもの自然な流れが複雑な渦や形に整えられている。

 そういう部分ごとに認識していっても、全体は判らない。しかし、そうせざるを得ないのだ。なぜなら、メリッサを見ようとすると圧倒的な何かのために思考停止に陥ってしまうのである。

 感動だった。何か、悲痛なまでに強く訴えかける芸術を見ているような気がする。歴史に残るような大作映画とか、巨匠の代表作の絵とかを、いきなり目の当たりにしたら、似たような気持ちになるかもしれない。

 その美が、ふわっと近寄ってきた。洋一の目の前で立ち止まると、両手の指を合わせてちょっと首を傾げる。

 洋一が何も言わないので、その美貌が少し不審そうな表情を浮かべ、洋一の顔をのぞき込んできた。

「ヨーイチさん?」

 途端に、どっと音が飛び込んできた。波の音や鳥の鳴き声、周りから低く響いてくる船のエンジン音などが認識される。同時に、身体に当たる風や塩辛い味なども蘇ってくる。

 どうやら、声をかけられるまでは全感覚がメリッサに集中していたらしい。

「ヨーイチさん、大丈夫ですか?」

 メリッサの方は、自分が原因だとは夢にも思っていない。心配そうな表情で洋一の顔にその美貌を近づける。今にも洋一の肩を掴んで揺すぶりはじめそうだった。

「だ……い……じょうぶだ。なんでもない」

 洋一は、激しく息をついだ。呼吸も忘れていたのだ。胸に突き刺さるような痛みを感じいたが、かろうじてひきつった笑いを浮かべる。

「それならいいんですが」

 メリッサはまだ不審そうだったが、そのとき洋一より遅れて呪縛が解かれた周りの群衆が一斉に歓声をあげた。

 洋一とメリッサの周りは、船の全員が集まったかと思えるような人だかりだった。そのほとんど全員が何か言ったり叫んだりしている。もちろん洋一には何を言っているのか判らない。だが、群衆の態度は『ラライスリ』にいたときとは明らかに違っていた。

 メリッサに向けられる賞賛の声は、アイドルやスターへのものではなくなっている。どちらかといえば、これは女神への祈りに近い。

 人々の態度もスターめがけて押し寄せるファンというより、崇拝する何かに対するものだ。メリッサと洋一を中心とした半径2メートルほどの円が空白になり、それ以上近寄ってこようとはしない。

 メリッサは、周りのそんな状態はまったく目に入っていないようだった。ひたすら洋一に注目している。それでも、新調した衣装は気になるらしい。洋一が自分の服に注目していると思ったのか、ためらいがちに聞いてきた。

「ヨーイチさん、これ、おかしくありませんか」

「全然おかしくない」

 洋一には珍しく、きっぱりと言う。実際、その衣装はメリッサの魅力を完全に引き出しているように見える。

 光り輝くような姿なのだが、どこかに陰があって、そのせいで単なる美女の域を越えてしまっているのだ。これがパットなら、ひたすら明るい女神でいいのだろうが、メリッサの場合は陰性の魅力が強い。これがメリッサのカリスマの正体なのかもしれない。

 ただ美人なだけなら、これほどまでの吸引力は持たないだろう。今のメリッサは、強烈に引きつけられながらも、一種近寄りがたいような本能的な恐れすら感じさせられる。

 どうやらメリッサの衣装は、そのへんまで計算に入れてデザインされているようだった。一見するとただのトーガのようだが、それを着たメリッサの明るさとその陰に潜む闇、優しさと無関心さ、人間としての魅力と人ならざるものの属性をくっきりと強調してみせている。

 しかも、驚くべき事にはそういった効果にメリッサ自身がまったく気づいていないらしいのだ。もともと周囲には無関心、というかむしろ関心を持つことを拒否しているような娘だったが、その性格はあまり変わっていない。ここ数日で、洋一やサラたちには普通に接するようになってきているが、それ以外の連中は目に入っていないのだろう。だから、これだけの群衆に囲まれながら、洋一にしか話しかけてこないのである。

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