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第125章

 操舵室は広くて、2,3人は入れそうだっだ。本格的な大型外洋航行用クルーザーだ。操舵室の壁面に船名らしい文字があった。幸い洋一にも読める英語、というかアルファベットである。

「ILLISHIA……?イリシャ、か?」

「イリリシア、と読むのよ。光を司る女神で、タカルルの妹神。ラライスリやタカルルの世話焼き係」

 背後から声がかかった。続いて、洋一の背中に誰かがもたれかかってくる。肩におかれた手と、背中を熱く押してくる感覚で、洋一には判った。

 こんなことをしてくるのは一人しかいない。誘惑モードに入ったミナだ。

 洋一はため息をついて振り向いた。同時に少し後退して、しなだれかかってくるミナから離れる。

 ミナは、洋一にかわされるとゆったりと腕を組んで、婉然と微笑んだ。その姿に、洋一は絶句した。

 ミナは、水色の衣装をつけていた。派手だが下品にならず、衣装自体よりミナの魅力を強調するようデザインされていることは明らかである。シンプルなドレスだが、ミナの身体の線をはっきり浮きだたせていて、特に胸が強調されている。帽子ともバンダナともつかないかぶりものからは、いくつものリボンが流れていた。よほど軽い材料なのか、わずかな風にもなびいている。

 衣装は、よく見ると単純な水色ではなく、流れるようなイメージで色の濃淡がつけられていた。離れて見ると幻想的なイメージに感じられるに違いない。

 洋一には判った。これはラライスリの衣装だ。

 それは判っていたことではあった。もともとミナはラライスリ神殿の巫女の娘なのである。いずれは母親の跡を継ぐはずだし、第3勢力としてはここ一発の重要な場面でその特徴を利用しないはずはない。むしろ、今まで思い当たらなかった洋一の方がうかつと言える。

 女の子たちが姿を消したのは、こういうわけだったのだ。第3勢力にしてみれば、今回の騒動は浮沈を賭けた一戦である。総力戦なのだ。だったら、持てるものすべてを利用しようとするのは当然である。

 ミナだけではない。考えてみれば、現時点で第3勢力は洋一だけでなく、カハ族とカハノク族のラライスリをも握っていることになる。これだけでは戦局を変えるには至らないまでも、相当強力なカードだ。

 特にメリッサの存在は大きい。第3勢力の若者たちにまで浸透しているそのカリスマは、うまく使えば状況を動かす梃子になりうるかもしれない。

 その上、カードとしては未知数だが洋一の存在もある。そして洋一を動かすには、ラライスリたちを動かせばいいのだ。

「ヨーイチさんって、ほんとに面白いのね。表情だけで、何考えているのか全部わかっちゃう」

 ミナがおかしそうに言った。それから、洋一の表情を見てあわてたように続ける。

「好きよ。そういうヨーイチさんが好き」

「……何を言いたいんだ?」

「何も。今のが、私の正直な気持ち。ヨーイチさんには関係ないの。私が勝手に思っているだけだから」

 洋一は絶句した。

 とても対抗出来ない。ミナは、人の心や行動を操ることにかけては専門家なのだ。洋一ごときの反抗を封じることくらい何でもない。

「またそういう顔をする」

 ミナが不満げに言った。ミナの言う通り、思考が表情にもろに出ているらしい。

「悪かったな」

「悪いわ。ヨーイチさんの考えていることは大体判るけれど、それは考えすぎというものですよ。もし私がヨーイチさんを操ろうとしたら、今こんな話をするはずがないでしょう」

「そう思わせることが罠かもしれない」

「信用ないなあ。まあ、当然ですよね。出会いが悪すぎたものね」

 ミナは、ごく自然な笑顔だった。屈託無く、洋一をまっすぐ見返してくる。自分の言ったことを自分で信じているとでも言わんばかりだった。

「でも、まあいいわ。信用は行動で取り戻すしかないもの。気長に行くつもり。カハ族のお姫様とは、まだまだみたいですしね」

 洋一は赤くなった。正直すぎるというのも問題がある。

 洋一が何と言い返してやろうかと思っていると、ミナは2、3歩スキップしてからポーズをとってみせた。

「どう? あ、もちろんラライスリとして」

「似合ってるよ」

「それだけ?」

 不満げな顔もミナらしく整っている。

 実を言うと、綺麗な上に可愛いとしか言いようがない姿だった。メリッサとは違う部分で常人から抜きんでたカリスマがある。

 何というか、舞台映えするとでもいうのだろうか。大勢が集まる場で、ひとめで判るという点ではメリッサにはかなわないだろうが、例えば劇場とかテレビとかで演技させたら全員の目を釘付けにするだろう。

 ミナの武器は演技力だ、と洋一は思った。ミナなら、完璧なラライスリをやれる。今のような衣装も必要がないくらいだ。むしろ同じ条件なら、衣装などない方がいいかもしれない。

 それでも衣装をつけたミナはとても綺麗だったし、せっかくこれだけの衣装を用意したのなら使った方がいいに決まっている。

 洋一が何も言わないので、ミナはしばらく待ってからため息をついて、それからさばさばした笑顔を見せた。

 そんなミナを実は結構気にいっていることに気がついて、洋一はうろたえた。いつの間にかミナの魔法にかかっているのかもしれない。

「ヨーイチ!」

 突然、もう一人のラライスリが現れたかと思うと、いつもの通り体当たりをかけてきた。

洋一は無意識に腰を落として身体を安定させ、ぶちかましを受け止める。

 小柄なラライスリは、短い金髪から光を振りまきながら笑っている。何時の間に持ち出したのか、カハ祭り船団のイベントで着けていたラライスリの衣装をまとっていた。

 だが、今のパットにはあのときの恥じらいは微塵も感じられない。元気いっぱいのかわいいパットのままだ。それはそれでラライスリとしての一面を表しているようで、魅力的である。

 パットはひとしきり洋一の胸に頭をすりつけた後、がっちりと洋一にしがみついた。洋一の左腕を自分の陣地だと思っているらしい。洋一を気に入っているというよりも、お気に入りのおもちゃを取られまいとして意地になっているという印象である。

 洋一としては、どちらかというとそっちの方が気が楽だった。パットと接するときは常にロリコンの汚名を着せられる恐れがつきまとっている。それに、メリッサがいるのに他の女の子に目移りしているときではない。大体、パットはメリッサの妹なのだ。「美しい姉妹」という言葉には、背徳ゆえのぞっとするような魅力があるだけになおさら近寄りたくない。

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