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第124章

 洋一が目を開くと、メリッサの紫色の瞳がまっすぐ見返していた。何度見ても釘付けにされてしまう衝撃的な美だ。メリッサ自体には慣れてきている洋一だったが、この至近距離ではとてもその衝撃を無視できない。

 メリッサは、泣き笑いのような表情をしていた。これだけの美貌にもかかわらず、メリッサはとても表情が豊かだ。澄ましているときは彫像のような近寄りがたい印象なのだが、今のように感情がストレートに表情に現れると、一転して人間的すぎるほど親しみやすくなる。

 そんな表情でも、メリッサは美しいのだが。

「ヨーイチさん、ごめんなさい。また、わがまましてしまいました。パティに恥ずかしいです」

 ぎこちないセリフだった。日本語に堪能なメリッサとは思えないくらいである。とつとつとした話し方は、こみ上げる感情を押さえているかららしい。

「俺は……」

「ヨーイチさんは、悪くないです。とにかく、今は私たち、邪魔になるみたいです。だから、私も行きます」

 メリッサが立ち上がる。洋一は、思わずメリッサの手を掴んだ。

 洋一自身がびっくりしていたが、メリッサにとっても不意打ちだったらしい。向かい合ったメリッサの頬が赤くなり、恥じらうような俯く。

「ヨーイチ、ややこしくしないで」

 サラがいきなり割って入った。洋一とメリッサが、ぱっと手を離す。

 皮肉げ、というよりは呆れたような表情のサラは、洋一に諭すように言った。

「気持ちはわからなくもないけど、そんな場合じゃないのは判っているでしょう。何も今生の別れというわけでもあるまいし。引き留めてどうするのよ」

「いや、俺は別にそういうつもりでは」

「そういうもどういうもないのよ。メリッサの言う通り、今のヨーイチはひとりの女に入れ込む余裕はないの。特にただの女はね」

「ただの女って……?」

「いいから、ここで待機してなさい。私たちは準備しに行くから」

 わけがわからない洋一を残したまま、サラはメリッサをせき立てて船室を出ていった。シャナが、最後ににっこり笑って立ち去る。洋一はがらんとした船室にひとり取り残された。

 どうやら彼女たちは何かの準備をしに行ったらしい。サラだけではなく、パットもメリッサもそのことは判っていたようだ。ミナが来なかったのも、その準備とやらのためなのだろうか。

 サラの言葉も気にかかる。今の俺には、ただの女は邪魔だと? 何のことやらまったく見当がつかない。

 だが、少なくともミナたちには何か計画があるらしいことが判った。洋一が悩んでいる間にも、第3勢力は着々と準備を進めているのだ。これで、少しは望みが出てきたとみていいのだろうか。その計画を、洋一にだけうち明けなかったという事がちょっとひっかかるが。

 その理由が何となく判った気がして、洋一はまた気鬱に襲われた。何をやろうとしているにせよ、洋一が喜ぶようなことではあるまい。ましてや、準備に時間がかかるようなことだとすると。

 それにしても、今戦争はどうなっているのだろう。洋一は少しためらってから船室を出た。別にそこにいろと命じられたわけでもないし、ちょっと様子を伺ってみようと思ったのである。

 隣の大部屋は、さっきとほとんど同じ状態だった。所狭しと通信機器らしい機械が置かれ、その前に座った男女が忙しくマイクに向かっている。洋一が後ろを通っても、ろくに注意を払わない。

 たまにちらっと目をやる者がいても、すぐに興味を失ったように無視される。それもそのはず、この部屋にいる大半の者と、洋一は外見上何も変わらないのだ。

 すり切れたジーンズとTシャツ、ボロのスニーカーという服装で、ほどよく日に焼けた肌は、保護色さながらにフライマン共和国にマッチしている。日本の学生街と同じくらい、今の洋一はこの南洋の島で当たり前の姿になってしまっていた。

 パットやメリッサがどうして洋一に興味をもってくれたり慕ったりしてくれるのか、まったく判らない。洋一なんか、ここにいる連中に混ざったらもう見分けがつかなくなりそうなのだ。

 まあ、外見というわけではないのだろうな、と洋一は諦めに似た気持ちでひとり頷いた。自分でも判っているが、洋一のルックスはまさに標準的日本人といったレベルである。ハンサムでも醜くもなく、痩せても太ってもおらず、ノッポでもチビでもない。

 日本でつき合ったことのある女の子たちも、洋一の容姿については何の感想も漏らさなかった。洋一の外見に引かれて交際した娘はいなかったはずだし、ふられた理由も容姿ではあるまい。

 異性関係ではまったく冴えない実績しか残せなかった洋一なのだ。それは、日本を離れたからといって、そう簡単に変わるものではないだろう。

 すると、現状を説明する理由はひとつしかない。

 「運」だ。

 宝くじに当たる、というような状況はこんなものだろうなと洋一は思っていた。本人の努力や能力の向上によらず、状況が劇的に変化する。それはまさしく運だ。

 「果報は寝て待て」ではないが、洋一がやったことといえば日本を飛び出しただけで、その後は流されるままに動いていたらこうなってしまった。

 今の状況は、実を言えば全部が全部ラッキーというわけではない。見ようによっては人生最大のピンチに追い込まれているとも言える。へたをすると命にかかわるかもしれないのだ。

 命まではとられなくても、動き方ひとつでこの先一生顔を上げて生きていけないような事をしでかしてしまうかもしれない。洋一の行動の結果、誰かが死んだり怪我したりする可能性も高い。

 平和日本のノンポリ青年である洋一にとっては、考えたこともないようなリスクである。責任をとるどころか、未だに自分の生活費すら自分で稼いでいないような半人前が考えることではない。

 だが、状況は容赦がない。

 洋一自身の思いに関係なく、物事は進んでいる。あの日本領事館で、猪野二等書記官の誘いに応じたときから始まった洋一の冒険は、ここにおいてクライマックスを迎えようとしているのだ。いや、それは、あの名も知れない港町で有り金のほとんどをすられたときから始まっていたのかもしれない。

 あのときは、とにかく必死だった。日本に帰るためには、どこかの日本大使館に駆け込むしかないと思っていた。フライマン共和国などという国が、存在することすら知らなかったのだ。

 そして今は、洋一の運命はフライマン共和国にどっぷり浸かっている。ここを切り抜けるしか、生きのびるすべはない。問題は、それがどうやら洋一自身の努力ではどうにもならない状況になっているということなのだ。

 無意識のうちに明るい方に向かっていたらしい。ふと気づくと、洋一は甲板に立っていた。

 洋一の乗るクルーザーは、ゆっくり進んでいるようだった。もう『ラライスリ』は見えない。洋一たちのかわりに乗り移った人たちがどこかに移したのだろう。あれだけの高速艇だから、この船団の中でも使いでがあるはずだ。

 周りを見回すと、第3勢力の船団は後方に移っているようだった。つまり、洋一の乗っている指揮船が先頭にいる形である。そして、船団全体は「戦場」らしき方向に向かっている。もう、双眼鏡なしでも水平線上にポツポツと船らしい白い影が見える。

 甲板には人影がなかった。この船にはそう多くの人が乗っているわけではないらしい。船内で船団の通信指揮をやっている連中だけでも2桁にはなるのだが、この規模の船なら乗組員がもっといても不思議ではない。少なくとも数人のクルーがいないと航行すら出来ないだろう。

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