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第122章

 みんなの視線は、洋一を通り越して、その後ろに控えめに立つ姿に注がれていた。

 メリッサは、むしろとまどったように周りを見回している。洋一の両側をパットとミナが固めているせいで洋一に近寄れず、仕方なくやや後ろにいたのだが、背の低いパットがさらに洋一にくっついたため、その輝かしい金髪と美貌がいわばこの船室にデビューを果たしていたのである。

 船室の中は暗かったが、メリッサにだけスポットライトが当たっているようだった。カハ祭り船団で、最初にパーティをやったときもそうだったが、メリッサは周りが明るくない方が魅力的になるらしい。

 けして暗いとか、退廃的とかではないのだが、どうもその美貌は太陽の下より淡い光の元の方が栄えるようだ。

 今も、本人はまったく意識していないにもかかわらず、ただそこに立っているだけで船内のすべての男の視線を釘付けにしている。いや、数人いる女性さえもが、魅入られたようにメリッサに視線を注いでいた。

 洋一も例外ではなかったが、視線があった途端にメリッサが微笑んでくれたので、何とか呪縛をふりちぎった。女神は超然としていてこそカリスマだが、人間的な接触が出来ればただの素晴らしく魅力的な女性にしかすぎない。

 もっとも、それだけでも普通の男なら釘付けになって当然だが、幸か不幸か洋一はここ数日で免疫ができていて、そういう影響からは一時的に逃れている。

 今回は、それが威力を発揮した。船室内のほとんどがメリッサに見とれている中で、洋一は超然としていることが出来たのだ。

 もちろん、パットやミナはメリッサに見とれたりはしないが、洋一にくっついているので洋一の付属品とみなされる。その他に、いつの間にか追いついてきたサラとシャナもいたが、この主従はいつものように目立たないように隅にいる。

 洋一の方は、そんなことは全然気づきもしなかった。ただ、いきなり周りのみんなが動きを止めたために、何かミスでもしたのかとあわてたくらいである。

 呪縛を破ったのは、突然入ってきた巨大な影だった。その影が怒鳴ると、船内の第3勢力の全員が我に返って動き出す。メリッサのカリスマも、現実の怒鳴り声の前には無力だった。

 その影は、大股でのっしのっしと入ってくると、突然ギクリと立ち止まった。洋一を見ているのだが、洋一が見返すとオドオドした雰囲気しか伝わってこない。

 ミナが進み出て、穏やかに話しかけた。影が気弱げに返すと、ミナは肩をすくめる。そして、洋一を見ながらいたずらっぽく何か言った。

 影が進み出て、洋一の前に立った。

 やはり巨大な男だった。背も高い。体重は恐らくソクハキリに匹敵するだろう。そして、巨大な顔は下半分が髭で覆われている。残りの半分も、日焼けしたのか赤銅色に黒光りしていて、洋一の第一印象は「鉄人」である。そういえば、この人を明るい場所で見たのは初めてかもしれない。

 その男は、はるか上空から洋一を見下ろしていたが、いきなり覆い被さってきた。

 避ける暇もなく、洋一は鋼鉄のような腕で抱きしめられる。

 パットが驚いて攻撃したが、カモシカが象に挑むようなものだろう。男は微動だにしない。

 洋一の方も硬直していた。

 あまりにも突然だったので、感情も思考もついていかないのである。やっと我に返ったのは、その男が怒鳴るように何か言ってからだった。

 まっさきに考えたのはホモだった。この体格差では、洋一には為すすべはない。しかしちょっと考えただけで、この仮説は崩れる。これだけの人ごみの中でコトにおよぶわけはないのだ。

 もしその気になっているとしたらまごうことなき変態だが、さっきのやりとりでミナの父親だということは判っている。それに、どうやら第3勢力の中でも重きをなしているらしい。現に、メリッサのカリスマで骨抜きになっていた船室の部下たちは、この男の一括でたちまち我に返ったではないか。それほどの人物が、ただの変態であるわけはなかった。

 すると、この行動は一体何なのだ?

 そう思ったとき、男が繰り返している言葉が何となく判るような気がしてきた。音の羅列ではなく、ひとつの単語らしい発音である。フライマン共和国語は判らないと思いこんでいたが、しっかり聞こうとすれば、単語くらいは判る。単語自体が判らないだけなのだが、ミナの父が話しているのは、日本語だった。

「アリガト、アリガト」

 ありがとう、と言っているのだ。

 ミナが何か言って、その巨人は大きく頷いた。素早い動きで洋一の手を握って大きく動かす。向こうは握手のつもりらしいが、洋一としては起重機に手を挟まれて振り回されているようなものである。

 ミナの父は、ひとしきり洋一を攪拌したあと、手を離して唐突に船室から出ていった。

 後に残されたのは、毒に当たったように呆然としている洋一と憤懣やるかたないパット、苦笑しているミナ、とまどったように目をパチクリさせているメリッサ、あいかわらず冷ややかな表情のサラとシャナ、それにいつの間にか洋一の周囲に集まっていた船室の全員である。

 ミナが周囲を見回しながら何か言うと、全員がざわめきながら持ち場に戻った。今度は、洋一に対して好奇心丸出しの視線を向ける者もいる。またしてもメリッサを盗みみている男も多い。

「ヨーイチ、こっちよ」

 ミナが腕を引っ張り、洋一は思考停止のまま従った。頭が働かないというよりは精神的に疲れているため、反抗しようなどと言う気も起こらない。さっきまでの勢いは完全に消えていた。

 ミナと洋一は、船室の反対側にあるドアを抜けて、やや小さな部屋に入った。こっちはソファなどが並んでいて、このクルーザーのリビングというところだろう。カハ祭り船団で洋一たちが乗っていた指揮船の船室と同じくらいの大きさがある。船団指揮には使われていないようで、くつろいだ雰囲気があった。

 といっても、大型とはいえこの船も高速走行を第一目的としたクルーザーであり、船内に無駄な空間はない。この部屋も、ソファはベッドに変化して、夜には居住区になるのだろう。

 ミナはソファに洋一を座らせると、自分は別のドアへ消えた。さっそくパットが洋一の隣に飛び込んで腕にしがみつく。反対側には、メリッサが当然のように腰を下ろす。洋一を間に挟んで、さっそくパットと視線で火花を散らせ始めた。メリッサもすっかり行動が露骨になってしまっている。

 洋一の向かいにはサラとシャナが腰を下ろし、とりあえず船内には落ち着いた雰囲気が漂う。ミナとアン主従がいないことを考えに入れなければ、これは現在一番安定している構成なのかもしれない。

 だが洋一の心中は複雑だった。こんなことを考えているときではないのは判っているのだが、目の前に美少女たちがまとわりついてくると、どうしても思考がそっちに走ってしまう。

 パットの行動は、子供がおもちゃに執着するようなものだろうから、今は大変だがあまり悩むほどのことではあるまい。メリッサも、多分似たようなものだろう。洋一に対して引け目を感じているところに、パットという露骨な挑発者が目の前にいるので、一時的に意地になっているのに違いない。

 サラは問題ない。少しでも洋一に惚れているというような行動をとったこともないし、大体洋一のそばにいるのはカハノク族の代表としての義務であるのが見え見えである。

 それ以前に、万一洋一に対する恋愛感情があったとしても、サラの性格なら行動に移さない気がする。少なくとも、現時点では。

 そしてミナ。あの娘については、洋一はまったく判らない。何を考えているかすら判断できない。というより「ミナの考えはこうこうだ」と判断してしまうこと自体が間違いだという気がする。

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