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第120章

「ヨーイチ、手を振って」

 ぼやっとしていると、不意にサラが言った。サラも、いつの間にか洋一のそばに立っている。パットはあいかわらず洋一の腕にへばりついているし、その反対側にはメリッサが不気味な緊張感を漂わせて控えているしで、洋一は美少女たちに囲まれた格好だった。

「手を?」

「ほら、みんな期待してるわよ」

 サラが意地が悪い笑いを含ませて言う。あわてて見回してみると、確かにそういう期待感みたいなものがあった。第3勢力の船団で叫んでいる連中が、みんなこっちを注目しているのである。どちらかというと、スターを見る群衆というより、何か芸をする珍しい動物を見るような目ではあったが。

「早く」

「あ、ああ」

 洋一がぎこちなく手を振ると、それに合わせてシュプレヒコールが爆発的に高まった。

 もう、お祭り騒ぎである。

 こいつら、何か勘違いしているのではなかろうか、と洋一は手を振りながら思った。

 問題は全然解決していないのである。それどころか、目の前の海上では局地的とはいえ戦争が始まっている。そして洋一が第3勢力の船団に加わったところで、この状況を劇的に改善が出来るとは思えない。

 だのに、ここにいる連中はもう、すべてがうまくいったような気分でいるらしい。

「ヨーイチさん、心配しないで」

 ミナが、頬を紅潮させて言った。ミナもまた、洋一のそばに来ていた。年長組にパットを加えた4人の美少女に四方を囲まれ、もう洋一は身動きも難しい。

「大丈夫です。何とかなります。だって」

 ミナは、洋一の正面に立って、笑みを浮かべている。その表情に、洋一はぞくっとした。色っぽいのとは違うが、明らかに少女らしからぬ「何か」が浮かんでいるのだ。

 ミナはもともと謎の多い少女だが、これまではどんな状態になっても、どこか硬派なイメージしかなかった。洋一をご主人様よばわりしたときですら、シンには堅いものが通っていたと思っていたのだが、今のミナは違う。

 何かが決定的に変わってしまっている。

 だが、ミナはそんな洋一のとまどいなどまったく気にしているように見えない。言葉を止めていたミナは、洋一を真っ直ぐ見つめて言い切った。

「ヨーイチさんは、タカルルなんですから」

 洋一は絶句した。

 一体、ミナはどうなってしまったのだろう。これは、もう性格が変わったとかいうレベルの話ではない。あの理性的すぎるほどだったミナが神頼みなのだろうか。いや、今でも理性的に見える。少なくとも、宗教的な狂信といったふうには見えない。

 だとすると、あり得る状況としては、ミナなりに洋一を励ましている、ということなのかもしれない。そうかもしれないが、それにしては不適切すぎる。

「ヨーイチ! タカルル!」

 洋一の脳裏をそんな想念がとりとめもなく乱れ飛んだのは一瞬だった。いきなり腕を引っ張られて、洋一はよろけた。ほとんど同時に、パットが叫ぶ声が聞こえ、そして頬に暖かいものがぶつかってきた。

 パットが、つかまっている腕に体重をかけて洋一をよろめかせ、洋一の顔めがけて思い切り頬を寄せてきたのだ。

 洋一は、立ち直るときに思わずパットの腰を支えた。自然とパットを抱き上げる格好になり、目の前にパットの緑色の瞳が迫り、それが視界から消えたかと思うと、頬に派手なキスがきた。

 あっという間の出来事で、洋一にはどうしようもなかった。

 パットは、目的を達すると洋一の腕から飛び降りて、無邪気に笑いかけてくる。可愛い小悪魔、というものは本当にいるらしい。

「パティ!」

 メリッサの激高した声が降ってきたが、パットはどこ吹く風である。またしても洋一の腕に飛びつき、姉に向かって勝ち誇ったようにウインクしてみせた。

 洋一は、怖くて振り返る勇気もない。やっとのことで、メリッサの方を横目で盗み見る。

 そこには、今にもパットに掴みかからんばかりに仁王立ちになった美女の姿があった。

 周り中から注目されているため、何とか自制しているらしい。だが、その忍耐が今にも切れそうなのははっきり判る。

 しかし美しい。美人は怒ったときも美人だ。しかも今は、怒りのためかいつもより生き生きして見える。

 思わず見とれそうになった洋一は、無理矢理にメリッサから視線をもぎはなし、救いを求めて周囲を見回した。

 最初に目にとまったサラは、洋一にはまったく興味を無くしたようだ。シャナをつかまえて、2人でコソコソと何か話している。

 ミナも、いつの間にか少し離れた場所で父親と密談中だ。アンもどこに行ったのか、姿が見えない。つまり、今洋一のそばには、敵対する美しい姉妹しか残っていないのだ。2人とも、感情の制御が効かないという点では似たようなものだ。つまり、洋一は何とかしてこのじゃじゃ馬姉妹を1人でまとめていかなければならないことになる。

 しかも、洋一は周囲に手を振り続けるのをやめるわけにはいかない。周り中からの注目を集め続けているし、それでなくてもパットとのラブシーンのようなものを演じてしまったため、口笛や歓声がさらに増しているのだ。

 まだ頭が混乱してよく判っていないが、何となくこの熱狂をさましてはいけないような気がする。

 ここでメリッサとパットが喧嘩でも始めたら、すべてがおしまいになってしまう可能性もある。

 だから、洋一は引きつった顔で歓声に答え続けた。腕にしがみついてくるパットを、肩を抱きながらさりげなく引き離し、メリッサにも無理に笑いかける。

 メリッサも、洋一の意図が判ったらしく、何とか怒りを押し殺して微笑を浮かべた。パットの方を見るたびに、かすかに口元が引きつったが、遠目にはいかにも楽しそうに、そのまばゆいカリスマを振りまく。

 効果は、すぐに現れた。メリッサが洋一のそばに立った途端、周囲からの歓声が倍になったのである。

 メリッサの名前と姿は、第3勢力にも浸透しているのだろう。カハ族だけのものではないとばかり、すさまじい熱狂がよせられる。そのうちに、洋一向けの「タカルル!」に混じって『ラライスリ』への呼びかけが始まったかと思うと、あっという間に塗り替えられてしまった。第3勢力の船団に乗り組んでいるのはほとんど男、それも若い連中なのだ。得体の知れない日本人より、カハ族の女神の方が好きに決まっている。

 洋一は、こんなときだというのに気になってミナを盗み見た。ミナだって第3勢力の、というよりはフライマン共和国における、代々続く神殿の巫女の娘であり、ラライスリを祭る直系の子孫なのだ。いわば、正当なラライスリと言える。

 現に、第3勢力では父親の影響もあるのだろうが、祭りにおいてはラライスリ役が確約されているという話のはずだ。

 それが、自分のホームグラウンドでメリッサにラライスリを取られてしまった形だ。機嫌が悪くなって当然のはずである。

 ところがミナはあいかわらず真剣な顔つきで父親と話していて、周りの状況はほとんど気にしていないらしい。ひょっとしたら、第3勢力の船団がメリッサのラライスリ崇拝に乗り換えてしまったことに気がついていないのかもしれない。

 もっとも洋一の見るところ、ミナという少女は何事をもなおざりにすることなく、あらゆる状況を把握し分析し、常に周囲に最新の注意を払いながら物事を進めてゆくことが出来る希有な人材である。青年将校みたいに見えたこともある彼女が、この状態に気がついていないはずがないのだ。

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