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第11章

 朝食をたっぷり食べたせいと、昨日の疲れがまだ残っていたのか、猛烈な睡魔に襲われた洋一は、そのまま寝入ったらしい。

 なんだか急な坂を延々と登り続けているような夢からさめると、誰かが肩をつかんで洋一の身体を揺さぶっているところだった。

 洋一を起こしたのは、昨夜洋一をこの屋敷に連れてきた案内役の男だった。あいかわらず無表情で、役目だからやっているという態度が見え見えである。

 人が働いているときに、朝っぱらからホールで居眠りしているような奴がどう思われるか容易に想像できたので、洋一はあわてて飛び起きた。

 案内役の男は、だまったまま先に立って歩き出した。

 そのまま扉を開けて、外に出てゆく男を洋一はカバンを掴んで追いかけたが、扉を出た途端に息を飲んだ。

 いつの間にか、屋敷の回りには、大群衆が詰めかけていたのである。

 熱気があたりを取り巻いていた。群衆は、バラバラながらもそれなりに統制のとれた様子で、どうやら何かを待っているような雰囲気である。

 大声を出す者はいないが、あちこちでザワザワと話し声がしている。笑い顔や興奮した顔が多い。

 カハ祭りが始まったのだろうか。

 そういえば、あちこちに山車らしい飾りつけた台車が止めてある。

「おう、待たせたな」

 ソクハキリが振り向いて言った。

「これから山車が出発するところだ。もうちょっと待ってくれ」

 そう言うと、ソクハキリは取り巻きらしい男達と群衆の中に入って行った。

 すぐにあちこちで歓声が上がり、やがてソクハキリが一段高いところに上がって、演説を始めた。

 洋一には一言も理解できないが、ソクハキリがたたきつけるような口調で言葉を切るたびに群衆が叫び返し、ますます盛り上がってゆく。

洋一はホールでその様子をぼんやり見ていた。なんだか、ソクハキリがカハ族の中でしめている立場が判ったような気がした。

「ヨーイチ!」

 突然、誰かが背中に飛びついてきた。

 跳ねるような動きで、振り向かなくても正体はすぐわかる。

「や、やあ、パット」

 聞き取れない早口でペラペラペラッと話しながら、パットは洋一の腕につかまって自分の身体を振り回すように動いた。

 こうしてみると、身体の発育こそいいものの、パットはまだ子供だということがよくわかる。

 無邪気だとか、精神的に幼いとかいう前に、パットには子供だけにあるきらめくような躍動感があった。

 20歳を越えた洋一にとっては、自分が年をとったことを思い知らされる一瞬だった。

「元気だね、あいかわらず」

「ゲンキダネ?」

「んーっと、エナジィティク」

「オウ、アイムエナジィティク!」

 やはり、パットも英語の方が話しやすいらしい。

 ただし、洋一は話す方はともかく、パットのブロークンイングリッシュをヒアリングするのが難しく、会話は遅々としてはずまなかった。

 その間にも、群衆はますます盛り上がっていた。もうソクハキリの演説も歓声にかき消されてよく聞こえないくらいで、今にも暴動でも始まりそうな雰囲気である。

 突然、ソクハキリが拳を突き上げるような動作をした。群衆も吠えながらソクハキリに習う。

 数回それを繰り返したあと、ソクハキリは壇を降りたらしく姿を消し、群衆も動き始めた。

 あれほど興奮していた割には、整然と進んでゆく。あちこちに分散して置かれている山車らしきものを引くため、自然と行進のような動きになるようだ。

 洋一の目の前を、一台の山車が通過していった。

 洋一は、日本の御輿のようなものを想像していたが、カハ祭りだけあって植物ざんまいの山車だった。

 いつもは荷の移送用に使われている台車を流用したらしい荷台の上に、まるで爆発したかのように派手にデコレーションされた植物が所狭しと置かれている。

どれがカハかは判らないが、どれもこれも原色の花や葉がまじりあって、少し離れるともうゴチャゴチャの色彩しか見えない。

 そして、いくつかの台車には中心に囲いが据えられ、その中に数人の女性がいた。

 回りの色彩に負けないくらい全身を派手な衣装で飾っていて、手を振っている様子は花の精かと思うくらいである。ココ島の住民特有の浅黒い肌がかなり露出していなかったら、本当に花が踊っているように見えたかもしりない。

 不意に、パットが洋一の手を引いた。

 つられて見ると、あの無表情な案内役の男が立っていた。

 その無表情な顔が語る意味はもうおなじみである。洋一は、すぐにそちらへ向かった。

 パットはあいかわらず飛び跳ねるような動きで洋一を引っ張っている。

 ひっぱられながらふと気づくと、パットの印象がなんとなく違って見える。なんだか、ヒラヒラしたかんじがするのだ。

「ナニ?」

「いや・・・パット、着替えたのか」

「キガエタ?」

 あいかわらず、洋一の日本語はほとんど通じない。

「服を、変えた、の?」

「フク。オウ、カエタ。キガエタ」

 パットは、顔を輝かせると、その場でくるりと回ってみせた。

 膝までの白いスカートと、アロハ風の緩いシャツ。足下はちょっとしゃれたサンダルだった。

 東京でならラフな普段着でしかないこの格好は、ココ島では正装に近い。

 日に焼けた健康的な肌に、そのファッションはよく似合っていた。ショートパンツにランニングというようなわんばくな格好も合っていたが、こうしてみるとやはりパットは女の子なんだと思う。

あと数年もしたら、きっとすばらしい美人になるだろう。姉さんのメリッサとは、多分違ったタイプの美人に。

 3人は、群衆を避ける形でソクハキリの屋敷の裏に回った。かなり広大な敷地らしく、群衆のざわめきがほとんど聞こえなくなっても、まだ石垣が続いている。

 ようやく石垣が切れると、いきなり洋一の目の前に水平線が広がった。

 屋敷の裏は、すぐ海岸だったのだ。砂浜ではなく、ゴツゴツした岩が続く岸だったが、桟橋が沖の方に伸びている。

「海だ。こんなに近かったのか」

「ウミ!ヨーイチ、コッチ!」

 パットに引っ張られて、洋一は足を早めた。

 かなり急な坂道を下ってゆくと、海面からの反射で眩しい。海岸には、岩場の前にちょっとした道が出来ていて、桟橋に続いている。

 桟橋には、数隻の船がもやってあった。

 いずれも10人も乗れば満員になってしまうような小舟、いやモーターボートだろうか。

 漁船ではないようだし、どうやらこの桟橋は交通機関としての船専用らしい。ソクハキリ一家のプライベートピアというところか。

 桟橋に踏み出すと、強烈な太陽が襲ってきた。今まで木陰をたどるように歩いてきただけに、一瞬目がくらむ。さらに、海面の反射もきびしい。

「こっちだ!」

 このネイティヴな日本語は、ソクハキリだろう。洋一は手のひらで目をかばいながら船に乗り込んだ。

 ソクハキリのがっちりした手が洋一の肩をつかみ、船内に押しやる。洋一は、天井に頭をぶつけて、ソファーに座り込んだ。となりにパットが飛び込んでくる。

 すぐにエンジンがかかり、船は動き出した。

 どかっというかんじで、ソクハキリが洋一の正面に座った。狭いせいで、膝がほとんど触れ合わんばかりである。

 ソクハキリがその巨体を寄せてくると、洋一の視界はソクハキリの顔でいっはいになってしまった。


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