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第118章

 第3勢力の船団の残りが追いついてきていた。いずれもクルーザーやモーターボートで、何隻かまじっている漁船も外洋型らしい高速船である。ここにそろっているだけでも、かなりの勢力と言える。

「ヨーイチさん。呼んでますよ」

 不意に、耳元で声がした。

「わっ」

「ご、ごめんなさい!」

 耳に、甘い吐息がかかったような気がして、洋一は赤くなった。少し後退して振り返ってみると、メリッサとまともに向かい合ってしまった。

 いつの間にか、メリッサは洋一に触れあわんばかりの近くに立っていたらしい。全然気づかなかったのはうかつだった。好きな女の子がそばにいることも判らないくらい、緊張していると言える。

 こんな場合だが、洋一は久しぶりに近くで見るメリッサの美しさに見とれてしまった。けむるような金髪がその完璧な顔の周りにたなびき、神秘的な紫の瞳がとまどったようにまっすぐに洋一を見つめている。

 さっきとはうってかわって、若々しい肌は輝くばかりで、メリッサはもう心理的な陥穽から完全に脱出できているらしい。

「ヨーイチさん?」

「い、いや、なんでもない……」

 たっぷり30秒はメリッサの美貌に耽溺していた洋一だったが、固定してしまった洋一にとまどったメリッサに呼ばれて、洋一はあわててそっぽを向いた。

 情けない話だが、今の洋一には惚れた女の子をまともに見ることも出来ない。その美貌、特に美しい紫の瞳に溺れて、つい現実から逃避しそうになってしまうのである。

 そもそも、今は好きな女の子について考えている場合ではないのだ。洋一は、気を引き締めて向き直った。

 幸い、まだミナは父親と密談中だった。今のシーンは見られなかったらしい。もし見られていたら、ミナのことだからすぐに何が起こっているのか察したことだろう。

 今のミナは冷静に見えるが、女の子が外見通りに取れないのは、フライマン共和国に来てからの洋一が散々思い知ったところである。

 メリッサとパットの姉妹は、自分に正直で感情を隠さないから、洋一も安心して接することが出来る。別の意味では、所かまわない過激な行動という爆弾を抱えているのだが。

 それに対して、ミナとサラはまったく読めない。何を考えているのか全然判らない女の子の相手をするのは、激しく疲れる。プレイボーイなら、美しくてミステリアスな異性の相手なら望むところだろう。だが、洋一は単なる普通の日本の大学生なのだ。

 ふと気づくと、ミナがこちらに向かってくる。父親は、また操舵室の陰に隠れてしまったらしく、その巨体の一部が覗いているだけだ。

「ヨーイチさん、第3勢力のリーダーからの伝言を伝えます」

 そう言うミナの顔は、へんな風に歪んでいる。吹き出しそうになるのを必死で堪えているらしい。

「あ、ああ。でも、なんで直接言わないんだ?」

 洋一の言葉に、ミナは耐えきれずに吹き出した。口を手の平で押さえて懸命に笑いを漏らすまいとしながら、ちらと隠れている自分の父親の方を見る。

 洋一がつられて見ると、巨体はさらに陰に後退していた。

 ミナは、それからしばらくは笑い続けていて、洋一は呆然と待っているしかなかった。

 その間に、甲板の騒ぎを聞きつけてみんなが集まってきた。アンは操舵室から出てこなかったが、それ以外の全員が洋一の後ろに集合する。パットは当然のごとく洋一の腕にぶら下がり、反対側にいたメリッサと火花を散らしあった。

 サラとシャナは、そろって皮肉そうで曖昧な笑みを浮かべて、少し離れている。この2人はいつでも超然としているように見える。

 不思議なことに、各組の2人はそれぞれ似ているようだ。これは、やはり年少の少女が年上の少女に影響を受けたということだろうか。それとも、誰かが意図してそういう組み合わせを選んでいるのか。

 久しぶりに洋一は、操られているといういやな気分を味わった。前にも考えたが、洋一がここでこうしているのは、誰かがそう計ったせいだという確信はいささかもゆるんでいない。必ずしも表面に出ている人物がそれだとは限るまい。しかし、おそらくこれを計画し実行しているのは、1人の人間だという気がする。

 その誰かは、今惨劇が起きかかっているこの海上にいるのか。それとも、どこか違う場所で密かに見守っているのか。

 いずれにせよ、それが誰なのかは知りたくないものだ、と洋一は思った。自分は、やはり流される凡人でいた方がいい。もっともチェスの駒として扱われたおかげでメリッサたちと知り合えたわけなのだが。

「ごめんなさい、ヨーイチさん」

 ミナが、ようやく笑いの発作が収まってきたらしく、せき込みながら言った。それでも思い出し笑いがまだ収まらない。

「いいけど。こんなことしている暇はないんじゃないか?」

「そう、そうなんですよね。すみませんでした」

 さすがミナだった。一瞬で真顔になると、きっちりと気おつけの姿勢になった。

「ヨーイチさん。第3勢力からの要請です」

「要請?」

 洋一の怪訝そうな反応を無視してミナは続ける。このへんの感情の切り替えは見事である。

「はい。では伝えます。これより第3勢力の全艦艇32隻は、ヨーイチさんの指揮下に入る。以上です」

 洋一は、ポカンとしていた。何を言われたのか、はっきり理解するまでしばらくかかった。

 第3勢力の艦艇。これは判る。32隻もいるのか。指揮、ということは、まあ当然だ。それだけの船が勝手に動いたら大変なことになるし、大体バラバラのままではカハ族とカハノク族の戦争には何の影響もおよぼせないだろう。何しに来たのか判らないことになる。

 しかし、ヨーイチの指揮下とは?

 ヨーイチとは誰だ?

「ちょ、ちょっと待て、ミナ!」

「はい」

 ミナは、真剣な眼差しでまっすぐに洋一を見つめ返す。とてもジョークを飛ばしているような雰囲気ではない。

 だったら本気なのか?いや、そもそもそんなことをミナが言っていいのか?

「聞き間違いかもしれないけど、第3勢力の全艦艇って」

「とりあえず、ここに駆けつけつつある船団は、今は全部父の指揮下にあります。というより、第3勢力の主立った者たちで作った非常事態委員会の議決で父が指揮をまかされた、ということですが」

 ミナは、ここでにっこりと笑った。

「だから、父がこの場における第3勢力の代表といっていいと思います。その父がヨーイチさんにまかせると言っているんですから、ヨーイチさんがやりたいようにやっていいんです」

「やりたいようにって……」

 洋一は頭を抱えた。

 ソクハキリもムチャだと思っていたが、ミナの父は輪をかけてひどいらしい。何をどう考えたら、洋一にすべてまかせるなどという発想が出てくるのか。そもそも、ジョークでないとしたらそんな重要なことを本人がなぜ言わないで、娘に言わせたりするのだろうか。

 洋一がそう聞いたとたん、ミナはまた吹き出した。

 必死で笑いを堪えながら、あいかわらず操舵室の陰から体の一部をはみ出させている父親をちらっと見る。

 それから、大きく深呼吸して言った。

「怯えているんです」

「はあ?」

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