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第117章

 洋一が何も言わないので、いらだったらしいサラの顔が険しくなった。口唇からピンク色の舌がちらっと見えた。だが、その瞬間にメリッサが割り込む。

「サラさん。ヨーイチさんを追い込まないで下さい」

「私は別に……」

「どうしたらいいのか判らないのは、私たちも同じでしょう。そんなに迫っても、洋一さんが迷惑なだけです」

「でも、あまりグズグズしてもいられないのも事実です」

 ミナが口を出した。もっとも口調はのんびりしていて、あまり切迫感はない。

「このままだと30分くらいでやり合っているところに着いてしまいます」

「だから急いで決断しないと」

「ですけど」

「判った!」

 洋一が大声でその場を納めた。

 不思議なもので、少女たちが言い合うのを聞いていて、妙に心が落ち着いてきたのである。腹が座ったのかもしれない。

 少女たちは、いっせいに口を閉じて洋一の方を見た。洋一は、咳払いして話す。

「とりあえず、スピードを落としてくれ。このままだと『ラライスリ』は一隻であの中に飛び込んでしまうだろう。それじゃ無視されるのがオチだと思う。だから、置いてきた連中と合流したい」

「判りました」

 短く言ったミナは、素早く操舵室に飛び込んだ。すぐに『ラライスリ』の速度が落ちる。

 他の少女たちも、それぞれ散った。別にうち合わせをしていたわけでもないようだが、それぞれ自分のなすべきことはわかっているということだろう。

 洋一は、一人になるともう一度操舵室の屋根に上った。マストに片手をかけて、前方をみる。『ラライスリ』がほとんど停止状態になっているため、水平線がよく見える。

 双眼鏡がないのではっきりとは判らないが、どうやらまだ決着はついていないようだ。というより、本当に戦争が始まったのかどうか判らない。

 確かに水平線上に白い点が入り乱れているのだが、何かが燃えていたり煙が上がっている様子が見えないのだ。

 戦争だったら、おそらく攻撃に火くらい使うだろう。前にカハノク族らしい奇襲部隊に襲われたときは、火炎瓶を投げ込んでいったのだ。ましてや、ミナの情報によれば両軍に大量の火器が持ち込まれているという。そういうものでやり合っているとしたら、もっとひどい状態になっているに違いない。

 まだ、間に合うかもしれない。

 何の根拠もなかったが、洋一は希望が蘇ってくるのを感じていた。現状も不明、これからどうしたらいいのかも不明、そして洋一自身には何の力もない。

 それなのに、妙に元気が出てくるのである。

 何とかなる、という安心感のようなものが。

 洋一は、『ラライスリ』の後方を振り返ってみた。

 第3勢力の船団は、かなり追いついてきていた。

 もう、各船の上の人間が見える。表情まではわからないが、小さな白い点が動き回っているのまではわかるようになっていた。

 船は、『ラライスリ』と同じようなクルーザータイプが多いようだった。全部で10隻にも満たないが、割合大型で高速が出せそうな船ばかりである。これは、たぶん『ラライスリ』の速度についてこられたのがそういうタイプだけだった、ということだろう。それだけでも10隻以上いるのだから、第3勢力も侮りがたいものがある。

 不意に、何かが光ったように思って、洋一は目をこらした。答えはすぐに出た。船団の先頭にいる、大型のクルーザーが、複雑な間隔で明滅しているのだ。

 モールス信号、という回答が洋一の頭に浮かんだとき、『ラライスリ』側でも反応が始まった。いつの間にか後甲板に現れたミナが、超大型の懐中電灯、というより小型の発光信号機を肩に乗せて、忙しく操作し始めたのだ。

 ほぼ同時に相手側の明滅が止まる。ミナがひとしきり通信を送り終わって休むと、すぐに相手の明滅が始まる。

 まったく、何でもできる少女だった。

 洋一がみていると、ミナと相手は数度に渡ってやり取りしあった後、ミナが唐突に発光通信機を降ろした。すばやくその機械をしまって、洋一が何をする暇もないうちに、もう駆け上がってきている。

「ヨーイチさん、連絡がとれました」

「ああ。すごいね」

 正直な洋一の感想に、ミナは一瞬けげんそうな顔をしたが、それにはかまわず続ける。

「もう少し、詳しい情報が入りました。父があらかじめ、両軍の中に監視船を送り込んでおいたそうです」

「へえ」

 洋一は気の抜けた返事を返しながら、内心では舌を巻いていた。スパイを使うとは、ますます第3勢力侮りがたし。もしかしたら、フライマン共和国の最強勢力は、カハ族でもカハノク族でもない、第3勢力なのかもしれない。

「その監視船からの報告によると、何でも戦争は確かに始まったらしいです。もっとも、両軍の先鋭的な一部だけですが。残りの大部分は、まだにらみ合ったままということです。

 ただ、突出した船がやり合ったのは確かなんですけれど、不思議にほとんど死傷者が出ていないらしいんです」

「本気でやらなかったのかな」

「それがそうでもなくて、両方ともライフルとか銃を持ち出して、盛んに撃ち合ったそうです。でも、少なくとも撃たれて怪我した人はいないということです。何隻かぶつかり合って沈んだり、互いの船に乗り移って喧嘩になったりしてけが人は出ているということですが」

「それくらいなら、まだ何とかなりそうだな……」

「船が近づいてきます!」

 メリッサが叫んだ。

 さっきからミナと交信していたクルーザーが、すさまじい水しぶきをあげながら『ラライスリ』に接近していた。どうやら、全力で減速しているらしい。『ラライスリ』よりかなり小型の、いかにも速度が出そうなクルーザーである。

 その船は、みるみるうちに接近してくると、まるで計ったようにぴたりと『ラライスリ』に横付けした。操縦しているのは名人だろう。

 間髪を入れずに、誰かが『ラライスリ』に飛び込んでくる。その人影は、どさっと音を立てて甲板に降り立ち、仁王立ちした。

「パパ!」

 ミナが叫んだ。

 第3勢力の親玉が自ら乗り込んできたか。洋一は、結構緊張して思わず身構えた。何しろ、この男はミナを使って洋一をコントロールする……というか、傀儡に使おうとしたという前歴があるのだ。あの時は何とか振り切ったが、今度はどんな手で来るか油断はできない。

 そもそも洋一が対抗できるような相手ではないという気がするのだが、この場はメリッサやサラといった他勢力の目もあるし、気をつけていればそうそうは操られるようなことはないはずだ。

 だが、せっかく待ちかまえている洋一を尻目に、第3勢力の親玉は近寄ってこなかった。それどころか操舵室の後ろに体を隠すようにしながら、妙なそぶりをしている。どうやら、ミナを招いているらしい。

 ミナは怪訝そうな顔で、父の方に歩いていった。

 ミナが近づくと、巨体はますます操舵室の陰に引きこもる。ミナが手を捕まれて引っ張り込まれ、続いてボソボソと何か相談しているらしい声が聞こえてくる。

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