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第116章

 洋一は内心ビクビクしていたが、それ以上は何ごともなく時が過ぎた。

 手早く食事をすませたアンが操舵室に戻り、かわりにミナが船室に戻ってきたが、特に混乱は起きない。ミナも、コトが済むまでは自分の感情を押さえることに決めているらしく、洋一に近づこうとするような行動に出ることもなく食事を終えた。

 パットは、洋一の隣に座れたことで一応は満足しているらしい。メリッサが時折恨みがましい視線を向けてくることを気にする様子もなく、挑発的な動きは見せなかった。

 緊張を孕んでいながらのんびりとした食事が終わって、メリッサが残骸を片づけ始めたときだった。

 いきなり、洋一たちは右側に押された。

 ほぼ全員が座ったりあぐらをかいたりしていたため倒れた者はいなかったが、不意をつかれたため全員が転びかける。

 続いて、ぐんと加速する動きが感じられて、身体が後方に引っ張られた。

 『ラライスリ』が方向を変え、しかも全力で走り初めている。アンから警告がなかったことから考えても、非常事態が発生したとしか思えない。

 速度を上げたために、上下左右の揺れも激しくなって、洋一はなかなか起きあがれないでいた。それに対して、少女たちはみんな慣れているのか、洋一よりは容易に身体のコントロールを取り戻している。

 ミナが、まず最初に立ち上がって操舵室に昇っていった。サラがすぐに続く。メリッサは、シャナに手伝わせてサンドイッチの箱や魔法瓶を手早くまとめて、船室を片づけている。パットは、こんなときでも洋一にぴったりとついたままだった。腕を抱え込まれているせいもあって、洋一が何とか立ち上がったときは、船室はすっかり片づけられていた。

「ヨーイチさん、行きましょう」

 シャナに続いてメリッサが階段を昇りながら言う。半分くらいはパットを意識した言葉だったらしい。

 言われるまでもなく、洋一も続いた。その間も『ラライスリ』は上下左右に揺れ続けていて、階段を昇るのも一苦労である。どうやら、クルーザーは全速力で疾走しているらしい。

 甲板に出ると、風が強かった。

 少女たちは、てんでに手すりにつかまったり腰を下ろしたりして身体を安定されている。うっかりすると海に飛ばされそうな揺れだ。

 洋一も、とりあえずマストにしがみついて身体を固定した。あいかわらずのパットが、素早く洋一の隣りに滑り込む。この事態を気にしていないように見えるのはパットだけだ。

 回りを見回したが、特に変わった様子は見えない。ただ『ラライスリ』が跳ね上がりながら進んでいるだけだ。

 その時、パットが叫んだ。

「ヨーイチ! アレ!」

 指さしかけて、あわててマストに掴まり直す。

 それでも方向は判った。

 進行方向のやや右よりだが、雲一つない空の青と、海の碧が混じり合うぼやけた水平線が見えるだけだ。

 いや、そういえばかすかに白い点が見えるような気がする。

「始まってます」

 冷静な声がした。

 ミナが、操舵をアンに任せたのか、いつの間にか洋一のそばにいた。片膝をついて身体のバランスをとりながら、双眼鏡を覗き込んでいる。

「始まってるって?」

「はい」

 ミナは、短く言ってから双眼鏡を差し出した。洋一はその場に腰を降ろし、両足でマストを挟み込んで身体を固定すると、双眼鏡を覗いた。

 『ラライスリ』の揺れのせいで、なかなか狙いが定まらない。視界の中を跳ね回る水平線を、辛抱強く安定させてゆく。

 不意に、揺れと双眼鏡の動きが一致した。

 やや斜めに視界を横切る蒼い線上に、白い点がポツリポツリと見える。だが、次の瞬間、視界がすべるように右に振れ、蒼い線は白い点々でいっぱいになった。

 次の瞬間には視界は空の青一色になってしまう。だが、洋一は自分の見たものが何であるか、はっきり判った。

 船団が入り乱れているのだ。

 何も言えないまま、双眼鏡をミナに返す。ミナもそれ以上見ようとはせず、黙ったまま操舵席に降りた。

 洋一は、マストに抱きついたままの姿勢で黙りこくっていた。判ってはいたものの、いざ現実に見せつけられると言葉もない。

 パットは、洋一のそんな様子を悲しそうに見ていたが、そのうち手を離して甲板に降りた。自分がはしゃぎ回っているときではないことは判っているのだろう。

 『ラライスリ』は、全速力で飛ばしているらしい。併走していたはずの第3勢力の船団は、とっくに後方に去っていた。

 洋一が甲板に降りると、自然と少女たちが集まってきた。性別は別にしても、この中では洋一が一番年上だし、それぞれの勢力のいずれにも荷担しないであろう唯一の存在として、洋一がこの小さな集団の指揮権を握っていることになっている。

 実際には、少女たちの意志を無視しては何も出来ないのだが、それでも洋一の意志は優先されるのだ。

 サラが口火をきった。

「ヨーイチ、どうする?」

 メリッサとミナも同じらしい。洋一を半円形に取り囲んだまま、洋一の言葉を待っている。

 洋一は答えなかった。というより、言葉が見つからない。実際に戦争が始まってしまえば、洋一ごときが何をしてもどうにもならないことは判っている。

 だが何もしないでいいのか。あがくだけあがいた方がいいのではないか。あがくとしても、どうすればいいのだろう?

 答えは出ない。

 心底から不安だった。というより、恐ろしくて怯えていたと言った方がいい。今までこんな立場にたったことがないし、そもそも予想すらしていなかったのである。

 これまでずっと悩んできたつもりだったが、実際にその場に立ってみると、まったく違う。

頼るものが何もない。それでいて責任はかかってくる。洋一自身が望んだことでもないのに、どうしてこんなことになるのか?

 それは、平凡な日本人の大学生である洋一にとっては衝撃的な感覚だった。現在の日本人学生は、このような立場に立つことはほとんどあり得ない。それは、経営者とか、あるいはサラリーマンでも上級管理職になってからふりかかってくる責任なのである。

 ただし、洋一の回りにいる少女達は違う。年長組の3人は、その若さにもかかわらず、今の洋一と同じくらいの責任を負いながら生きてきたのだ。

 洋一は、改めて目の前の少女たちを尊敬した。こんな重圧の中で、これまでやってきたというだけですごいと思う。恋愛ごっこにうつつを抜かすような余裕はないのだ。

 サラの愛想のなさも、ミナの極端な反応も、そしてメリッサの鋭敏すぎる感覚も、今初めて理解できた気がする。

 だが、理解できてもそれを実行するとなるとまた別だ。正直言って、洋一にはそんな決断を下せるほど自分が強いとは思えなかった。

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