第115章
アンは、洋一の隣に、遠慮がちに腰を降ろした。
メリッサが、身体の安定のためか横座りのまま洋一にカップを差し出してくる。洋一は大いに期待しながら受け取った。
思った通り、カップの中はスープだった。
魔法瓶に入っていたらしく、まだ熱い。
ふうふう言いながら飲んでいると、メリッサがみんなにカップを配っている。ひょっとしたら、この美しいコックは狭いクルーーザーの中でフルコースをご馳走しようと考えているのか?
メリッサはカップを配り終えると、積み上げた箱を次々に開けていった。あとは勝手にやってくれ、ということらしい。
わずかなスペースに箱をおいてゆくので、床はたちまち埋まってしまった。
洋一が見回すと、みんなカップを抱えてお互いの様子を伺っているばかりである。スープが熱くて一気に飲めないためと、あとは何となく手を出しかねているらしい。
「はい、ヨーイチさん」
メリッサは気にもとめない様子で、洋一に箱を差し出してきた。
サンドイッチだった。それも、ハンバーガー並の具が大量にはさまったものだ。
かぶりついて、洋一は唸った。
うまいのだが、口がいっぱいでうめき声しかあげられない。やっとのことで大きな塊を飲み込んでから、洋一は言った。
「うまい!」
メリッサは、顔を輝かせた。
それが合図でもあったかのように、少女たちはいっせいに食べ始めた。
パットはカップを膝の間に挟んで、巨大なホットドッグにかじりついている。サラは、スパゲティを何とかして切ろうと悪戦苦闘している。その隣では、シャナがピザに挑んでいた。
アンが、すっと立ち上がって、操舵室のドアを開けて箱を差し出した。続いて、カップをこぼさないように持ち上げる。主従の絆は強い。
メリッサも、遠慮がちにサンドイッチを口に運んでいる。だが、ちらちらと横目で洋一の方をうかがっていて、何かあったらすぐに手を伸ばそうとしている風が見え見えだった。
やはり、さっきの事を気にしているらしい。というか、「役に立たなければ」ということを思い詰めているようで、何だか危ういものを感じる。
そういえば、メリッサは思い詰める性格だったのである。アマンダの説明は大げさだったとしても、やはり似たような事実はあったのだろう。アメリカ留学からすぐに帰ってきてしまったというのも、嘘ではあるまい。
洋一自身、ソクハキリの屋敷で警戒心の塊のようなメリッサを見ているのだ。ここしばらくは、ごく普通の女の子みたいにふるまってはいたが、性格というか性向はそう簡単に変わるはずがない。
まあ、サラたちの前では、それほどあからさまな行動には出ないだろうということが、洋一には慰めだった。本当を言えば、メリッサの方がそういう気になっている今こそ、2人の仲を進めたい洋一だったが、それどころではない状態なのが残念だった。
もっともそれが出来る状態になったとしても、今度はパットとかミナとかの問題が出てくるのは見えているのだが。
パットはと言えば、今のところは食いまくっていて洋一にかまっている暇はなさそうである。このへんがまだ子供だ。
そういえば、パットは一体いくつなのだろう。身体の発達は、日本でいえば13、4歳というところだろう。胸も腰も、けっこう立派に発達しているのを洋一はその目で目撃している。
その反面、無邪気で純真すぎる性格や、ストレートで底抜けに明るい態度を見ていると、これは中学生にしては突き抜けすぎているという気もする。
島の娘だから、日本の子供と比べるのが間違っているのかもしれない。だが、小学生レベルでそんなに差があるとも思えない。それを考えると、パットは洋一が思っているよりはるかに若い、というか幼い可能性もある。
だとすると、洋一は幼児と恋愛遊戯をやっているのかもしれないのだ。日本なら犯罪である。
そこまで考えた洋一が身震いしていると、不意に何かを感じたのかパットが洋一の方を向いた。
洋一の目が自分に集中していることに気がついたパットの顔が輝く。そして、洋一が恐れていたことが起こった。
「ヨーイチ!」
パットはハンバーガーを握りしめたままいきなり立ち上がり、そのまま洋一に飛びついてきた。
「わあ!」
タダン、と激しい音を立てて、洋一の腰が寝だなにぶつかった。おまけに、パットの膝がモロに洋一の腹に決まっている。
パットは、おどろくべき跳躍を見せて、見事に洋一の上に着陸していた。ハンバーガーも握りしめたままである。しかも、身体を丸くして洋一の胸にうまく収まっていた。
「パティ!」
メリッサの激しい声に、パットはフンという視線を姉に投げて、さらに強く洋一にしがみつく。
洋一は、かろうじて手にしたカップを水平に維持していた。腹に決まったパットの飛び膝蹴りのせいで息が止まっていたが、何とか体勢を維持しながら胸の中で丸まっている少女を支えた。そうしないと、パットもろとも床いっぱいに広がった料理の上に倒れ込みそうだったのである。
「パティ! ヨーイチさんから離れなさい!」
再びメリッサが言った。洋一にも判るように日本語である。メリッサに出せるとは思えないほどのドスの効いた声だった。
だが、パットは洋一に抱きついたまま、ペラペラペラッと鋭く言い返す。
メリッサも同じような言葉を投げつけて、事態は一触即発になりかけた。
洋一は、やっと息をつけるようになると、救いを求めてサラを見た。しかし、サラはすましてサラダを口に運んでいるばかりで、中立の構えである。シャナもいつもの通り無関心状態。そしてアンは、興味深そうにメリッサとパットを見つめていた。
要するに、洋一の窮地を何とかしようとしてくれそうな人物はこの場にはいないのだ。
他にはミナがいるだけだったが、あいにく操舵室にいる。例えいたとしても、ミナの性格からして力になってくれるかどうか大いに疑問である。
メリッサとパットは、にらみ合ったままだった。さすがの2人も食事の最中に暴れる気にはならないらしい。
陽一はハラハラしながら見守っていたが、2人とも最初の勢いが止まってしまったらしく、事態は膠着状態に陥っていた。
それを破ったのはシャナだった。
「みなさん、もう食べないんですか?おいしいのに」
その声でまるで呪縛が解けたかのように、メリッサがストンと腰を降ろした。それをみてパットが力を抜いたところに、洋一がパットの腰をつかまえて持ち上げ、ひょいと自分の隣に降ろす。
パットはきょとんとしていたが、洋一が頭を軽く叩くとニッコリ笑っておとなしく手に持ったハンバーガーにかじりついた。
洋一はさりげなく、痛む腕と腹をさすりながらメリッサに黙礼した。メリッサは真っ赤になりながら、それでも弱々しく微笑んで食事を続ける。
メリッサのやさしさと、パットの脳天気さに救われた形である。もっとも、事態の悪化を招いたのもこの2人の性格なのだが。
それからもちろん、シャナを忘れてはならない。緻密な思考による介入なのか、あるいはただの脳天気なのかはわからないが、この目立たない少女はそれなりにこのチームの一員のようだ。