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第114章

 洋一の方は、なるべくメリッサを見ないように、しかも声や態度に感情を込めないようにという、一世一代の演技である。

「必要なことだったんだろ? そのおかけで、何とかなる確率が上がったんだと思えばいいんだ」

「……でも」

「それじゃ言うけど、あのときああしなかったらどうなっていたと思う? 少なくとも、今よりはまずい結果になっていたはずだろ。それどころか、カハ族と第3勢力が衝突していたかもしれない」

「……」

「だから、メリッサのしたことは正しかったんだよ。それでも納得できないんだったら、俺に借りができたと思えばいい。やってしまったことは、もうどうしようもないんだから、貸しはこれからの行動で返してくれればいいんだ」

「そうですね」

 メリッサの頬に、やっと微笑みが見えた。洋一は、それに勇気を得て、なんとか猿芝居を続ける。

「だから、そのためにも元気を出すんだ。俺も、メリッサがふさぎ込んでいると、やる気が萎えてきそうになるから、とりあえず嘘でもいいから笑ってくれないか?」

 メリッサは、コクンと頷いた。

 それはおよそ憂いに満ちた美女の仕草ではなく、たったそれだけのことでメリッサは妖婦から、若くて綺麗でかわいい娘に戻ってしまった。洋一としては実にほっとするところである。

 ところが、次の瞬間メリッサは真面目な顔でとんでもないことを言い出した。

「ヨーイチさん、私一生懸命やります。きっとヨーイチさんのお役にたちますから、何でもいいつけてくださいね」

 頬を紅潮させ、真剣な眼差しで見つめてくる絶世の美女を前にして、洋一はたじろいだ。どうやら、事態を納めようとしてさらに悪化させてしまったような気がする。

「わ、わかった。そのときが来たら頼むよ」

「はい!」

 メリッサは、洋一の空約束に嬉しそうに頷き、パットが言いそうな素直で元気いっぱいの返事を残して船室に消えた。

 洋一は、ぐったりして甲板に座り込んだ。

 好きな女の子から言われる言葉としては、これ以上は望めないくらいのセリフなのだが、あの調子ではよほど用心しないとメリッサが暴走しそうだ。

 「今夜つき合え」とでも言ったら、メリッサはどうするだろうか? まあ、一発で幻滅されて見捨てられるだろうが、ひょっとしたら嬉々として忍んできてしまう可能性もある。

 いずれにしても、真面目に恋している洋一にとっては、前途多難な幕開けだった。

「うまくやったみたいね」

 不意に話しかけられて、洋一は飛び上がった。いつの間にか、サラがそばに立っていた。

「サラか。驚いた」

「まったく、ほんの5分で180度気分を変えてしまうんだから、ヨーイチってやっぱりただものじゃないね」

「ただものだよ。メリッサの方が並じゃないんだ」

 サラになら、こうして軽口がたたけるのである。最初はあれほど取っつきにくいと思っていたサラだが、今では少女たちの中では一番まともに口がきけるようになってしまっている。

 サラの方も、ほんの少しだが口調が柔らかくなっている。どうやら、やっと洋一のことを「利用すべき日本人」ではなく洋一個人として認識して貰えたらしい。

「サラは、悩んだりしないのか?」

 洋一が思いついて言うと、サラは首を傾げてみせた。

「何に悩む?」

「……そうだよな。普通、悩んだりしないか」

「私の場合は、あの2人とは少し立場が違うから。あの2人は、それぞれの立場ですでにアイドルだし、立場があるから行動に色々制限があったり、思ったことも言えなかったりで、結構ストレスが溜まっていると思う」

 サラが、何気なく洋一と並んで座り込みながら、呟くように言った。

 洋一は、おやと思った。その口調に、ほんの少しだが気落ちしたような感情がこもっているような気がしたのである。

 あるいは、2人に比べてサラ自身がカハノク族の中でそんなに重きをなしていないことを気にしているのかもしれない。

 洋一は、隣りに座っている少女を横目で盗み見てみた。

 水平線をぼんやり眺めている少女は、引き締まった綺麗な横顔を見せていた。特に、顎の線が良い。美人だとかいう前に、ぜひ絵にしてみたいような横顔である。

 その横顔が冷たく感じられないのは、随所に少女らしい柔らかい線が見えるからだろう。まだ、女性としては完成されていない故のやさしさである。

 サラも、もう少し大人になったら、もっと魅力を発揮するに違いない。今でも十分魅力的だし、大体強烈すぎるメリッサやミナと比べるから平凡に見えるだけで、日本にいれば十分アイドルになれるだけの魅力はもっているのだ。

 いや、アイドルではないか、と洋一は思った。最近のアイドルはどんどん年齢が下がっていて、しかも少女のくせに妙に大人を感じさせるタイプに人気がある。サラはその反対で、一見大人に見えながらその実未完成で揺れ動くところがその本質であり、それはアイドルなどというものとは対極にあるといっていい資質だ。

 「別嬪」だな、と洋一は死語に近い単語を思い浮かべながら言った。美人とか上品とかいうイメージと、何か表現しがたいが特別な存在であるということを、全部いっしょにした概念だ。

 日本にいれば、洋一が遠くから指をくわえて眺めることがせいいっぱいだったような、希有な少女である。

「何?」

 視線を感じたのか、不意にサラが振り向いた。洋一はかろうじて視線を外し、しかし今まで見つめていたのが見え見えの態度でぎこちなく否定する。

「いや……別に」

「変なヨーイチ」

 サラは、思いがけなくクスッと笑って、それから勢いよく立ち上がった。

 洋一を見下ろして、改めて晴れ晴れと笑う。

 強い。サラも、強い少女なのだ。

「ちょっと早いけど、お弁当持ってきてあるから食べない?」

「そうか!」

 その途端、猛烈な空腹感が洋一を襲った。現金なものだ。今まで忘れていたらしい。

 サラの軽やかな足取りを追って、洋一は船室に入った。操舵室のアンは、不自然なまでに関心を示さない。あれだけ色々な人間がここを通過し続けているのだし、洋一に言いたいこともあるだろうが、自分の役割に徹しきっているようである。

 船室は、あいかわらず混み合っていた。しかし、今や少女たちは全員起きていて、壁際に追いやられている。洋一を見たパットが飛びついてこようとして、寸前で思いとどまった。

 船室の床いっぱいに箱や籠のたぐいが広げられているのだ。おかげで床は足の踏み場もない。

 メリッサが、洋一を見て微笑した。

「ヨーイチさん、お食事です」

 どうやら、これを作ったのはメリッサらしい。だったら期待が出来るというものだ。

 しかし、あの島にいたときから沈んでいるように見えたメリッサだが、その間もせっせと食事を作っていたのだろうか?

 サラは、器用に身体をひねると、小さくなってうずくまっているシャナの隣りに腰を下ろした。その反対側では、パットが洋一のそばに行けない不満をあからさまにして座り込んでいる。

 ミナが、サラと入れ替わるようにして船室を出ていった。すぐに、アンが顔を出す。

 食事の間だけでも、操船をかわってやろうという心遣いを示せるミナは、なるほど確かに人の上に立てるだけの器量を備えているようだ。

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