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第112章

 それでも、何もしないわけにはいかない。

カハ族とカハノク族の争いは現実のものであり、衝突が起これば死傷者が出るのだ。そうなってしまったら、実際に怪我をした人の被害だけでなく、その事実だけでフライマン共和国の未来に計り知れない悪影響を及ぼす。

 今や洋一は、それを防ぐためにはなんでもやる気だった。

 自分でも意外だったが、どうやらここ数週間でフライマン共和国に随分と入れ込むようになっている。日本に帰ればただの休学中の大学生に過ぎない洋一が、ここでは一過性とはいえ一国の運命の一端を担っているのだ。

 不謹慎だが、こんな機会はめったにあるものではない。

 それに、メリッサとパットの姉妹や、ミナ、サラといった美少女たちと行動をともに出来るだけでも、洋一には過ぎた機会だ。

 本当に、タカルルが洋一に宿っているのかもしれない。でなければ、こんなことが起こるはずがない。

 驚いているのは、こんな状態に放り込まれたにもかかわらず、洋一が何とかまともに自分の役割をこなしていることだった。

 本来の洋一は、どちらかというと後込みしてしまうタイプである。やるときはやる、と自分では思っている。大学を休学して海外を放浪するようなことも出来るのだが、最初からココ島に来てこんなことに巻き込まれることが判っていたら、絶対に日本から出なかっただろう。

 それが、いざやってみると、何とかなってしまっている。ただ状況に流されているとも言うが、それでも少しは洋一の意志が動きに反映されているはずだ。

 やけくそというのとも違う。何だか判らないが、何とかなるという根拠のない自信のようなものがあり、それが希望となって洋一の考えに明るさを吹き込んでいるのだ。

 それが若さ、というよりも愚者の楽園に住んでいるためだけなのかもしれないが、とりあえず今は嘘でもいいから希望が欲しい。

 そんなことを考えながら、ぼんやりしていたらしい。

 いきなり、洋一の視界が塞がれた。

「わっ」

「ふふっ。まだ着きませんよ」

 吐息らしい、暖かい風が耳をくすぐって、洋一は飛び上がって身を振りほどいた。

 何時の間に降りてきたのか、ミナが洋一のすぐそばに立っていた。かるく足を開いて、揺れるクルーザーの上で無意識にバランスをとっているが、それがまた期せずしてポーズをとる形になって、実に美しい。

「驚かすなよ」

「ごめんなさい」

 ミナは、素直に謝って、ペロッと舌を出した。ごく自然な、ハイティーンの女の子らしい仕草には、さっきまでの緊張は見えない。

 これまで、ミナの洋一に対する態度は極端から極端へと揺れ動いてきた。最初は青年将校で高圧的だったし、次に現れたときには卑屈になっていた。その後も、妙に馴れ馴れしくなったり、つっけんどんな態度だったりと、正直言って洋一にとっては扱いかねる少女だったと言って良い。

 それが、この土壇場にきて、ミナはやっと本来の彼女に戻ったかのようだ。

 もちろん、今までと同じように、これもミナの仮面のひとつにしかすぎないのかもしれないが、何となく洋一にはそうは思えなかった。

 証拠はないのだが、これまでどこか無理をしていたようなミナの態度と違って、今のミナは自然に感じられるのだ。強いて言えば、やっとミナの外見と印象が一致したということだろうか。

「気持ちいい朝ですよね」

「そうなのか?」

「はい。こんなに晴れるのは、今の季節珍しいんですよ。モンスーンも来ないし。いつもなら、晴れの日は3日と続かないくらいなんです」

「へえ……。なんか、俺がココ島に来てからはずっと晴れてたから、いつもそうなのかと思っていた」

 それは、ラライスリがタカルルを愛しているから、とミナは屈託無く言った。何の気負いもなくそう言われると、なんとなく納得してしまうから不思議だ。

 しかし、洋一の生来の天の邪鬼な性格は、あえて反論したくなる。

「しかし、だとするとラライスリはタカルルにいい顔だけ見せていることにならないか? 恋人としては当たり前かもしれないけど」

「ええ。だからこそ、みんなタカルルを大事にするんです。タカルルだけには、ラライスリはいつも甘いんです。というのは、タカルルって結構のんびりしているっていうか、あんまり熱烈な恋人じゃないんです。

 どっちかというと、ラライスリが一方的に惚れていて、だからいつも機嫌をとろうとするんですよ。だけど、タカルルってあまりそういうことに気が回らないから、不意にどこかに行ってしまったりする。そうするとラライスリの機嫌が悪くなって、人間に八つ当たりして嵐が来たりすることになっています」

「なるほど」

 そのへんは俺とは違うな、と洋一は思いながら言った。このタカルルは、ラライスリたちにふりまわされっぱなしで、そんなおいしい待遇は受けていない。

 むしろ、タカルルをほっておいてすぐどこかに行ってしまうラライスリや、タカルルをまごつかせる女神ばかりである。

「ラライスリは、子供なんだと思います」

 ミナが、噛みしめるように言った。その口調が重くて、洋一はちらっとミナを見た。ミナは、洋一と並んで水平線を見つめていた。そのために、洋一が振り向くとミナの端正な横顔が見える。

「本当は、ラライスリも判っているんだと思います。自分が子供みたいな態度をとっているってことも、タカルルが自分ばかりにかまっているわけにはいかないってことも。

 でも、ラライスリだって誰かに甘えたいときがあるんです。いつもいつも、人に要求ばかりされていたら、たまには息抜きしたくなるのは当たり前だと思いませんか?」

 ミナは、振り向いて洋一をまともに見た。

 洋一は思わず気圧されて視線を反らせてしまった。

「わかるような気がするよ」

 しまった、と思いながらボソボソと答えた洋一だったが、ミナは洋一の態度を気にしなかったらしい。むしろ、消極的ながら洋一の賛成を得られたことがうれしかったようだ。大きく頷くと、弾んだ声で言った。

「そうですよね。ラライスリだって、たまにははしゃいだっていいんです。もっとも」

 そこで、ミナは一転して真剣な表情になる。

「やるときは、やらないと。ラライスリの名がすたりますよね」

 そこまで言って、ミナはにこりと笑ってから洋一のそばを離れていった。

 なんだかよくわからないが、ミナなりに何かを吹っ切ったようだ。

洋一としても、ミナが納得したのなら別に文句はないのだが、話の内容を考えてみるとどうも神話の女神のことというより、現世のラライスリについての話題だったような気がする。

 それでもミナが元気になることについて、洋一が少しでも力を貸せたのだったら嬉しいのだが、洋一にはあまり自信がなかった。

 なぜか、甲板には誰も出てこない。少女たちの間で何らかの協定が出来ているのか、洋一のプライバシーを考えてのことなのか。どうも後者はありそうにないが、かといって前者も考えにくい。

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