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第108章

「現実に小火器が持ち込まれているとしたら、あまりにもリスクが大きすぎます。それで誰かが撃たれて死んだりしたら、もう絶対に関係は修復できません。たとえ後で仲直りのための陰謀だと判ったとしても、企んだ人は袋叩きにあいますし、もしそれが国内の誰かだったりしたら、フライマン共和国が割れてしまうかもしれません」

 ミナが、言葉を切る。そして、ためらうように続ける。

「実は……私も、それは考えました。誰かがそういうことをするとしたら、父が一番可能性があります。カハ族とカハノク族の抗争は、私たちにとっても害になりこそすれ利益なんかまったくありませんから、止めようとして何か計画する、というのは十分あり得ると思います。それが私には知らされていない可能性も高いし。

 でも、正直言って、それだけのことをする余裕はないと思います」

「余裕がない?」

 洋一の問いに答えたのはサラだった。

「ヨーイチ、出回っているのは小火器といってもピストルだけじゃなくて、軍用の突撃銃なんかも入っているらしいんだ。

 ヨーイチは日本人だし、そんなことに興味がないだろうから知らないだろうけれど、武器っていうのは高いんだ。アフリカとか、ずっと抗争が続いているところでは溢れているかもしれないけれど、フライマン共和国に持ち込もうとしたら、まずそれだけの量を集めて、それからどこかで船を調達して積み込んで、この辺りまで運んでこないといけない。着いたら着いたで、今度は人目につかないように荷下ろしして、適当な場所に保管しなければならない。その保管場所の確保自体大変だし、密輸ルートが出来ているならともかく、初めてやるとしたら大変なリスクよ」

「カバンの底に隠して、とかは駄目なのか?」

「カハ族とカハノク族の船団のみんなに行き渡るくらいの数量なんだよ? どう考えても、かなりの資金を持った組織じゃないと出来ないと思う」

「それに、もしそういうことをやるとしたら、黒幕が影なりとも見え隠れすると思うんです。今集まっているのは、カハ族もカハノク族も割と親しい人たちばかりで、変な人が動いていたら絶対に気がつきます。

 でも……そういう人は、いっさい見あたらない、という報告です。なのに、現実に銃は配られている」

 全員が押し黙った。

 そう考えると、残るのは考えるのも嫌な可能性だけだ。

 洋一が見ると、メリッサは真っ青だった。その可能性をストレートに考えてしまったらしい。サラも、メリッサほどではないにしろ、暗い表情で考え込んでいる。

「でも、それって矛盾してますよね」

 その場の空気を救ったのはミナだった。

「だって、メリッサさんやサラさんを動かしている人たちでしょう? その人達が、自分の努力をぶち壊しにするようなことをするものでしょうか。それに、もしそうだとしてもやはり資金の問題がついてきます。失礼ですけど、そんな大量の小火器を買うようなお金があったら、いくらでも有益なことに使えるでしょう」

「それは、その通りだ」

 サラがテーブルを指で叩きながら答えた。

「だとしたら、こういうことになる。どこかの誰かが、資金を出して組織の力で小火器を購入して運んできた。そして、それを無償でなのか条件をつけたのかは判らないけれども、カハ族とカハノク族の上層部というか指導者に提供した。すると、それぞれの指導者たちは、集まってきた過激な連中にその武器を配った」

「ムチャクチャだな」

「あり得ない……と思います」

 メリッサが、震え声で言った。寒気を感じているのか、胸の前で両手を組んで、自分を抱きしめている。

「そんなことをして何になるんですか。集団殺戮を望んでいるとでも言うんですか。いくらなんでも……」

「でもメリッサ、そうとしか考えられないのも事実だ。まさか本気で殺し合いを望んでいるとは思えないけれど、今のところそれを否定する材料はない」

 メリッサは黙ってしまった。納得したわけではないのだろうが、色々思い当たることがあるのだろう。メリッサ自身、アマンダやソクハキリから何も知らされていないため、暗い方に想像が向かってしまうらしい。

「……とにかく、今は考えていても仕方がないです」

 ミナがきっぱり言った。

「父たちが着き次第、合流して出発したいと思います。ヨーイチさん、それまでは休んでいて下さい」

 その言葉を待っていたかのように、サラが立ち上がった。まだ震えているメリッサに何か囁いてドアから出て行く。

 入れ違いにパットが飛び込んできた。どうやら、ドアの前で待っていたらしい。

「ヨーイチ」

 机を回り込んで飛びついてくる猫のような美少女を身体を浮かせて受け止めながら、洋一はメリッサの様子をうかがった。パットとメリッサの確執を身をもって経験しているだけに、こういうときはつい用心してしまう。

 だが、メリッサはうつむいたままだった。たった今知らされた情報を、まだ咀嚼しきれていないようだ。パットどころではないのだろう。

 ミナは、さっきと同じ姿勢で座ったままだった。洋一の視線を捕らえて、何かを送ってくる。それが何なのかよく判らなかったが、とにかく熱いものであることだけは確かなものだった。

「ヨーイチ!」

 腕の中のパットが、怒ったように洋一の頭を掴んで引っ張った。髪の毛を抜かれそうになり、洋一はあわてて向き直る。

「パット、元気だったか?」

「オゥケィ! 大丈夫!」

 日本語の単語も聞き取れる。

 あのホテルに置いてけぼりにされたことで怒っていないかと思ったが、この様子ではまったく気にしていないようだ。とりあえず今しかないパットは、まさに猫だった。

「ヨーイチ、ネヨウ!」

 ドキッとするようなことを平気で言って、パットは洋一の手を引っ張った。洋一は、なんとなく救いを求めてあたりを見回したが、パットには誰もかなわないらしい。

 メリッサはまだうつむいたままだったし、ミナはかすかに口元に笑みを浮かべて見送るつもりのようだ。

 洋一は、ぐいぐい腕を引っ張るパットに引きずられて部屋を出た。入れ違いにシャナとアンが入っていったが、2人とも洋一には見向きもしない。興味の方向が違っているのだろう。

 外は、もうとっぷり暮れていた。煌々と灯りが灯っているために、星などは見えないが、今日も雲一つ無い快晴のようだ。

 パットは、一直線に目的地を目指していた。この辺りを知っているのだろうかと思ったが、目の前に現れた建物を見て納得した。

 死角になっていて見えなかったのだが、結構大きな2階建ての家である。他の建物が全部プレハブの倉庫にしか見えないのに対して、この建物はきちんとしたハウスだ。おそらくは、ここに来た人たちが宿泊するための施設と思われる。

 パットは、洋一を引きずってその建物のドアをくぐった。中はビジネスホテルに近い構造らしい。入ったところはちょっとした休憩室のような部屋で、向かいに階段があり、その向こうは狭い廊下になっていて、ドアが短い間隔で並んでいる。

 プライバシー保護のためか、すべての部屋が個室になっていた。

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