第107章
面白いもんだな、と洋一は思った。もちろん感心したのである。この娘たちは、ハイティーンの年齢で、すでに集団の利益や自分立場というものを考えなければならない立場にいる。そして、その責任を果たそうと懸命に考え行動している。逃げようとか、何で私だけが、などという後ろ向きの考え方はしないのだ。
これも環境が人間を作るという事例だろうか。日本の平凡な女の子だったら、これだけの美貌なら回り中からちやほやされて思うままに遊び回っているのがオチだし、自分の責任などということは最初から思いつきもしないだろう。
だが、この美少女たちは違う。それがやっかいでもあった。
自分の立場と責任を自覚した少女は、その行動や思考に自ら制限をかける。そういう風に考えると、この娘たちとつき合うのは考えものと言える。この娘たちは誰をとっても、個人同士のつき合いでは終わらないからだ。
特に洋一の立場は、今や何となくフライマン共和国中でタカルルとして半ば公認されてしまったようなもので、何かをすればすぐに各方面に多大な影響がありそうだ。
仮にこの3人のうち誰かを選んだとすると、それはその娘が代表する集団を選んだことになり、それだけで勢力バランスが崩れてしまうかもしれない。
これまでの旅で、ラライスリとタカルルの神話は、日本人である洋一が思いもよらないほどフライマン共和国の人たちに影響力を持っている証拠を見せつけられてきた。
特にラライスリは、ただの神話上の女神というだけではなく、現世に生きる少女の姿を借りて顕現する、ということが半ば信じられているのではないだろうか。そんな非科学的な、というのは日本人の感覚であって、どうもフライマン共和国では皮膚感覚でそれを受け入れているような気がする。
なぜそんなことが判るのかというと、洋一自身すらそれを受け入れかけているからだ。漂光の奇跡や、パットたちの姿を見たことで、日本人の洋一でも違和感が薄れてきている。とすれば、ずっとフライマン諸島で生きてきた人たちが、それを現実としていても不思議ではない。
ただ洋一の見るところ、それは宗教というよりは生活の一部である、というように思われる。戒律で行動を規制するのが宗教だが、フライマン共和国におけるラライスリ信仰は、従うべき戒律ではなく自らの意志で受け入れようとする現実、という風に認識されていると思われるからだ。
つまりは、現実的な効果があるからこその信仰であり、フライマン共和国においてはラライスリ信仰を持たない方が異端者と言える。そして、大多数の者が現実として受け入れている幻影は、現実となる。
ため息をついて、洋一は言った。
「それで、繰り返すようだけど、これからどうする?」
少女たちは、少しためらった。お互いに譲り合っているような雰囲気があったが、ついにミナが口を開いた。
「私の父が、船団を仕立ててこちらに向かっているそうです。明日の夜明け前には着くと思いますので、合流してそのままミタ島沖に向かいます。そこが決戦場になるらしいです。急げば、昼前には着くと思います」
「今も、実はにらみ合っているらしいの」
サラが口を挟んだ。
「ただお互いにきっかけがなくて、なかなか始まらないらしい。というより、お互いの船団の中にいる穏健派が必死でくい止めているというところかな」
「いるんだ、穏健派が」
サラがジロリと洋一を見た。
「もちろん。私の父さんとか、カハ族側ではソクハキリさんとかが走り回っている……というより、どっしり座って暴走を止めている。でなければとっくに始まっているはずよ」
「でも、そのためにかえってお互いの勢力が膨れ上がってしまったらしいんです」
メリッサが蚊が鳴くような声で言った。
「最初は、カハ族のカハ祭り船団とカハノク族の強硬派だけで、お互いに30隻くらいだったんですが、にらみ合っているうちに国中の船が集まってきてしまったらしくて……。
もちろん、その中には戦争を止めようと思っていたり、単なる好奇心とかお祭りのつもりで来た人たちもいるみたいですが、来てみると一触即発の雰囲気があって、否応なしに船団に組み込まれているそうです。そのために、お互いに混乱してなかなか踏み切れないというプラス面もあるんですが、このままではいずれは始まります。
いったん始まってしまったら、もう止めようがありません。その場はなんとか治まったとしても、遺恨が諸島中に広がります。だから、だから何とか……」
「でも、決め手がないのよ」
サラが言った。
「正直言って、今更私たちが行ってどうなるものでもないと思う。もうラライスリとかタカルルがどうとかいうレベルを越えている。ヨーイチが日本人だからといっても、そんなに影響力があるとは思えない。でも行かないわけにもいかない」
「幸い、軍や警察は動いていないそうです」
ミナが言った。
「集まっているのは漁船とか個人用のクルーザーやヨットが主で、何を勘違いしたのかモーターボートやカヌーまでいるそうです。それからこれは未確認なのですが、どこからか大量の小火器が流れてきたという噂があって、もしそれが本当なら殺し合いになります」
「小火器って、ピストルとか?」
「らしいです。あまりはっきりしたことは判っていないんですが、両方の船団で大量のライフルとか拳銃を見たという話があって……フライマン共和国は、日本と同じで軍用の銃の所持は法律違反です。もちろん、普通の店なんかでは売っていません。銃器店はありますが、狩猟用やスポーツ用のものばかりで、軍用ライフルや拳銃なんか普通の人に手に入るはずがないです。
もし持っているとしたら、密輸とかだと思うんですが、聞いた話ではものすごく大量にあるらしくて。船団に参加した人に配っているそうです」
「それも、両方の船団でらしい。どう考えても、裏で誰かが何かやっているとしか思えない。今、ミナのお父さんに頼んで調べてもらっているけれど、結果が出るのにはもう少しかかると思う」
サラが言った。口調は落ち着いているが、表情は暗い。
「密輸か。誰かが、影で煽っているのか?」
「わからない。仮に誰かが煽っているとしても、それで何の得があるのかも判らないし……。これでフライマン諸島全体を内戦にでもして、武器弾薬とか必需品を売りつけようとしているのかもしれないけれど、そうなったら軍と警察が動く。
大体、内戦といっても別に政府を倒そうとかいうわけではないし。民間人の団体同士がいがみ合っているみたいなものだから、遺恨は残っても国全体を破壊するような行為には出そうもない。つまり……」
「あまり儲けにならない、ということです」
ミナが後を引き取る。
「それに、もしこれが誰かの陰謀だと判ったら、カハ族もカハノク族もすぐに手を握って外部勢力を駆逐しようとするでしょうね。
国外からの攻撃には、一致団結して立ち向かうというのがフライマン共和国の伝統ですから」
「それじゃないかな」
洋一が思いついて言った。
「誰かが悪役になって、国外の陰謀だと思わせてカハ族とカハノク族をまとめようとしているとか」