第100章
問題は、メリッサが洋一の脳裏で動き出すと、すぐにパットが顔を出すということだった。どうやら、メリッサのイメージ自体がパットと対になって記憶されているらしい。
試しにパットのことを考えてみると、こちらの方は単独で思い出せる。イメージも鮮明で、パットにも惚れているのかとも思うが、恋愛感情的な感覚は感じない。
確かに可愛いのだが、女性としてみるにはまだ幼な過ぎるためだろう。数年後に期待するという結論が出てしまうのである。
サラは、イメージそのものはおぼろげなのだが、逆に強烈に引きつけられるところがある。メリッサとは逆の意味で洋一の好みの女性なのだ。知的で冷静な女性に弱いのは、洋一の特徴である。
シャナについては、パットと同じように鮮明な絵は浮かぶとしても、やはり恋愛感情は抜きだった。それでも、これだけはっきり覚えているということは、洋一の中で確固たる地位を占めていることになる。
そして、ミナ。
洋一の中では、まだ許せないというか、油断できないと考えている部分があって、純粋に好き嫌いで判断するには冷静さが足りない。
だが、一女性として考えた場合、ミナもまた洋一の一種の理想ではあるのだ。
あの毅然とした態度、精神力、そして行動力。それでいて、けして男勝りでもウーマンリブ的でもなく、女性としての魅力を十二分にもっている。さらには、一度は洋一を頼ってきた弱さをも持つ少女。
本音のぶつかり合いという点で言えば、フライマン共和国の女性の中では、ミナが洋一に一番近い人間であるかもしれない。
そういう意味では、アンもまた印象深い少女である。何より、ミナの世話役をもって任じているところが面白い。それでいて結構自主性があり、かつ行動力もある。もちろん、ミナと同様全面的に信頼できるというわけではないのだが。
こうして考えてみると、カハ族、カハノク族、第3勢力とそれぞれ2人ずつの少女のチームが出来ている。
もちろん、洋一が勝手に考えているだけのことだ。それでも、それぞれのチームがいずれも美女と美少女のペアで構成されていて、それぞれに多大な影響を洋一に及ぼしているのが面白い。
もしチーム単独で現れれば、どのチームでも洋一を虜にするに十分な魅力を持った少女たちである。
だが、なまじ3組も現れてしまったがために、狙いが絞りきれない嫌いがある。
洋一は、もう一度考え直してみた。
バラバラで見た場合、トップに来るのは文句なくメリッサである。美貌もさることながら、性格的にも一番洋一が、というよりほとんどの男が好むタイプの美女だ。
だが、あまりにも男から見て魅力的に過ぎて、洋一も気後れしてしまうところが難点と言えば言える。
例えば、フライマン共和国で、しかもカハ祭りという状況の中でこそ並んで立っていられるが、これが渋谷とか六本木あたりだったら、洋一とメリッサはとてつもなくアンバランスなカップルにしか見えないだろう。
正直言って、日本の街路をメリッサと2人で歩く勇気が洋一にあるかどうか疑問だ。メリッサは立っているだけで回り中の注目を集めるだろうし、そんなメリッサをエスコートしている洋一が好奇の視線にさらされることも間違いないところだ。
しかし、そんなことを言い出したら、サラもミナも決して引けはとらない。いずれの女性も、洋一ごときが並んで立つには魅力的にすぎると言える。
だから、そういうことはとりあえず忘れて、純粋に好みとして考えると、やはりトップはメリッサになる。
だからといって、サラやミナに興味がないというわけではなく、サラのあのミステリアスな雰囲気は捨てがたいし、ミナこそは小悪魔的な魅力の塊だ。
それに、仮定の問題だが、例えば3人の美女が並んでいて、その場で誰か一人を選べと言われたら、果たして誰かに決める覚悟が洋一にあるかどうか。洋一も、男の嫌らしさは十分に持ち合わせているから、誰か一人に決めて残りの2人に去られるのは辛い気がするのである。
洋一がそんな馬鹿な妄想にふけっている間に、アンが戻ってきていた。ミナの様子を見て、色々世話をやいてきたのだろう。やっと満足したらしい。
ぼやっとしている洋一を見て、不思議そうな顔をしたが、すぐに声をかけた。
「ヨーイチ様」
「……え? あ、アンか」
「はい。代わります。ありがとうございました」
アンは、きっぱり言って操舵席についた。洋一などには任せられないという態度がはっきり出ている。どうも、まだ許されていないらしい。
洋一は、苦笑しながら甲板に上がった。
クルーザーは快調に飛ばしている。今日も空は青く、浅く、切れ切れの雲が洋一を誘っているようだ。
それにしても、毎日思うのだが実に天気が良い。日本では、洋一はむしろ雨男に近かったことを考えると、フライマン共和国に来てからの天気は悪くなったことがない。
最初は、この季節は晴天が普通なのかと思っていたが、カハ祭り船団の人たちの会話を漏れ聞いたところによると、今年は異常に晴天が続いているそうだ。いつもなら連続して嵐が来てもおかしくないし、それでなくてもこの季節はスコールが続くらしい。
その後の話は、これはやはりタカルルが来ているからだ、というような方向に行ってしまうらしいので洋一は聞いていないのだが、それは冗談としても、今のところ天が洋一を歓迎してくれているのは確かのようだ。
ふと気づくと、イルカが数頭並行して泳いでいる。
洋一は、思わず声を上げて海を覗き込んだ。もともとイルカは大好きなのである。
イルカの方も、洋一とは限らないがこちらに好意をもってくれているようだ。洋一が覗き込むと、泳ぎながらわざわざ近くに寄ってきて、全身を洋一の視線にさらしたりしている。
イルカの年齢はわからないが、子供はいないようだった。みんな大体大きさが揃っていて、全長は2メートル以上はあるだろう。
身体の色は、よくテレビで見るイルカそのままだった。ただ、高速で泳いでいるせいか、洋一が前に水族館で見たときよりも、皮膚がつやつやしている。やはり野生のイルカは健康状態が良いのだろうか。
洋一は、飽きもせずにイルカたちを眺めていたが、イルカの方も疲れも見せずに進んでいる。ただ、洋一の視界にいる数頭は時々交代しているらしく、たまに一頭がふっと離れて行き、気づかないうちに別の一頭が群に紛れ込んでいる。
それにしても、よく言われるようなイルカの遊びというイメージではない。むしろ、義務とか役目のように、淡々と『ラライスリ』のそばを泳ぎ続けるイルカたちに、さすがの洋一も少し不審を覚えた。
その時、誰かの驚いたような声が上がった。同時に『ラライスリ』の進路が少しよろめいたようである。
『ラライスリ』はすぐに安定した。だが、洋一は操舵席に行ってみた。あの叫び声は、アンに違いない。
アンは、まだ落ち着きを取り戻していないらしい。トレードマークの冷静さをかなぐり捨て、洋一に言った。
「あれ、見て下さい!」
「あれって?」
「イルカです!」
そこで初めて、洋一は『ラライスリ』の周囲を見回して、驚きのあまり硬直した。
操舵席からは、かなり広い範囲の海面が見える。さっき洋一がイルカを見ていたときは、海面近くの甲板にいたので、あまり広い海面が視界に入らずに気がつかなかったのだが、『ラライスリ』の回りの海面では異変が起きていた。