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第99章

 何かがふっきれたのだ。だから、ミナの言葉も変っている。もう無理はしていない。

「こっちきて」

 ミナが、自分の隣りを叩いた。洋一は、不安定な屋根に危なっかしく座る。すると、ミナがごく自然に身体を持たせかけてきた。

「ごめんね」

 ミナがポツリと呟く。洋一は頷いた。それだけで十分だった。

 元気そうに見えたが、まだかなり身体が参っていたらしい。5分もたたないうちに、ミナは目を閉じて寝息を立て始めた。

 急にミナの体重がかかってきたが、洋一は黙って支えた。投げ出された手足を、なるべくリラックスできるような姿勢に戻す。

 ショートパンツにTシャツ、そして素足。今のミナは、ごくノーマルでボーイッシュな美少女である。

 それが全身を預けてきているのだから、どうにかなってもおかしくなかったが、洋一は妙に平静だった。

ミナに対しては、不思議に色恋を感じない。かといって、人形みたいな無機質なイメージがあるというわけでもない。しいて言えば、洋一はミナに対して友情のようなものを感じてしまっている。

 もちろん、これは現時点での感情であることは判っている。メリッサだって最初は人形みたいだなどと思っていたのだから、今はまだミナのことをよく知らないだけで、これからまた感じ方も変化してゆくかもしれない。

 それでも洋一はミナに好意を感じてはいるのだ。ただ、それが男が女性に寄せるものから少し遠いというだけのことだ。

 ミナは、姿形が美少女であることを除けば、洋一みたいな男が理想とする「男」と同質の特質を感じさせるのだ。精神的な強さ、意地とプライドからくるやせ我慢、そしてその底から顔をのぞかせる誇り。

 ミナは、洋一がなりたいと思うような、一種の理想像を一部体現していると言える。そんなミナに、好意を感じないわけがない。

 洋一は、しばらく待ってから、慎重にミナを抱き上げた。立ち上がってゆっくりと進み、操舵席から船室に入る。

 驚いて何か言いかけるアンに頷いてみせて口を封じると、洋一はミナを寝だなに寝かせつけた。

 ミナは、気持ち良さそうに眠っていた。さっきまでの緊張は見られない。何か良い夢でも見ているのか、微笑みを浮かべている。

 寝だなに寝かされると、小さくため息をついて身体を伸ばす。

 洋一は、その無防備な姿を見ないようにしながら、ミナにタオルケットをかけてやった。

 目の前で寝込まれるのはパットで慣れていたが、ミナの場合は十分に発達した身体が挑発的だ。いくら友情を感じているといっても、やはり現実に魅力的な女性の姿を前にすると洋一も動揺する。

 早くも心が揺れ始めている洋一は、視線を逸らしながら船室を出た。やはり、同じ部屋にいるのはまずい。

 病室で隣のベッドに寝たとはいえ、あの時とは環境が違う。船室のような密室で2人きりになるのは避けたい。

 操舵室に戻ると、アンが微動だにせずに舵を握っていた。洋一を見ても、何の反応も見せない。怒りは溶けていないようだ。

 だが、気まずい思いで甲板に出ようとする洋一の背中に、アンはいきなり声をかけてきた。

「ヨーイチ様」

「え?」

「あの……ミナ様は」

「ああ、よく眠っているよ。心配ないと思う」

「ありがとうございます。それで、あの」

「何か?」

「しばらく、操舵をかわっていただけませんか」

 洋一は、振り向いてアンを見た。アンは、すがるような目で洋一を見ていた。

「いいけど。俺にできるのか?」

 アンの顔がぱっと明るくなる。

「大丈夫です。しばらくまっすぐ進むだけです。何かありましたら、呼んでいただければすぐ来ますから」

 言いながらも、アンはいてもたってもいられない様子で船室の方をうかがっていた。ミナが気になって仕方がないのだ。

「判った。ここはまかせてくれ……」

 洋一が言い終わらないうちに、アンは脱兎のごとく船室に駆け込んでいた。

 洋一は肩をすくめて、操舵席に座った。これだけのクルーザーになると、操舵席は立派な椅子である。ソファーに近いくらいのものだが、外張りはビニールだった。これは潮風にさらされる場所なので仕方がない。プラスチック製でなかっただけでもマシである。

 『ラライスリ』の舵は固定してあるようだった。洋一にはよく判らないが、多分自動操舵にしてあるのだろう。かなりの速度で走っているらしく、クルーザーの両側から波しぶきが飛んでいた。

 これなら、間に合うかも知れない。

 衝突の前に現場についてどうする、という考えは、まだなかった。とりあえず行かなくてはならないと思ったのである。

 そこにはソクハキリやアマンダや、それにひょっとしたらメリッサやサラたちがいるかもしれない。彼女たちがそこにいるとしたら、洋一も合流しないわけにはいかない。

 メリッサたちがいるかどうかは判らない。常識で考えれば、戦場に女子供をつれていくわけはないと思えるが、それでも五分五分だ、と洋一は踏んでいた。

 だが、いずれにせよ、洋一は行かなければならない。いかに洋一自身とは関係がない国の争乱であるとは言え、ここまでかかわってしまった以上、最後まで見届けるのが義務だと思う。

 誰かがチェスのように洋一たちを盤上に配置し、動かしている。それは薄々感じていた。今回の争乱も誰かの演出なのだとしたら、恐ろしい話だ。洋一などには想像もつかないが、一体何のためにそんなことをするのか。

 少なくとも、ソクハキリも一枚噛んでいるのは間違いない。アマンダも、承知の上なのだろうか。

 多分そうなのだろう。

 だとしても、洋一自身は関わるつもりはない。ただ、もしメリッサたちがそれに巻き込まれているとしたら、何が出来るのかは判らないが、力限りに彼女たちを守りたい。

 我ながら恥ずかしいが、洋一がたどり着いた結論がそれだった。色々考えてみても、最後はメリッサに収束してしまう。もちろんパットやサラの存在も忘れてはいないのだが。

 結局、行動の動機が色恋でしかないのには笑うしかないが、今のところ洋一にとっては一番重要なことだった。

 メリッサのことを考えてみて、まだ脳裏にはっきりとその姿が浮かぶのには驚いた。洋一が自分で思っているより、洋一の精神はメリッサに取り込まれているらしい。

 洋一が高校時代につき合っていた女の子とは、つき合い始めて2、3ケ月後に別れたのだが、別れてしばらくするともう顔すらよく思い出せなかった記憶がある。それを考えると比べものにならない。

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