人間嫌いの私が、介護の現場に居続けている理由
私は、人間が嫌いである。
正確には、人と接するのが苦手だ。
自分でも分かっている。
私は、人より一度に処理する情報量が多い。
誰かが話し始める。
表情を見る。
声色を聞く。
周囲の空気も読む。
その全部が一気に頭へ飛び込んできて、処理が追いつかなくなる。
だから、返事はワンテンポ遅れる。
気の利いた返しも苦手だし、大人数での会話になると、だいたい置いていかれる。
おまけに、人との距離も近い方が苦手だ。
家族なら平気なのに、それ以外の人が半径五十センチくらいまで近づくと、なぜだか落ち着かない。
たぶん、情報量が多すぎるのだ。
生の人間と対峙した時、処理能力以上の情報を一気に拾ってしまい、キャパオーバーを起こす。
細い通路に、大量の情報が一気に押し寄せて、目詰まりを起こす。そんな感覚だ。
でも、不思議なことに、起こったことは全部記憶している。
その場では処理しきれなくても、後から振り返れば、ちゃんと認識できているのだ。
本当に、この通路がもう少し太ければ、その場で上手く処理できるのに。
自分の認知の限界が、時々嫌になる。
そして、困るのは入力だけではない。
頭の中に入ってきた情報を、外へ出すことも苦手だ。
言いたいことは、頭の中にたくさんある。
相手の言葉に対する返答。
自分の考え。
補足したいこと。
相手への配慮。
全部が同時に「出して」と押し寄せてくる。
その結果、一番伝えたいことがどれなのか分からなくなり、言葉が詰まる。
頭の中には、ちゃんと答えがある。
でも、それを一つにまとめて取り出す作業に時間がかかるのだ。
大人になってからは、会話の型を覚えた。
「まず結論を言う」
「次に理由を説明する」
「最後に補足する」
そういうテンプレートを使うことで、昔よりはずっと会話できるようになった。
でも、根本の部分は今も変わらない。
だから私は、人間が苦手だった。
……なのに。
気が付けば十数年、介護の仕事を続けている。
毎日、人と向き合う仕事だ。
利用者さんと話し、笑い、一緒に困って、時にはトイレを大洪水にされる。
冷静に考えると、向いているとは思えない。
それでも辞めなかった。
むしろ、人間という生き物を、昔よりずっと面白いと思うようになった。
たぶん私は、人と接するのは苦手だけれど、人間という生き物には興味がある。
嬉しい時、怒った時、追い詰められた時。
人は何を考え、どう行動するのか。
それを知ることは、私にとって、とても面白い。
元々、読書がとても好きなのだ。特に、小説を読んでいるときは、じっくりゆっくりと自分の処理能力に合わせて読めるから、没頭できて快適なのである。ページを閉じれば考える時間もある。
同じ理由で、小説を書いたり、作者さん同士で交流したりするのも好きだ。文章なら、一度立ち止まって考えられる。相手の言葉をゆっくり受け止め、自分の考えも整理して返せる。生身の会話では目詰まりを起こしてしまう私でも、不思議とストレスなく人と関われる。
社会人になるまで、人間観察は小説の中でしかできないと思っていた。
でも、そうでもないと気付いたのが、介護の現場だった。
介護の仕事をしていると言うと、「優しい人なんですね」と言われることがある。
でも、少し違う。
もちろん利用者さんを大切には思っているし、必要な会話はする。
でも、雑談を楽しむタイプではない。
どちらかと言えば、他の職員と利用者さんが話している様子を、少し離れたところから眺めている方が好きだ。
「あ、この言い方だと安心するんだ」
「今の声掛けは失敗だったな」
「次はたぶん、あの行動をする」
そんなことばかり考えている。
私の介護は、優しさだけでは成り立っていない。
分析と対策でできている。
どうすれば安心するのか。
どうすれば混乱しないのか。
どうすれば笑顔になるのか。
それを観察して、仮説を立てて、試して、また観察する。
そんなことを十数年繰り返してきた。
だから私は、人と接するのが好きだから介護を続けているわけではない。
人間という生き物を観察し、その法則を見つけるのが好きだから、この仕事を続けているのだ。
ただ、一度だけ。
「もう介護は無理かもしれない」と思った時期がある。
三年前だった。
夜勤は月五回。
私の場合、一度夜勤をすると、その後しばらく睡眠リズムが戻らない。
そこへ追い打ちをかけるように、当時ニ歳だった発達障害の長男が、週に二、三回、夜中の一時に起きるようになった。
夜勤の寝不足。
子どもの発達特性による夜間覚醒。
それが一年近く続いた。
今思えば、完全に睡眠不足だった。
あの「細い通路」が、あの頃はさらに細くなっていたのだと思う。
普段なら難なく流せる程度の情報でも、次から次へと目詰まりを起こした。
利用者さんの一言。
同僚からの連絡。
子どもの泣き声。
本当に些細なことで、頭の中がすぐに真っ白になった。
キャパオーバーの頻度が、明らかに増えていた。
当然、仕事は溜まっていく。
記録を書く時間がない。ケアプランのモニタリングも手が付けられない。レクリエーションの企画も、壁面装飾も、後回しになる。
やらなければいけない仕事だけが、少しずつ積み上がっていった。
頭の中で、優先順位すらまともに組み立てられない。
残務は増える一方なのに、それを片付ける処理能力そのものが、目詰まりを起こして動かないのだ。
すると、一番先に消えたのは、私の「観察」だった。
いつもなら、
「どうしてこんな行動をしたんだろう」
「何が不安だったんだろう」
と考えられていた。
でも、その頃は違った。
利用者さんがナースコールを押す。
大声を出す。
同じことを何度も繰り返す。
そのたびに、頭の中へ最初に浮かぶのは、
「またか」
だった。
そしてその「またか」は、日を追うごとに重さを増していった。
疲労が限界を超えると、思考はどんどん単純化されていく。
「消えたい」
そんな言葉が、頭の隅に居座るようになった。
全部を投げ出してしまえば、きっと楽になる。
そう思う自分がいた。
でも、投げ出せなかった。
長男が、まだ小さかったから。
「この子が大きくなるまでは、死ねない」
そう自分に言い聞かせることだけが、あの頃の私を、かろうじてこちら側に繋ぎ止めていた。
利用者さんに話しかけられる。
――鳥肌が立つ。
介助のために近づく。
――嫌悪感が込み上げる。
笑顔で名前を呼ばれる。
――心のどこかで、「また来た」と身構えてしまう。
そして、ある日。
当時、現場で利用者さんに向けて、心の中で思ってしまったことがある。
――消えてしまえ。
……そう思った瞬間、自分が一番怖くなった。
もちろん、利用者さんは何も悪くない。
悪かったのは、睡眠不足で正常な判断ができなくなっていた私の方だ。
あの時、私が越えなかった一線は、決して強い意志で踏みとどまれたわけではない。
限界が、ほんの少し先にあっただけだったのかもしれない。
だから、ときどきニュースで介護職員による利用者への暴力や虐待が報じられると、胸が苦しくなる。
暴力は絶対に許されるものではない。
そこに迷いはない。
でも、限界まで追い詰められた心が、利用者さんに嫌悪感を抱いてしまうことだけは、分かってしまうのだ。
人は、眠れなくなるだけで、こんなにも変わってしまう。
あの一年で私が学んだのは、介護技術でも、認知症ケアでもない。
睡眠不足は、人間性さえ変えてしまう。
それを、自分自身で知ってしまった。
そんな折、第二子の妊娠が分かった。
夜勤からは外れることになった。
正直、ほっとした。
でも、その「ほっとした」という気持ちに、すぐ罪悪感が追いついてきた。
その頃は、離職者が立て続けに出ていた時期だった。
慢性的な人手不足。
休日出勤。
終わらない超過勤務。
現場は、みんな疲れ切っていた。
そんな中、私が担当していた夜勤は、同僚たちが引き受けることになる。
苦しんでいる仲間を残して、自分だけ楽になっていいのか。
そう思う自分と、それでも安堵している自分が、同時に存在していた。
申し訳なさでいっぱいだった。
さらに、つわりは想像以上に重かった。
長男の時には経験しなかったような、ひどいめまい。
起き上がろうとするだけで視界が揺れ、立っていることすらできなかった。
心だけではなく、体も限界だったのだ。
そのまま職場を離れることになった。
「あの時のみなさん、本当にごめんなさい」
そう思う気持ちは、今でもある。
でも、結果として、あの時間が私を助けてくれた。
眠った。
休んだ。
何もしない日を過ごした。
すると、不思議なことに、利用者さんへの嫌悪感は少しずつ消えていった。
利用者さんは、何も変わっていない。
変わったのは、休めるようになった私の方だった。
人は、自分が思っている以上に、睡眠や休息に左右される。
だから私は今、「自分を壊さない働き方」を何より大切にしている。
介護を続けるためには、介護技術より先に、自分自身を守る技術が必要なのだ。
今はパート職員として、現場に復帰している。
相変わらず、人に話しかけるのは苦手だ。
利用者さんとのおしゃべりを楽しむタイプでもない。
でも、あの頃のような嫌悪感は、もうない。
今日も利用者さんを観察して、
「この声掛けなら安心するかな」
「次はこう動きそうだ」
そんなことを考えながら働いている。
……さて。
ここまで書いて、タイトルを見返してみた。
『人間嫌いの私が、介護の現場に居続けている理由』
でも、どうやら少し違ったらしい。
私は人間嫌いではなかった。
人間という生き物には、とても興味がある。
だから観察するし、理解したいとも思う。
ただ、あまり近付きたくないだけだった。
なんとも矛盾した性質である。
まあ、人間なんて、そのくらい矛盾している生き物なのかもしれない。
そんな矛盾を抱えた人間を観察することが、私は結構好きなのだ。
そして、その理解が誰かの安心や笑顔につながる瞬間が、やっぱり嬉しい。
介護は楽しい。
「そんなギリギリの精神状態で、なんで第二子を妊娠したの?」
と思われる方もいらっしゃいますよね?
ここまで重い話をしておいて、急に話のトーンを変えるようですが。
あの頃、限界が来るたびに、旦那に泣きながら愚痴を聞いてもらっていました。
「もう無理するなって」
「仕事なんて辞めてもいいよ」
そんな言葉を、何度も掛けてくれました。
私は、無理やり抱きついたり、頭を撫でさせたりして、必死に安心を求めていたのです。
すると、あら不思議。
何だか、ムラムラしてくるではありませんか。
その後は……まあ、ご想像にお任せします(笑)
そして、旦那もちゃんと付き合ってくれました。
今思えば、あれもお互いに生き延びるためのスキンシップだったのかもしれません。
不思議なことに、あの頃は性欲だけが妙に元気でした。
生存本能の一種なんですかねぇ。
ちなみに当時の私、BMIは18。 世間ではモデル体型なんて言われるくらい痩せていました。
旦那に聞いたところ、どストライクだったそうです。
……いやいや。 肋骨なんて普通に浮いてたんですよ? あんな状態を見て「いいねぇ」と思う男性心理は、今でもよく分かりません。
結論。
人間って、本当に面白い生き物なのです。




